樂來軒の出前一丁
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スレブロのグラディエータの「樂」さんのコラムです。クイズなんかも出してくれるそうですのでお楽しみに(^o^)
(紹介出来るほどの自己はございませんが(笑)
――――――――トホホな履歴―――――――――
スレブロ歴とパソコン歴がほぼ同じくらいです。
それまでワープロもろくに触れたこと無し。(わはは)
(よくぞ世紀末を生き延びたものです)
(どうだ!!参ったか!(なぜか威張ってしまう)笑)
古代遺物のような者です。
(「電磁波障害とか、ドライ・アイがイヤじゃ〜ん」とか
のたもうておりました。(うきゃきゃ))
ちなみにHNの「樂」は「楽」の旧字体だったりします。
初めの頃はローマ字で対戦前後のご挨拶をしておりました。(勿論一本指です♪わ〜
いわ〜い♪)
例:yorosikuonegaisimasu otukaresamadesita
ご親切な「放浪絵描き」さん(放蕩じゃないですよ(笑))が、日本語変換したら?と教
えてくださったのでした。(感謝)
去年の8月末頃(多分)、なんとなくso-netを彷徨って、なんとなくゲームしたくな
り、なんとなくスレブロを始めてみたのでした。
天使雑伎団さんがホーム・ページにコーナーを設けてくださったので、これ幸いと、
妙なクイズでもお届けしたいと思います。(有り難うございます)
―――――――――――――――――――――
――――――本日のメニュー――――――――
(1)日本で最初にラーメンを食べたといわれる人は?
(2)ドヨウ丑の日にウナギを食べよう♪のキャッチコピーで、夏の鰻屋さんを流行
させた人は?
@平清盛 A坂本竜馬 B平賀源内
C織田信長 D三戸光圀 E聖徳太子
F夏目漱石 G豊臣秀吉 H千利休
でわ、明日解答を出します〜〜〜m(_ _)m
天使雑伎団のコメント:ラーメンは聞いたことあるんですが。。。。石坂浩二では?(笑)
♪樂來軒♪
本日のメニュー
わが国の『本草和名』(918年)に
「・・・・・・和名(おほびる)於保比留、・・・」とあり、また、
『古事記』(712年)の中巻で、(やまとたけるのみこと)倭建之命が東征の帰り
道、足柄の坂本で食事をされたとき、食べ残しのヒルの一片で邪魔者を打った記載も
あります。
さて、この食物は何でしょう?
@桃 Aダイズ Bニンニク
Cミョウガ Dアズキ
1月19日クイズの解答
(1)・・・D水戸黄門様
(2)・・・E発明家の平賀源内さん
1月20日(土)
晴れのち雪(ストーブつけても寒い日)
冬眠したいくらい眠い・・・夜テーブル5で大会を観戦しにいったが、眠くて眠くて眠
くて眠くて眠くて眠くて(以下略)始まりに行ったのに決勝どころか一戦も観ないう
ちに終了してた。
Σ(´□`)トホホ
(((((本日のメニュー)))))
ジャガイモは中南米原産といわれ、日本へは慶長3年(1598年)、ジャカトラ(現ジャ
カルタ)から長崎へ渡来といわれるそうです。そのときの船は何処の国のものだった
でしょうか?
@英吉利 A伯剌西爾 B葡萄牙 C諾威 D和蘭
E亜爾然丁 F露西亜 G西班牙 H新嘉坡
解答
問題1ニンニク
問題2和蘭(オランダ)
でした〜
マイド♪
樂來軒クイズは、今まで3回載せて頂きましたが、ナンバーを振っていなかったの
で、「あの問題」といっても分かりにくいな、と気づきました。
そこで、今回から、問題に番号を付けることにしました。今日から付けるので、(本
当は4つ目か5つ目の問題ですが)これから出す問題から一品目(第一問目)として番号
を振らせて頂きます。
あと、解答は掲示板に書き込みが今のところ確実な方法かと思います。
樂本人に口頭や電報にて御解答下さっても、ぼんやり者ですので、よそ見してたり、
問題自体を忘れている可能性までございますので、ささやかな賞金も贈らせて頂くこ
とは叶わなくなると思います。
では、気が向きましたらどうぞm(_ _)m」
((((((本日のメニュー))))) 一品目
「一般常識とはそれほど一般的なものではない」
「真実を愛せよ.だが失敗を許せ」
―――ともに同一人物のお言葉だそうです。
どなたがおっしゃったのでしょう?
@ヒポクラテス Aシェイクスピア Bウィンストン・チャーチル
Cオスカー・ワイルド Dボルテール Eガンジー
Fワシントン Gプラトン Hベンジャミン・フランクリン
締め切りはこの問題の解答が出るまでです。
樂來軒一品目解答
(5)ボルテール
でした。
樂來軒クイズ♪二品目
中世の大げさな健康法です。魔術と食餌療法と海洋療法が混ぜ合わさっているらしい
です。
(アルマン・ヴィルヌーブ著)(12世紀)
「養生法は(略)決められた仕方で調理した(?1)を一定期間食べつづけることであ
る。
その期間は多血質のもので16日、粘液質のものでは25日、黒胆汁質の者では30
日である。
(略)そして、1,2ヶ月太らせた(?1)を、スープ二皿分の水で煮て、それを毎日一羽
ずつ食べる。
また、このスープとともに、上質な小麦のパンの、ほどよく焼き上げて二日以内のも
のを用意する。
夕食にこのスープを一皿、夜食にはもう一皿と、(???)の残りが少なければ普通の
ゆで卵3個を食し、少量のパンや、ワインやクレレットなどの軽い酒もいっしょにと
る。
この養生法は、自然の周期からいって、4月と5月に行うのが効果的である。
こうして一日が終わったら、周に3度、一日おきに入浴する。湯は澄んだぬるま湯
で、
マンネンロウ、ニワトコ、カミツレ、シナガワハギ、赤バラ、スイレンなどの花の煎
じ薬を入れておく。(略)
湯から出た後には、(?2)とクミンの花を煎じて入れた白ワイン6さじ分の中に、1
グロ分の分量の良質のテリアカを溶かして飲む。そして温かい床に入って休み、睡眠
をとる。こうして寝汗をかくと効果がある。
この食餌療法の仕上げとして、12日間、入浴後に次のような方法を追加して行う。
溶液状にした石灰4オンス、アロエの木、三種のビャクダンの木、小型真珠、サファ
イア、ヒアシンス、エメラルド、ルビー、トパーズ、白や赤のサンゴ、高純度のバル
サム、象牙の削り屑、鹿の心臓の骨、最高級の竜涎香(りゅうぜんこう)と麝香
(じゃこう)を、各半グロ分用意する。(略)朝起きてから夜寝る前にこれを半さじ
分ほど服用すれば、たちまち効果があり、どんなに老いぼれた者でも元気はつらつと
なる・・・(略)
なんだか大げさですね。(^∇^笑)(サファイアだのサンゴだのって、とても庶民の食
べ物とは思えないのですが・・・)
(?1)は何でしょう?
@雄鶏 A兎 Bダチョウ Cアヒル
D雉鳩 E雌鳥 F七面鳥 G雷鳥
(?2)は何でしょう?
@マンネンロウ Aニワトコ Bカミツレ
Cシナガワハギ D赤バラ Eスイレン
ご応募お待ち申し上げております。
(書くのしんどかった〜トホホ〜なんて長い文章でしょう・・・読むのもしんどいかも知
れませんがすみません。)
(_´Д`)二品目の正解は、三品目と一緒にお出ししますね。ヒントは、掲示板の
ohya様の返信のところに書いてありますので、気が向いた方は、掲示板に、ご解答下
さいな〜正解されましまた方には、10000G進呈です♪
雪が降って冬眠したいくらい眠いので本日の三品目めは、明日お出しします。
?(´□`)トホホ申し訳ありません。m(..)m ペコ
本日のメニュー♪三品目
(中世のレシピ)
(?)肉のハムの作り方:塩に漬け、厚切りにした(?)肉をさっとあぶり、一度皿に
とって酢をかけ、砂糖とシナモンをまぶして過度の塩味を和らげ、最後にパセリのみ
じん切りをふりかける。当時の潔癖家たちは、ハムの味が酒をさらにすすめるには、
レモンを一絞り加えるべきか、議論を闘わせたそうな・・・。
(中世の暦の調理のサイクル)
万年節(11月1日)とマルディ・グラ(謝肉の火曜日、謝肉祭最終日)の間に、(?)
を屠る。飼料が減る上、蝿がいないので確実に第一次保存が出来るからだ。ロアール
川の北では新月のときに屠り、その後経過した日数に応じて、聖ニコラウスの日(12
月5日)に新鮮な肉か塩漬肉が分配された。その日を祝って(?)肉のご馳走が出さ
れ、家族や隣人が集った。長老には美味で若返りの作用のあるといわれる脳が、親身
な相手には心臓や頭が、その他全員に肝臓から肺までがブルゴーニュ風フェルシュ
(赤ワイン、玉葱などと臓物の煮込み)にしてふるまわれた。
四旬節(謝肉祭の後、復活祭の前の40日間)とともに、別のタイプの消費のサイクル
が始まる。ワロン地方(ベルギー南部)では喜びの主日(四旬節の第四日曜日)が生
で食べる最終日。夏の労働と地方を挙げての大市に備えて保存した、最上の肉をつか
うとき、パリでは聖週間(復活祭の前の週)の火曜日に催される「脂身」の市でヌーヴ
・ノートル・ダム通りはごった返す。村祭の日、脂肉が施療院の病人に施され、メッ
ス(フランス北東部)では5月2日、孤児達は「脂肉めがけて走る」(ポールによじ登っ
て吊るされた肉塊をとること)が許された。
年中ある(?)肉は安心と永続の証だった。様々な部位の肉は一定の秩序で料理さ
れ、折々の祭日の再来を示す。だから中世の人々は飽かずに(?)肉を食べた。14〜
15世紀、パリの(?)肉消費量は年3万頭に昇り、その後フランス革命までそれを
上回ることはなかった。
―――中世の半ばまで、(?)の下拵えは家庭内で行われた。中世の(?)肉商は一
種の先駆的仕出屋として調理し、出来た料理を売った。
欧州では肉食は血抜きをする限り、とくによく塩漬けにすれば不浄とはされなかっ
た。塩漬は肉の消費の五分の四を占めていたそうな・・・。
さて、(?)は何でしょう?
中世欧州に限らず現代でも勿論食べつづけられてるものです。日本でも
(^∇^)
またまた長々しい文章となってしまいました。^^;
m(..)m ペコ
本日のメニュー♪四品目
またしても中世欧州編でございます。ヘ(゜◇、゜)ノ~
ウケケケ...
16世紀まで料理書や日常の食卓に(?)は登場しなかったそうです。
野菜のスープや卵(イギリスの場合)の風味をととのえるには
オリーブ油や胡桃油、豚油の方が好まれたらしいです。
肉や菓子をこんがり焼き上げるにはその後も豚脂が使われたそうです。
(?)の使用は[肉を食べない]小斎日のパンに限られ、フランドル人のように
毎日食べるのは、隣国のフランス人にとっては明白な野蛮のしるしという
偏見があったようです。
免罪符の代償の金で建った「(?)の塔」なるものがルーアンにはあって、
イギリス人旅行者を憤激させたそうです。
欧州の味巡りを試みた先駆けのひとり、ジャン・ブリュイランーシャンピエは
各地の(?)の使い方のあまりの違いに驚いています。
フランスきっての健啖家といわれたブルゴーニュ人は(?)をほとんど使わず、
(?)の作り方が下手な隣国のオーヴェルニュ人にさえ使用量は及ばず・・・
北方、西方にいくほどその料理法も消費も増したそうです。
パリ周辺では(?)はもっぱら菓子屋と断食日のものでしたが、ノルマンディー
とブルターニュでは、市場で売られている(?)と乳製品の豊富さが、
この年代記作者を驚かせたそうです。
アルトアとエノー(ともにフランドル地方)はイギリス以上に(?)好きの天国で、
オランダがその製法にすぐれ、(?)は農家から出荷される主商品でした。
(?)は何でしょう?
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さて、二品目と三品目の解答でございます。m(_
_)m
二品目・・・(?1)E雌鳥 (?2)@マンネンロウ でした。m(..)m ペ
コ
三品目・・・(四品目の文章中にもにも少し登場しています。)
(?)は、豚でした。 m(..)m ペコ
四品目の解答は、五品目のものと一緒にお出ししますね。(^∇^笑)
まだ正解された方いらっしゃいませんので、
それまでに御答下されば間に合いま〜すm(_ _)m
どうぞお気が向きましたらご応募くださいませ♪
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本日のメニュー♪五品目
――(?)は砂漠の水がめ――
アフリカのボツワナ近郊チョロパヤホのキャンプ地には全く水が無く、
人々は野生の(?)を水代わりにして暮らしているそうです。
そのモラポ村の人々いわく「(?)があれば人は生きていける」
キャンプの近くには数千個の(?)が貯蔵され、人々は一日に
一人当たり2〜3個の(?)を食べ、ヤギも犬も、人間の(?)の
食べ残しに依存する生活だそうです。
(?)が枯渇したら、彼らは野生(?)を求めて新たなキャンプ地に
移動していくそうです。
ここの(?)は日本の(?)と違って甘くないそうです。
しかしナトリウムやカリウムの量が非常に多く、塩を入手しにくい
カラハリ砂漠では大切な栄養源になってきたと考えられ、
(?)の種に含まれるたんぱく質や資質も欠かせない為、
種もつぶして食べるそうです。
この地域は(?)を世界で初めて栽培した場所ではないか、と
いわれているそうで、その技術はサン(ブッシュマン)が自ら
編み出したのか、近隣のバンツー系住民から伝わったのかは
まだ不明だそうです。
近年モラポ村の生活も少しずつ変わってきたそうで、政府の
給水車が定期的に来るようになり、(?)キャンプでの滞在期間
は短くなったそうです。
(?)は何でしょう?(^∇^)植物です♪
ご応募お待ち申し上げておりますm(..)m ペコッ