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2003 年の瀬 03/12/19 今年も両手の指で数えられるぐらいまでなってまいりました。 年を越すごとに何か大切なものが徐々に失われていくような気がします。 ふと考えてみると人を信じる心とわが身かわいさの心が反比例 しているような気がします。人を信じるとは、おのれの気持ちを相手 にきちんと伝えて相手がそれを充分理解し認めてこそ信じる信じ られるが成立すると思います。これが年々失われているような気がします 一方、人の事よりまず自分の欲望、満足のみ求めて自分以外は、何が あっても無意識的に二の次になる傾向が年々増えているように思えます。 身勝手わかがまま、人の事よりまず自分なる考えとも言えますね。 こんな年の瀬になってふと頭をよぎりました。今もっとも何が自分にとって 大切かをもう一度個人々考え直す時期に来ているのかもしれません。 2003年あなたにとって失うより得るものは、ありましたか? -2003年 12月 年の瀬- |
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| チャットな世界。 03/03/28 ウェーブ上のコミニケーションツールの中でチャット言うツールが あります、今の日本でチャットする人口は、何人いるか、わか らないけど、まあかなりの数でしょう。 実際に逢う事もなく、文字の書き込みが唯一の自己表現 でもあり意思を伝える手段でもあります。簡単に言えばこれ がチャットです。 私みたいに早くキーを打ち込む事をさほど要求されない仕事 に対して、このチャットに参加されている人は、凄い速さでキー 入力をします、従ってより多くの文字を早打ちで打ち込む為 それだけ相手に伝える情報が多い訳です。ここが情報伝達 優先と私の仕事との違いです。 パソコンをいくら長く使っていてもチャット参加者よりパソコンの 知識があっても関係ないのです、それは、打ち込む文字数 を短時間で入力する事が最優先だからです。、最初は、の ろのろ亀状態で過去のパソコン使ってる暦などかなぐり捨てて の超初心者です、入室時は、よろしくとはじめましてを何回打 ち込んだかいまでは、わからん状態です。(笑) 自然と郷に入ったら郷に従えの気持ちが出来てくるのが不思 議です、相手が20代の兄ちゃんでも自分よりも長年チャット をやっている人は、先輩です。教わる為には、その先輩が歳下 でも何でもいいのです、早くその兄ちゃんの打ち込み速度に 到達すればいい事ですから。 チャットルームとは、一種のバーチャル的空間での会話、自 分が若くもなれれば、じい様にもなれるそして男にも女にもま なれる空間です、まあ考えてみるとその中にいる自分も架空 の人間なのかもしれない、しかし、チャットの世界を知らない 私は、そこまで架空の人物になりきれないのは、まだ現実の 空間にとっぷり漬かっているからでしょうね。 このチャットの世界と現実の世界の見境がなくなったらこれは その差を埋めるのにちょっと苦労しそうですね。 遅い亀打ち名人ご披露するよりウサギのような早撃ち名人に 多少なりともなれるまでがんばってみます。 その時またこのコーナーでご報告いたします。あ〜いつになる 事やらですね。 ※現在は、時間を決めてやっています何事も程ほどにと思って います。 |
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失われた伝統技術職人の育成 03/02/21 もうすぐひな祭りですね、正月あたりから ひな人形のテレビCMをやっているので何 故か頭に3月3日ひな祭りが頭にこびリ ついている、そしてこの雛祭りに欠かせな いのが雛人形です。 その人形を作る人形職人は、伝統技術 職人と言っても過言でない、どうも戦前は、 人形職人が都内でも結構いたらしいが |
| それが第二次世界大戦のあおりで人形職人が激減し、しかもその中に腕のいい技術職人が多くいたらしい、記録が 残っていないのでどのくらいの人形職人がいたかもわからない、唯一戦後、人間国宝にもなった人形作家、人形職人 でもある平田郷陽が残した作品がその面影を残している、郷陽の作品は、しなやかさ、リアリズムの作風が多く 私が思うのには、何らかの形でこの技術を多くの人に継承していれば、日本独自の世界ブランドになり得る商 品でもあり作品になったかもしれない、それは、独自の芸術性が高いと言う付加価値を備えているからだ。 今の日本では、日本人が日本人を正しく評価出来ず、海外で評価され、ブレークして逆輸入されて日本で脚 光を浴びる人や技術も少なくない、このようなタイムラグがあっては、他国に真似されにくい物は、出来ないし 国際競争力にも敗れてしまうのは、当たり前ですね。 独自性が少なく、他の国のコピーばかりでは、一時的には、潤うけど、それはいつか追い抜かれてしまう、 ヨーロッパの国々でブランド品が多いのがうなづけるそれは、古き技術をいまだに人材育成をかねて受け継 がれているからだ。ブランド品は、競争にさらされる商品とは、違って何ランクも上のところで推移しているか ら商品価格の安定性も高い。 現在、日本が世界に誇れて今後もブランドとして君臨できそうな商品は、刀の製造技術が活かされている 包丁ぐらいかな? |
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| 企業戦士ガンダムの死。 03/02/05 今年1月中旬に以前、勤めていた(サラリーマン時代)会社から連絡が入りました、電話の内容は、私がいた支店のスタッフ が他界したのでセレモニーホールにお見送りに行ってくださいとの事でした。 他界したスタッフは、私が会社を辞める事により、穴埋めの為に会社側からの転勤辞令に従い、転勤しました、私が有給 消化に入った頃に来たので直接引き継ぎもなっかです、しかし私の送別会(有給消化期間)の時に彼は、来てくれました 送別会の席上では、これと言って会話もなかったですが、ただ私の方から「これからがんばってね」「はい」このやりとりが彼と の唯一の会話でした。 遺体が発見された場所は、彼の住まい(マンション)でした、血を吐いて死んでいたそうです、部屋の机の上には、薬局で売っ ている血圧を下げる薬と頭痛薬の空箱がいくつか置いてあったらしいです、仕事が忙しくて病院に行けずに薬局の薬を服 用していたのか、それとも、ただ単に医者嫌いだったのかは、判りません、ただ独り寂しく苦しみながら死んでいったと思うと凄 く切ない気持ちです。 セレモニーホールには、会社のスタッフともう既に辞職した者が来ていました。最も心を打たれたのが彼の弟さんが田舎から 駆けつけていて、兄の死で大泣きしたいのを必至にこらえて、彼にお別れを告げに来てくれている人達に対して一生懸命 お礼と気配りをしていた姿です。本来なら一番悲しくて人に支えられる立場なのに、とてもしっかりした弟さんでした。 棺の上には、彼が作ったガンダムのプラモデルが置いてありました、きっと、会社の休み時間にコツコツ組み立てていたので しょうね。 企業戦士ガンダムは、機動戦士ガンダムと一緒に天国に旅だったと思います。送別会のお返しが彼のお見送りとは、なん とも信じがたい事です、なす術もなく私は、帰郷するご遺体に手を合わせてその場を去りました。 享年33歳あまりにも早すぎる企業戦士の死です。 |
![]() この掲示板の書き込みは、あるサイトのBBSで彼が転勤して約1年後に書き残したものです。 桃太郎(彼)と管理人さんとのやりとりが今になってみると偲ばれます・・・・・・・・。 |
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