人生  

「人間 わずか五十年 化転のうちにくらぶれば
   
夢 幻の如くなり

ひとたび生を受け 滅せぬもののあるべきか

死のうは一定 死のうは一定」




我が人生五十年と思いつつ 
生を受けて四八年間生きてその五十年に後二年・・・

まさに「人生一世の間は 白駒の隙を過ぎるがごときのみ」
とでもいうのでしょうか?  あっという間です

剛毅木訥・堅忍不抜を信条とし 真っ直ぐに生きてきたつもりですが
筋とか信念を通せば人との摩擦も多く生じ

人との付き合いも難しくなるし・・・
さりとて生き方を変えれば 生まれでた己の存在感がなくなる気がします

人間は犬や猫の動物じゃあるまいし 強いものばかりに捲かれてはいられねぇ!とも思い

地位や権力に屈せず 一本筋の通った生き方  不器用な生きかたかも知れないが それを生き様としてきました

『後漢書(ごかんじょ)』という歴史の本の中に
『疾風に勁草を知る』という言葉がありますが

風の無い日には強い草も弱い草も区別がつかない
ところが激しい嵐が吹き荒れると弱い草はとたんに

なぎ倒され地面に這いつくばってしまうが
強い草はそんな時にも 頭をもたげてすっくと立っている

強い草の真価は 嵐の日こそそれが発揮されるのだと云う
振返るに我が人生にも様々な疾風が吹き荒れました。

二十代の頃は順風満帆で仕事・遊び全てに一生懸命やって
何事もつつがなく過ぎましたが(当然 諸先輩との摩擦はありましたが)

三十代になるとまるで人生が変わったように
三六歳のときには癌になり胃を四分の三摘出し
その時には回りの人たちや家族に多大の迷惑を掛け
その一年後には家に泥棒に入られ 金目のものは
全て盗まれ挙句の果てに預金まで下ろされて

一文無しになったり かみさんが交通事故で車は大破するやら
お多福風で四十度の熱を出し 緊急入院すやら
(この時は急所がボールみたいに腫れ上がり びっくりです!!
どうせ腫れるなら棒の方が良かったのにね(^-^;)

肺に孔が開いて自然気胸になって手術するやら
膝の中の小骨が欠けて一度は手術をし
問題ないかに思われたが再度同じことになり
好きな剣道を諦めざるを得なくなったり・・・・

四十代になると二四年と四ヶ月勤めた会社を辞め
転職したり 父親・母親ともに癌になり大手術をするやら
娘が妊娠し 家を出さざるを得なくなったり・・・・

世間に対し誰に迷惑を掛けるでもなく真っ当な生きかたをし 
なんで次から次にこう試練が与えられるのかと

思うと やってられない!と自暴自棄にもなり
こうなりゃあ とことん自分を落としてどこまで

立ち上がれるかと思い 借金してでも
遊びまくったり 気合入れるために

体に墨をいれたりし 自分を追いこみました。
さすがに性格的に薬とかカツアゲのような 
人道に反することは しませんでしたが(^o^)。

傍からみて 何をバカなことをやっているのか?
と思われることをあえてしたのも
バカを承知でやらなきゃあ気の済まない性格が
多分に災いしているのでしょうが・・・・(^_^;)

所詮は俺も弱い人間だなぁとつくづく思います。
本当に強い人は ジタバタせず 歯を食いしばっているでしょうから。
いずれにしても 人生とは論語にもありますが

『死生命あり 富貴天にあり』とでも云いますか
人の生死とか富貴というものは人の多少の努力に
よっても左右されるのでしょうが もっと大きな
『命』・『天』の意思であるように思います。

草の中にも試練を受けた時 
己の命を自ら絶ってしまう草もいますが
吹き荒れる嵐の日こそじっと忍の一字をもって
頭をもたげて 堂々と生きる勁草になることこそ

肝要なのだと思います。せっかくおふくろさんより
オギャーとこの世に生を受けてきたのですから
『天を楽しみ命を知る 故に憂えず』の心境で
大いに人生を謳歌すべし!!!










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