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生きている理由を考えているか 人間というものは変わるものだ。万事流転。養老氏の主張することは一般に考えられていることとは逆の発想になっている。情報というのは常に変化するということが一般であっても、彼は情報不変という。例えば天気予報の「どこそこは雨です」という情報は変化しない。ごもっともなのです。その情報は変わりえない。雨のところに向かって晴れているということはできないのですから。 でも、情報は常に増えつづけるのです。新しい情報は古い情報を上書きし、表層で変化しているように見える。確かにそれは変化しているのだけれども、定点でみたある情報は変化しない。全体像として情報は変化しているにすぎない。 その情報は人間を変えるもの。学問として、日常として手に入れた情報が自分に世界の見方を変えさせる。知らないのでは見えなかったものが、知っていることで見える。だから情報は面白いと思う。ここでいう情報は知識ということでもある。知っていると知らないでは生き方が変わってくるのである。見えるものが違うのだから、生き方も違う。 その情報を集めるということをしない人も多いのだろう。情報は手に入れてもそれだけでは意味がない。それを考えるということ。分析するということが重要になる。でもそれをしない人がいる。思考停止状態に陥ってしまった人がいる。そういう人は情報を受け付けようとしないのだから何を話しても通じない。ここにバカの壁が生じているということになろう。 考えるということは人間として一生をまっとうする意味を考えるということでもあろう。何のために生きているか。考えるためであろう。考えないなら人間でなくても諸動物でも可能だから。そうして、人生の意味を見つけ出す。何のために生きているのだろうか。自分がすべきことは何か、何を持って自分の一生が有意義に、存在価値があるといえるのか。それを考えることから始まるのではないだろうか。 (2003.05.25) 内容 |