連続ネーミング小説

命名(なづ)けんぼ

WEBversion第4回

前回のあらすじ)至高のネーミングとの再戦に臨んだ山名岡士郎。渋谷の街でつかんだ起死回生の秘策とは…
 

山名岡が取り出したボードには、力強い極太の江戸文字でこう記されていた。

『魂道夢』

「俺は大切なことにやっと気付いたんだ。今コンドームを一番必要としている若者とは、不良、つまりヤンキーたちだということに」
山名岡の口調は、苦い自戒を含んでいた。
「ご存じのように彼女たちは十六、七で子供をつくり、いわゆるヤンママになる。男の方も根が真面目なためにケジメをつけて籍を入れる。一見幸せそうな生活の中、子育てに疲れてふと思うことがあるに違いない。あの日、あの時コンドームさえ使っていたら…」
会場のあちこちから、すすり泣く声さえ漏れ始めた。
「ヤンキーがコンドームに興味を示さないのは彼らだけの責任じゃない。彼らの存在を無視してきた社会、つまり我々大人たちの責任でもあるはずなんだ!」
「なるほど、真に必要なのはヤンキー向けのコンドームだったのじゃな…」
「山名岡はんの言う通りや。この名前には、現代の教育制度への痛烈な批判までこめられとるんや…」
「ふん、甘いぞ士郎!」
その時まで苦い顔で沈黙していた雄山が口を開いた。
「お前は自らの着眼点に溺れて肝心な点を見落としておる。コンドームの名前に『こんどーむ』とはあまりに安易だとは思わぬのか?」
栗名田たちは息をのんで青ざめたが、山名岡は少しも動揺を見せなかった。
「俺だってその程度のことは考えてあるさ。この名前はこう読むんだ!」
言いながら山名岡が『魂道夢』の横に貼られたテープをはがすと、そこに同じ書体のルビが現れた。

『すぴりっつ・ろうど・どりいむ』

「ほほう! 魂・道・夢と書いて『すぴりっつ・ろうど・どりいむ』と読ませるとは驚いたわい…」
「一つ一つがいかにもヤンキーの好きそうな単語や。こりゃようできとるわ…」
「すごいわ! それをひらがなで表記した上に、促音を母音に置き換えた泥臭い心配り。英語として全然意味になってないところさえ奥深い趣きを加えている…」
「うほおっ、やっぱり上手い! 上手いですなあっ!」
クライアントの代表たちはしばらくひそひそと相談していたが、やがて厳しい表情で正面を向いた。
「判定を申し上げます」
究極と至高、双方にさっと緊張の色が走った。
「私どもとしましては『責任くん』と『魂道夢』いずれも捨てがたく、またそれぞれのターゲットの違いを考慮し、パッケージを変えて二種類同時発売することに決定いたします!」
「ようし! 引き分けだ!」
「バンザーイ!」
「でかしたぞ山名岡!」
雪辱を果たした究極のネーミング側は、勝利したかのような歓声をあげた。


「海名原先生、本当にありがとうございました」
黒い車に乗りこみかけた雄山をゆう子が呼びとめた。
「お前に礼など言われる筋合いはない」
「いいえ、先生が一週間の猶予を下さらなかったら山名岡さんの完敗でした。先生は山名岡さんのために…」
「ふん、たわけたことを」
雄山は足を止め、わずかに振り返った。
「栗田、とか言ったな」
「栗名田です」
「…士郎に伝えるがいい。『魂道夢』の前にはTheをつけた方がしまる、とな」
「先生…」
夕闇に消えて行く雄山の車を、ゆう子は一人いつまでも見送っていた。
 

(第一部 完)
 
 

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