REAL カズの現在
2000.1.18
プロサッカー選手
[三浦知良]32歳
彼は昨年の8月から京都パープルサンガに所属している。同時期に就任した加茂元日本代表監督に強く誘われたからである。
背番号は[36]長年親しんできた[11]ではない。
デビュー戦では2ゴール。KAZUが出るということで私もこの試合をTVで見ていた。一点目はDFを引き連れてのヘディングシュート、KAZUはまだやれると思わせる一撃だった。
しかしチームは低迷6連敗。KAZU自身もその後1得点しか挙げていない。
「俺にできんだからできんだって、体力的には。あとはイメージ、みんな走ってんだから。なんでできねぇのかなぁ」
そしてJ最終戦、KAZUはボールとは反対側へ走りDFを引き付けた。ゴールしたのは若手遠藤。
試合後のインタビュー。足を冷やす氷が痛々しい。
「監督からもチームからも前で頑張ってくれって言われてるんで、キープしてチャンスを作る。違うことをやれと言われればそれをやるし」

「確かにね、スピードや体力とかでゆったら当時(おそらく米W杯予選時)のほうが絶対に上、しかし例えば体力が50%、精神力が25%で他が25%というように全部で100%にすればいいわけなんだから、体力が25%か30%になっても他が30〜40になってれば100は100でいっしょだからそれでいいと思ってるんですよ、今はね。自分の中では25,6歳の時とは比べられないけど、今のほうがトータルでは良くなってるんじゃないかな。いいプレーも、まだまだ伸びると思ってますよ。またちょっとうまくなったような気がします。ここ何ヶ月で」
彼は前向きである。

KAZUは15歳の時に単身ブラジルに渡り、のべ8つのチームを渡り歩き、22歳の時にブラジルチャンプにも輝いた。一番長く所属したチーム「キンゼ・デ・ジャウー」のグランドには記念碑まである。よく通った食堂には写真まで飾ってある。街で彼の名を聞いて知らない人はほとんどいない。
「またここへ来て、盛り上げてほしい」食堂のおばちゃんの言葉だ。
彼のすごいところは田舎のチームから、自力であのペレのいたサントス(ブラジルの名門チーム)までのし上がったことである。その活躍は現地の雑誌にも取り上げられた。記事のタイトルは「東洋の奇跡」
中田や名波といった選手が海外でプレーしているが、その道を作ったのはKAZUである。また日本サッカーに「世界」というものを意識させたのはKAZUだと断言できる。ほんとにすごいヤツなのである。

天皇杯4回戦清水エスパルス戦、彼はファンのサインの求めに次々に答えていく。
(なんでこんなに人気があるんだと思いますか?)
「長くやってっからじゃない?いろんな出来事があるから」

仏W杯直前、代表から外れる。
(また選ばれればいいやって感じでしたか?)
「それは思わなかった。長いよなぁ2002年までは。35歳過ぎてるからなぁ、きついかもしれないなぁ、31歳は想像できたけど35歳はなぁ、正直どうなってるか想像もできなかった」
「でもあと2年じゃない」

この天皇杯では背番号も[11]に戻っていた。
開始30秒、KAZUはふわりとしたパスを胸でワントラップ、そしてシュート。先制ゴール。しかしPK戦まで縺れ込んだが敗退。

昨年12/22日本代表候補が発表された。
現日本代表監督トルシエは「30代の選手は使いもんにならない」と言い切っていたが、若手選手中心のリストの中にKAZUの名前があった。

(KAZUにはまだ価値がありますか?)
「あってほしいですね、ありますよね?」

「あるよ、あるに決まってるやん」
俺はTVの前で思わず叫んでいた。おまえの経験は代表に必要だ。日本のサッカーをここまで盛り上げたのはおまえだ。もう一度[KAZU11]のシャツを俺に着させてくれっ!頼む。
日本のエースは誰がなんと言おうとおまえだ。KAZU!
参考
「情熱大陸」MBS
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