[千葉すず、再び]
2000.1.15
「千葉すず、今一着でゴールっ!日本新記録っ!」
なんや古いVTR流してんなぁ、あれっ?これ今なん?うっそぉーっ!辞めたんちゃうの、こいつ。
彼女が日本水泳界に登場したのは92年の世界選手権。
「見ている人の鳥肌の立つようなレースをしたい」
見事3位に入賞。まだ15歳。この予想外の活躍を見せた愛くるしい少女は、一躍バルセロナ五輪のメダル候補へ。
しかし本番は6位に終わる。
世界ランク3位、20歳で迎えたアトランタ五輪。誰もが「金」を期待した。もう千葉はアイドル状態。
「悪いけど、今回は自分が楽しむ為に泳ぐだけです。ただそれだけです。」
(もうほっといて)そんな感じだったのだろう。
結果はメダルはおろか、まさかの予選落ち。
「楽しかった、最高の記念になった」
なんじゃこいつとバッシングの嵐。
そんな彼女はアメリカに渡り半年間なにもしない生活を送る。
「いいですよ米は。自由だし。こっちのほうがあってるみたい」
その後泳げない子供達に水泳を教え始める。
(水泳ってこんなにいいもんだったのか)と改めて思ったらしい。
そんな時同僚に「すずの記録まだ破られてないやん、またやってみれば」
すぐにはやる気にはなれなかったが、何回か言われているうちにその気になった。
「辛いのはよくわかってます、何回もやってますから」
それから1年後、昨年の6月の日本選手権、復帰第一戦100m自由形でいきなり日本新!周囲を唖然とさせる。その勢いは止まらず200m,400mでも日本新を連発した。
2年のブランクはあったが、そんなことで衰える肉体ではなかったのだ。
しかしその後のパンパシフィック選手権では4位に終わる。
日本では絶対負けない、そんな気がするらしいのだが、世界出るとなんか小さくなってしまう。精神的に弱いのだ。この部分を現コーチのマカリスターさんに指摘され千葉は自分の弱さを認めた。
この弱さを克服するにはとにかく試合に出て勝つことで、自分で感じていくしかない。彼女は復帰後、米で年間15戦もこなしてきた。
そして12月のUSオープン
200m自由形に出場した千葉は150mまでは4位、そこから追い込み、世界ランク1位のオニールにタッチの差の3位、万全のコンディションではなかったにも関わらずだ。
今ではかなりの手ごたえを感じているはず。彼女がシドニーへ行くには、まず4月の日本選手権で勝つことが条件である。
「今度はメダルを」
また期待したらプレッシャーで潰れるかなぁ?
参考
クローズアップ現代(NHK 1/4)他NEWS等
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