大朝山
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自然の中の村
2001年11月頃
ふとした事から、大朝山ちかくにある村へ行くことになりました。
大理のカフェで以前働いていた小姐をたずねるためでした。
国慶節の時に行こうと思って、その小姐にも話していたのですが、詳しい場所が不明なことなどあって行けませんでした。
その後、その小姐から手紙がきて、「○○の大ウソつき〜!」とか書かれてしまっていました…。
帰国も近づいてきていたある日、昆明から行きつけの大理へいつものように遊びに行っていました。
大理では、お気に入りの太陽島カフェでのんびりしていました。
そんな時、大朝山近くの、その小姐のいる村へ帰るよというおばちゃんに出会いました。
おばちゃんは、行くなら連れていってあげるよって言ってくれました。
1日考えて次の日、もうこれが最後のチャンスという事もあったので、おばちゃんが帰る時に一緒に連れていってもらうことになりました。
おばちゃんが帰る日、朝早起きをして、大理近くの下関へ向かいます。
早朝8時くらいのバスに乗り込み、大朝山麓にあるおばちゃんの知り合いの家に着いたのは、あたりも真っ暗になった頃でした。
その日はすぐにダウンして、ぐっすり眠りました。
次の日、目を覚ますとすぐ、おばちゃんが私を起こしにきました。
なんでも、太陽が昇る前に登らないと暑くって大変だからとの事。
手荷物の肩掛けかばんを背負って、いざ、登山開始。
…。でも、太ってる私にとって、この登山はかなりキツかったです。
しかも、棚田の脇にある細い細い道や、すごく急なケモノ道、夜雨が降っていたらしく道はところどころぬかるんでいるし。
少し登っただけでハァハァ言っている私に、おばちゃんは、「慢慢走、慢慢走。(ゆっくり行こう、ゆっくり行こう)」と励ましてくれるのでした。
おばちゃんは、とっても優しいおばちゃんで、登っている最中も、この後、村についてからも、とっても親切にしてくれました。
さらに、登山中、おばちゃんは、自分の大きな荷物だけではなく、私の荷物まで持ってくれました。
…ホンマやったら、若い私がおばちゃんの荷物も持ってあげないといけないのに…。
ごめんね、おばちゃん。ありがとう。
そして、約2時間、長かった登山が終わって平坦な車道を歩いていくと、とうとう村に到着!
その村は、大自然に囲まれた、すばらしい村でした。
ちょうど、稲の刈入れ時らしく、朝から大勢の人が、大きなカゴを担いでとおり過ぎました。
また、近くの別の山で市が立つ日らしく、買い物へ行く人もたくさん。
そして、家畜の牛やロバ(?)などをサンポに連れていく人たちもいました。
肝心の私が会いにきた小姐ですが、市へ友達と行くとかで、朝一度会ったきりでした。
まぁ、約束は果たしたからイイかな?
その後、翌日昼頃帰るまで、おばちゃんの家にごやっかいになりましたが、とってもイイ人達でした。
そして、ここで見た、満天の星空は、今まで生きてきて一番素敵な夜空でした。
夜、部屋の中で焚き火(!)をしながらおばちゃんと、おばちゃんの家族の人達と話をしていました。
その時知ったんですが、おばちゃん達の村は、少数民族と漢族が一緒になって作った村だそうです。
だから、お父さんは少数民族で、お母さんは漢族で、とかイロイロで、皆そんなことは気にしてないそうです。
民族衣装とかは着ないの?って聞いたら、そんなの着たら村中で笑われちゃうよ…って笑っていました。
最後に、せっかく会いに来たのに、小姐が市に行って帰って来ないのを、おばちゃんが怒って一言。
「中国人の7割はウソつきやからね。気をつけなアカンよ!」
…。
でも、私はおばちゃん達のように、優しくて親切な人も大勢いるのを知っています。
そして、中国留学中に知り合った中国人のたくさんの人達。
とっても、たくさんの人が私に親切にしてくれたのも覚えています。
やっぱり、世の中、どんな国へ行っても、イイ人もいれば、悪い人もいますから。
イイ人か悪い人か…それは、自分で見抜かないといけませんね。
私の大朝山旅行でした。
それでは、写真の方も見ていってくださいね。