The wind of Yokohama


Though it is one day which is not here to be special, I want to get along in one glass of energy.

Help! Help!

1999年5月5日は子供の日に相応しく、初夏を思わせる明るい太陽と風に揺れる新緑で明けた。美しい日である。 私は犬を散歩に連れて行こうと、ふと2階のベランダを見上げると、丁度我が家の猫が手すりを飛び越えて庇に飛び降りたところだった。洗濯物を干していた妻もそれに気づいて、小さく声を上げたが、猫はもう自由の身とばかり、屋根の上でゆうゆうとしたものだ。
老犬(13年位い経つだろうか)を連れて散歩から戻り、幾つかの花鉢に肥料をやって、ふと裏庭に回って見ると、まさにその猫が生まれたばかりのヒヨドリと思われる雛に噛み付いている。ヒヨドリは必死に防戦しているが、なにせ叶わない。 私は大慌てで猫を追いやって、雛を見ると、雛はお尻の部分を大きく食いちぎられて、大きな傷口が開いていて痛々しい。
丁度妻も来て「可愛そうに。どうしよう」
我が家には犬、猫がいるので、妻は病院を知っており、電話をすると、診てくれるという。早速車で病院を訪ねると、「これはヒヨドリではなく、ハトですね」といって保健所への届けにサインを求められ、引き取って世話をしてくれることになった。「やれやれ、ホッと一息」の「子供の日」である。
家に帰って私は先ほどの庭仕事の続き、私はこれでもう大安心でハトのことはすっかり忘れてしまった。 先ほどの物干しの続きをしていた妻が2階から呼ぶ声がするので、見上げると、丁度我が家の前を通る電線に、彼の雛の両親と見えるハトが2羽、並んでとまっている。きっと我が子を探しているに違いない。私にはあのハトの親が子供を捜しに来るだろう、ということを考える思考回路がなかった。医者が診てくれ、保健所が引き取って世話してくれることということだけで満足してしまっていた。 しかし、ハトの両親にしろ私の妻にしろ、親子が離れ離れになってしまったことを心配していたのだった。
「生きていれば、また会えるさ。大丈夫だよ」と心の中で叫んだことである。

Message目次へ
The wind of Yokohama目次へ

Links to other sites on the Web

Sister Page:Temple/Tokyo/7651
Home Page Tool(US Site) Home Page Editor(日本語)

c 1997 fusan,fusan


This page hosted by GeoCities Get your own Free Home Page