連続小説
サッカー大リーグ応援団
[第一章 ラジオ少年]
当時、高校生だったおれは、ラジオ少年だった。急いで学校から帰るや、疲れて眠ってしまう夜遅くまで、時々1人でほくそえみながらラジオの前にかじりついていたおれは、案外暗い少年だったのかもしれない。事実、学校の友達もいなかったし、おれとしても、そのことを特に気にしていなかった。学校の友達がいなくても、おれには、親しげに話し掛けてくるラジオのDJが沢山いたし、また同級生の下らない話よりもDJの話の方が、ずっと面白いのだ。強いて友達がいなくて唯一困ったことといえば、先のことを思いやったのか、おれのおふくろが、ラジオを聞いてばかりいないで友達を作れと五月蝿かったことだけだ。当然、そんな話に聞く耳を持つおれではなかったが。
一体、友達がいなくて何が悪いのだ。おれは、そのことで不自由したことはないし、むしろ、1人で好き勝手できて余程気楽じゃないか。人間関係にあくせく気を使ったって、裏切られるわ、からまれるわ、金は貸さなきゃならんわ、のろけ話は聞かされるわ、説教はされるわ、引越しの手伝いはさせられるわで、ろくなことがないのだ。
その点、ラジオは楽だ。裏切られることもないし、からまれることもない。金を貸す必要もないし、引越しの手伝いをさせられる心配だってない。たまに、のろけ話は聞かされたり説教をされる時はあっても、なぁに、嫌になればスイッチを切ればいいのだ。
勿論、そんなことを考えながらラジオを聴いていたわけではない。ただ、友達と遊ぶよりもラジオを聴いている方が楽しかっただけなのだ。
学校が休みのときなど、ラジオの前でおれは至福の時を味わった。今日は朝から晩まで1日中ラジオを聴いていてもいいのだ、そう考えるだけで、おれは世界で1番幸福な人間ではないかとさえ思えたほどだ。
おれにとってラジオは、時に愉快な親友であり、時に尊敬する先輩であり、時には優しくいたわってくれる恋人だった。
恋人といえば、毎週月曜日の深夜1時からの「ミッドナイト・エキスプレス」のDJ、河原洋子に恋をしてしまい、当時は本気で悩んだ。実際の彼女の姿を見たことはないが、その声から、可愛らしい容姿を想像できた。そうして、その輝かしい彼女とは対照的にみすぼらしい自分の姿を鏡に映しては、ため息を吐いてばかりいた。こんな顔に産んでくれちゃって!おまけにチビ。両親を怨んだこともあった。この顔では、漫才師になるより仕方がない。有名な漫才師になれば、彼女はおれに会ってくれるだろうか。でも、恋人にはなれないだろうなぁ。いやいや、男は顔じゃない、性格だ男らしさだ。しかし、偏屈で我ながら自分の性格がいいとも思えないし、女々しい。結局ダメなのだ。どう考えたって、身分が違いすぎるのだ。月曜日の深夜はいつも、そんなことを考えて身悶えしながらラジオを聴いていた。
こんなおれだが、ラジオを聴くようになったのは案外遅く、高校に入学してからだ。それまでは、家になかったこともありラジオを聴いたことは殆どなかったし、特に欲しいとも思わなかった。しかし、高校の入学祝いに叔父からラジオをもらい、聴いてみると、その面白いこと面白いこと、この世にはこんなに面白いものがあるのかと驚いた。その上、恐らくはラジオ番組の製作会社がいろいろと骨を折って考えているからだろうが、何時間聴いていても飽きることがない。それからというもの、学校に行っている時以外の時間は殆どすべて、ラジオに捧げるようになった。飯を食うときだって、ラジオは手放せない。トイレに行くときだって....これは、おふくろにこっぴどく叱られたんで止めた。しかし、流石に風呂場にだけは持っていかなかった。理由は簡単、湿気でラジオが壊れるのが恐かったからだ。
しかしそんな生活が続き、高校も第3学年に上がる頃、おれは少しずつ、ある不安を感じはじめた。ある人が(この「ある人」というのもラジオ番組のDJだったのだが)、人生で一番楽しい時期というのは高校時代だと言っていたではないか。未来のおれが、果たして今の高校生活にそんな楽しい思い出を感じることができるのだろうか。ひょっとして、おれは最も楽しいはずの時期を無駄に過ごしているのではないか。そうしてそれは最後に必ず、おれは何のために生きているんだろうという疑問にたどり着いてしまうのだ。その疑問に対し、少なくともラジオを聴くために生きているわけではないと、はっきり答えることはできたが、その先の答えは見つからなかった。
とはいえ、ラジオさえ聴いていればそんな不安は紛らされてしまうため、結局は何も変わらない日々が続いた。今となってみると、おれはラジオの世界に逃げ込んでいたのかもしれない。現実の自分と向き合うのが恐かったのかもしれない。
しかし、転機はいつも突然やってくる。強い不安を抱えていたおれは、それに、がむしゃらにしがみついた。それは高校3年の夏の日のこと。
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