Love Birthdays
「もうすぐユリ子ちゃんの誕生日だっけ?」
とある化粧品メーカーで新しく発売される口紅のポスターの撮影中、ふとスタッフの一人が呟いた。
「そうっスよ」
「あ、やっぱり」
自分の方を振り返って言うので取り合えず答えてやると、美容師(臨時スタッフ)は人懐っこい笑みを向けてきた。
「何かプレゼントあげるの?」
長い指でラヴァ―の髪にムースを馴染ませながら、興味津々と言った風に鏡越しに顔を覗き込む。
「ええ・・・まぁ」
ラヴァ―は言葉を濁らせた。プレゼントは勿論あげるつもりでいたが、まだ何をあげるかは全く決まっていない。
「うん、だったらさぁ・・・あ、差し出がましいかもしれないんだけど・・聞く?」
どうせプレゼントはまだ決めていないのだから、聞いて損は無い筈。
ラヴァ―はコクンと頷いた。
「何かねぇ、家の美容院に来てくれる女の子たちから色々聞くんだけどさ。プレゼントとかって高いもの・・もまぁ嬉しいらしいんだけど、そういうのより手作りのものの方が嬉しいんだって」
彼は一旦そこで言葉を切った。手でラヴァ―の髪を遊ばせながら続ける。
「つまりね、彼が作ってくれたアクセサリーとか、料理とか?そんなのが良いらしいよ」
ハイ、完成と、鏡の中のラヴァ―に瞳をあわせてにっこりと笑った。
「参考にしてみてよ」
「そうですね・・・。有り難うマコトさん」
ふいに名前を出すと、美容師―マコト―は面食らったようにラヴァ―の顔を見たが、すぐに照れたように頬を掻いた。
「知ってたんだ?」
「ええ。いつもアッシュが世話になってるって」
「そっかそっか。アッシュね〜」
ナルホド。と一人鏡の前で納得しているマコトに礼を言うと、ラヴァーはポスター用の写真を撮影すべく、ユリ子が既にスタンバイしているセットに歩を進めた。
「あはっ、ここまでで良いよ!」
撮影が終了した帰り、ユリ子が組んでいた腕をスルリとほどいて言った。
「送ってくれてありがとvラヴァ―」
ちゅっ、と音を立てて頬にキスをする。
ラヴァ―は、離れようとする体を再び引き寄せて、ユリ子の唇に自分のそれを落とした。
暫くの後に唇が離れると、ユリ子はくすくす笑いながらラヴァ―の唇についた口紅を指で拭った。
あのポスターで宣伝される、新しいカラーの口紅だ。
「じゃあ、俺は帰るけど気をつけろよ」
「うん、お休みなさい」
マンションの前で、帰っていくラヴァーの背にユリ子が手を振って見送った。
姿が見えなくなる前に
「愛してるよ―――っ!!」
と叫ぶと、後ろ手でヒラヒラと手を振って返してくるのが見えた。
照れてる照れてる。
ユリ子は小さく息を吐くと、ヨシッ!と呟いてマンションの中に入っていった。
一方ラヴァ―の方はと言うと・・・、本気で悩んでいた。
ラヴァ―は、従兄弟仲間の中でも取り分け手先が不器用で、アッシュやウルフが割と料理でも家事でも出来るのに対して、ラヴァ―はその類いのものが全く出来なかった。
「手作りのアクセサリー・・・か」
それは確かに良い考えだとは思うが、作り方が判らない。
本で学ぶか・・・?
そんなことを考えながら歩いていると、小さなビーズショップが目に入った。
“ビーズアクセサリーの作り方教えます”
思わず足を止めて、見せをまじまじと見た。
まだ店内には明かりが灯っている。
ウィンドウに飾られているのは、ビーズで出来た見事なショール。
入り口のドア越しに見える丸い木のテーブルには、様々なアクセサリーが並べられていた。
引き寄せられるようにドアノブに手をかけて、ラヴァ―は店の中に一歩入った。
カラン カラン カラン・・・
来客を告げるカウベルが鳴る。
店内は品の良いハーブの香りで満たされていた。
「いらっしゃいませ」
店の奥から眼鏡をした年若い店員が出てきた。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど・・、ここってビーズアクセサリーの作り方を教えてくれるんですか?」
ラヴァ―が尋ねると、珍しい客を不思議そうに見ていた店員は合点がいったというように小さく笑った。
「ハイ、やってますよ。お作りになるんですか?」
「恋人の誕生日プレゼントに・・・あげようかと」
ちょっと気恥ずかしくなって言葉を濁らせる。
「まぁ、それは素敵ですね!きっと喜ばれますよ」
「本当ですか?!」
「勿論!あ、それでは・・・どんな物を作りたいんです?」
店員は店の奥にある製作スペースに、ラヴァ―を案内して椅子を勧めた。
勧められた椅子に座って、ラヴァ―が困ったように言った。
「俺・・・あまりよく知らないんですよ」
「あら・・それじゃあブレスレットなんてどうですか?最近人気なんですよ。結婚記念日などに旦那様が奥様にプレゼントする為によく作られて行きますよ」
「そうなんですか・・・。じゃあそれで」
「はい。あ、恋人の方の写真か何か持っていらっしゃいませんか?折角ですからその方のイメージに合ったお花で作りたいですし」
「あぁ、持ってますよ。ちょっと待ってください」
ラヴァ―は肩にかけていたバックの中から、先刻撮ったばかりの写真を取り出した。
「どうぞ」
小さくペコリと礼をして、店員が写真を受け取る。
「あら・・・モデルさんだったんですね。綺麗な方・・。この方だったら薔薇の花をモチーフにしたら良いんじゃないかしら?」
ラヴァ―が、コクリと頷くと店員はいくつかのビーズの子瓶を取り出した。
薔薇の形をした紅いビーズ、様々な緑色のビーズ・・・・・。
「それじゃあ 始めましょうか」
「そこは・・、そうですそのまま・・・あっ!!」
パチン、と小気味の良い音が響いて、テグスが切れた。
金具をペンチで取り付ける際に力加減を間違えてしまったのだ。
これで2つ目。
「・・・スイマセン」
本当に申し訳なさそうにラヴァ―が謝る。
「いいえ、良いんですよ。ちょっと力の入れすぎみたいですから、力を入れすぎないようにすると良いと思います」
ラヴァ―が、ペタリと耳を伏せて頷いた。
もう一度テグスを手に取り、ビーズを順番に通していく。三度目なので割とスムーズに進み、先刻の3分の1ほどの時間で出来上がった。
そして先刻失敗した金具付け。
「そう・・・そう、ゆっくり・・はい、出来上がりです」
ぱちんと手を叩いて店員が喜ぶ。
ラヴァ―はふぅ、と息を吐いた。
出来上がったブレスレットを見て口元に笑みが浮かぶ。
多少は不恰好だったが、初めて作ったにしては上出来である。
「お上手ですよ。それじゃあ、ラッピングいたしますね」
と店員が、ラヴァ―の手から出来上がったばかりのブレスレットを受け取った。
小さな箱に、丁寧に薄紙で包んだブレスレットを納め青いリボンを結んだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
箱を大事そうに受け取り、代金を支払う。
「あれ・・・?何か少なくないですか?」
店員の言った代金は明らかに少ない。
「いいんですよ。お客さん、すっごく頑張って作ってたんですもの。失敗した分はいただきません」
にっこり笑ってそう言った。
ラヴァ―は感謝の意を込めて深く礼をすると、店を後にした。
***誕生日当日***
「オツカレ様でしたー」
スタッフやモデルたちが挨拶を交わす。
「スッゴイ雨だよねぇ」
外を見ていたラヴァ―の横に並んで、マコトが言った。
「雨は嫌いっスよ」
「そうだね・・。じめじめするし。折角のユリ子ちゃんの誕生日なのにさ」
今日はユリ子とは別々の撮影だった。
マコトはラヴァ―の担当を受け持っているので、ユリ子とはまだ会話をしたことが無い。
ユリ子の兄のユーリとも知り合いらしく、ユリ子の話を聞いて話してみたいと思っていたようだ。
「今日はちょっとムリですけど・・、後日ユリ子と一緒に店の方にお邪魔しますよ」
ラヴァ―がふと思ってそう言うと、マコトは
「あっ、本当?!嬉しいなぁ」
と笑いながらいつも被っているテンガロンハットを取って髪の毛を撫で付けた。
そして、
「俺が誕生日おめでとうって言ってたって伝えてくれないかな?」
と言ってポケットから包みを取り出した。
「ユーリにユリ子ちゃんの好きな物を聞いてさ、大したモンじゃないけどプレゼントなんだ」
不思議そうに受け取るラヴァーに、中身はポプリだよ、と言う。
「ありがとうございます。・・喜びますよ」
喜ぶユリ子の様子を想像して、ラヴァ―の口元が笑みを形づくった。
「それじゃあ俺はもう行こうかな」
「今日で最後でしたっけ・・?」
「そうだよ。何せ臨時のバイトだし。あ、でもご指名してくれればいつでも来るよ?」
カッコをつけてそう言ったマコトの様子に、2人は声を上げて笑うとそれぞれ引き上げていった。
「あ〜あ・・・。凄い雨」
ユリ子は自宅マンションの窓に張り付いて、とめどなく振ってくる雨を見ていた。
今日のユリ子の撮影は早く済んだので、お昼過ぎには自宅に戻っていた。
外が大雨の為遊びに行く事が出来なかったので、ヒマな時間は音楽を聞いたり、雑誌を見たりして時間を潰していた。
ツマンナイ
それもこれもラヴァ―が居ないからだ。
今日は撮影が一緒じゃなかったので、終了時間が合わない。
一度ラヴァ―の携帯に電話を入れてみたが、繋がらなかった。
トゥルルル
不意に電話のベルが鳴る。
「あーっ、ハイハイ 今出ますッ」
慌てて電話の置いてある台の所まで走っていく。
「はい、もしもし」
「ユリ子か」
「お兄ちゃん?」
電話の向こうから聞こえてきた声は、兄のユーリのものだった。
「そうだ。今日はユリ子の誕生日だっただろう?おめでとうと言おうと思ってな」
「覚えててくれたんだー。ありがとう、お兄ちゃん」
言って嬉しそうに笑った。
「直接言えなくて済まないな。今は新曲のプロモの撮影でどうしても抜け出せん。アッシュとスマイルもオメデトウと言っていたぞ。―――?何だアッシュ」
ユーリの声が遠ざかり、アッシュと何事か言葉を交わしているのが聞こえてくる。
暫くの後、ユーリに代わってアッシュが電話に出た。
「あ、ユリ子ちゃんっスか?アッシュっス!お誕生日おめでとうっス!!」
「アッシュさーんっvありがとう!!」
「あー、それでユリ子ちゃん・・明日ヒマっスか?」
「?午後からなら多分・・・。どうして?」
可愛らしく小首を傾げながら言う。
「折角誕生日なんスから、パーティを開いてあげたいんスよ」
「えっ・・・わーっ、本当?!うれしいッ」
ユリ子の背で紫の羽がパタパタと動いた。
「うんっ、うんッ、絶対行くから!!」
「ラヴァ―も一緒に連れてきてやって欲しいっス」
「モチロン!一緒に行くから!ん・・2時ね。わかった。じゃあアッシュさん、お兄ちゃんとスマイルさんにアリガトウ、“愛してるよーッ”て伝えてください☆」
「う・・わ、判ったっス・・・それじゃあまた明日」
「はい、楽しみにしてます」
くすくすと笑って受話器を置く。きっと真っ赤になりながらも一生懸命伝えてくれているだろう。
パッと部屋の中を見回して、時計に目が止まる。
8:30
いくら撮影が長引いたとしてもここまで遅くなる事は無い。
もしかして忘れているのだろうか・・?
少し心配になってもう一度、電話をかけてみようかと電話に手を伸ばすと、玄関のチャイムが鳴った。
「はいっ」
用心のためにキーチェーンをしたままドアを開くと、ドアの向こうにはずぶ濡れのラヴァ―が立っていた。
「ラヴァ―!?」
慌ててキーチェーンを外し、ドアを大きく開いて招き入れる。
「どうしたの?ラヴァ―。こんなに濡れちゃって・・・」
招き入れた玄関の床に、水の雫がポタポタと落ちる。
ユリ子は自分の服の袖口で、ラヴァ―の顔についた水滴を拭ってやった。
「取りあえず、シャワー浴びておいでよ」
言うと、
「悪いな」
と言って室内に上がりこんだ。
そのまま勝手知ったるユリ子の部屋の中を進み、バスルームへと入る。
濡れた衣服を絞って乾燥機に入れ、風呂の中へ入る。
蛇口を捻ると、ザァァッ、と心地よい水音が耳に響き、冷え切った体に湯が温かかった。
ラヴァ―は暫く熱めの湯を浴び、シャワーの栓を閉めると置かれていた真っ白いタオルで体の水気をふき取った。
ピーッ、と乾燥機の音が鳴り、服が乾いたことを知らせる。
取り出して、まだ暖かいシャツに袖を通すと気持ちが落ち着いた。
やはり、雨は嫌いだ・・・。
ふぅ、と小さく息を吐いてリビングに続くドアを開けた。
「あ、出たの?」
キッチンでエプロンをして何かを温めていたユリ子が振り返って言う。
「何やってんだ?」
ラヴァ―が近付き覗き込もうとしたが、ユリ子の両手によって視界を塞がれた。
「だーめっ。出来るまでナイショ」
回れ右ッ、とラヴァ―をリビングのソファーに座らせると、可愛らしく鼻歌を歌いながら作業に戻って行った。
数分後
お盆の上に2つの皿と2つのグラスを乗せて、ユリ子がリビングに戻ってきた。立ち上がって盆を受け取ると、良い香りが鼻をくすぐった。
「ちょっと並べておいてね。まだ冷蔵庫にサラダがあるの」
たたたっと走っていき、冷蔵庫の中から2つの透明な器を持ってくる。
「よく冷やしておいたから美味しいと思うの」
食べやすい大きさにカットされたフルーツの入ったフルーツヨーグルトサラダ。それから、湯気のたつ皿の上には ビーフシチュー。グラスの中はまだ空だった。
「はい、シャンパン・・。ドン・ペリにしてみたの」
言って差し出されたのは、ピンク色のシャンパン。
トクトクトク・・・シュヮヮヮヮ
小さく音がして2つのグラスにシャンパンが注がれた。
「ふふっ」
丁度同じ量になったのを確認してユリ子が笑う。
ラヴァ―は、そんなユリ子を引き寄せて軽く口付けた。
「ハッピーバースディ、ユリ子」
額を合わせて言う。小さく笑い合うと、ユリ子が抱きついてきた。
「ありがとう、ラヴァ―」
ラヴァ―はユリ子の背中に手を当てて、もう片方の手で持ってきていたバックの中から預かり物のプレゼントを取り出した。
「ユリ子、マコトさんからの誕生日プレゼント」
「え?マコトさんから?何だろう・・・?わッ、良い香り―v」
ガサゴソと包みを開いてポプリを取り出す。
顔を近づけて香りを楽しんでいるユリ子を見て、ラヴァ―は薄っすらと笑みを浮かべるともう1つ、自らが用意したプレゼントの箱を差し出した。
「こっちは・・・俺から」
何か気恥ずかしくて、受け取ったユリ子から視線を反らせる。
ガサガサと包みを開く音が響いた。
「・・・・わ・・・ぁッ・・!」
感嘆の声が聞こえ、横を向いていた顔を引き寄せられる。
驚いてユリ子の顔を見ると、ユリ子は大きな目から大粒の涙を流していた。
「ど、どうしたんだ??・・気に入らなかった?」
慌ててラヴァーがユリ子の頬を流れ落ちる雫を唇で拭う。元気の無いご主人様を励ます時に犬がする動作。
そんなラヴァーの様子に、ユリ子はくすくすと笑い出した。
「違うよ。・・違うの・・・すっごくすっごく嬉しい」
手に持ったビーズのブレスレットに頬を寄せながら言う。
「これ、手作りでしょ?」
少し形の崩れた部分を指差してユリ子が言った。
「ああ。・・・ゴメン、下手で」
ペタリと耳を伏せて項垂れたラヴァ―に、ユリ子が歌うように言った。
「ラヴァー・・・お願い。ラヴァーに着けてもらいたいの」
顔を上げたラヴァーの前に差し出されるブレスレット。
ラヴァーはそれを手に取ると、ユリ子の細い手首にそれを着けた。
ちゃらっと音がして、ブレスレットに明かりが反射する。
本当にそれはあつらえたかのようにユリ子に似合っていた。
ユリ子は嬉しそうに笑うと、少しだけ冷めてしまった食事を指差し、
「ゴハン、冷めちゃうから先に食べちゃおう」
と言った。
カチィンと済んだ音が響き、グラスの中の液体が小さく波立つ。
「乾杯」
声を合わせて。
ひとしきり食事を終えた後、ラヴァーによって取り出されたのはケーキ。それは、私のお気に入りのお店のケーキで。ちょっと遠い所にあるお店。
わざわざそこまで買いに行ってくれたの?
開けてみると私の大好きな木苺のケーキ。それにろうそくを立てて。
灯りを落とすと、それはもう綺麗だった。
なんだか胸がいっぱいになって、泣いてしまった。
ラヴァーは困っていたけれど、そんな所もとても好きで抱きついた。
唇を重ねた。
生まれた日なんて、何百年も生きている私たちにはあまり関係がない事だけど、それでも祝ってくれるヒトが居る。覚えていてくれるヒトが居る。
それはとても嬉しいことで・・・。
抱きしめられた。
安心できる腕の中。
「幸せだなぁ」
呟くとラヴァーが頬を摺り寄せてきた。
甘えているみたいなそんな態度。
くすぐったくて 私は声を上げて笑った。
私の誕生日・・・ラヴァーの腕の中で笑って泣いて・・・そして愛された日。
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