男女5人、目的地はサンディエゴ。アメリカ生活最後の旅行。 この言葉の意味するものは生涯消えることのないアメリカの思い出である。マサはこの旅行をずっと夢見てきた。半年間、いっしょに勉強してきた友人たちと旅行をし、すばらしい思い出をつくって日本に帰る。どんなにこの日を待ち望んでいたことか・・・
<現実>
車内は静かだった。ジョーもマサとユーヤの間になにがあったのかを知っている。知らないのは、最近入学してきたフミばかりなのだ。
「どうしたのみんな静かね。ねぇ、サンディエゴやめてロスに行かない? 私ディズニーランドに行きたぁい」
どうしてこいつを誘ってしまったのだろう。はしゃぎまくるフミの声をシート越しに聞きながらマサは頭を抱えた。
後で聞いた話だが、アユムはずいぶん前からユーヤに改名していたらしい。改名といってもそんなたいしたことではなく、ホームステイ先や友人からの呼ばれかたが変わるだけである。
たとえば、マサの本名は「マサカツ」だが、アメリカ人が「ツ」という発音をどうしてもできないので「マサ」という呼び方になった。「アユム」という言葉は日本人にもいいにくいくらいだから、外人はほとんど発音できなかっただろう。だからといって「ユーヤ」なんてぜんぜん違う言葉に変えてしまうのも、どうかと思うのだが。
フレズノの町を抜け、フリーウェイにはいる。
辺り一面には平原が広がっていた。グレープやオレンジ畑が延々広がりはるか遠くに山が見える。それを越えるとロスなのだが、そこまでは5時間はかかるだろう。ロスでほかのフリーウェイに乗り換える。サンディエゴまで約8時間。サンディエゴの直前の町で一泊する予定だ。
マサは後部座席にいるユーヤのことが妙に気になった。偶然にしては、できすぎた話だ。類は類を呼ぶと言うが、フミとユーヤが友達だったなんて、しかもそのユーヤがこの旅行についてくるなんて。
だが、よく考えれば一緒にいく人物はユーヤしかいないのも確かだった。マサはフミとユーヤをのぞくすべての日本人女性をこの旅行に誘い、みんなに断られたのだから。電話した時点でそのことに気づくべきだった。といっても旅行のことで頭がいっぱいだったマサにそんなことを考えろと言う方が無理なのかもしれない。
それともう一つ気にかかることがあった。マサがサンディエゴ旅行の同行者を捜しているのは、多くの人が知っていたわけだし、そのあと日本に帰るのも知っている。声をかけなかったとはいえユーヤが知っててもおかしくはない。もしかしてユーヤはマサが旅行に行くのを知ってて、フミに頼んだのではないか。
「そんなわけないか」
マサはあまりにも都合のよすぎる解釈に鳥肌が立ってきた。そんなことがあるはずがない、これは単なる偶然だ。あの事件のことを思い出せば、簡単にわかりそうなことだった。それにしても、ユーヤの心境はどうなのだろう。後部座席からは、はしゃぎまくるフミの声しか聞こえず、ユーヤの心境など知る由もない。本当はマサ以上に後悔しているのはユーヤなのかもしれないのだ。
マサがあれこれ考えをめぐらせているうちに徐々に車内に活気があふれてきた。マサとジョーは今日の宿泊地までの道の打ち合わせを始める。後部座席では、とうとう嬉しさが頂点に達したフミがはじけまくり、フミトとユーヤがそれにつっこむという漫才を延々やっている。どうやらフミトはユーヤとうまくやっているらしい。天性の女好きなのだろう。後部座席と前部座席は完全に隔離され、同じ車内なのに二組の旅行者がいるようだ。たまにフミがマサたちにチョッカイを出してくるが、マサに完全に無視される。