サンディエゴはむかしメキシコの統治下にあった。ここオールドタウンはその時代を再現した小さな街だ。マサがその時代のサンディエゴに興味を示し、ここに来たとはとうてい思えない。彼にとってここの一番の魅力は入場無料ということだけだった。 ここには、日本人にしてみれば目新しいものばかりが並ぶ。西部時代を思い起こさせる馬車が走り、中庭ではフラメンコやメキシコの民族舞踊などが行われていた。
5人は公園の中にはいった。天気は相変わらず悪いのだが、中では極彩色の鳥の鳴き声が響きわたりまるで別世界のようだ。
ジョーは写真を撮りまくっている。スイス人から見てもここは奇妙な場所なのだろう。そこら中に咲き乱れているブーゲンビリアやハイビスカスに感嘆してはしきりにシャッターを押していた。
フミトは得体の知れないパンのような物を買い、店の人と話をしている。その店の売り物には値段が決められておらず、チップと同じように自分が決めた値段を払うことになっている。経済大国といわれる日本から来たのだから、いくら金がないとはいえ、これぐらいは奮発してもらいたいものだ。
ユーヤはショッピングモールで宝石やアクセサリー、陶器、インディアンの書いた奇妙な絵などを真剣な目つきで見ていたし、フミはだからどうしたのという顔で民族舞踊を暇そうに見ていた。
マサは店の前にところ狭しと並べられた何百というサボテンを見比べている。マサは日本にいるときは植物などには興味がなかったが、フレズノにきて間もない頃サボテンを買って寂しさを紛らわせていたという恥ずかしい過去を持つ。水などの世話をしなくてもすくすくと育っていくサボテンは不精者のマサにあっていたのかもしれない。
マサはまだサボテンを見ていた。日本に買って行くつもりなのだろうか。暇をもてましたのかフミが近づいてきた。いつもユーヤといっしょにいるフミだが、そういえば今日はユーヤを避けていると思えるくらい二人でいっしょにいるところを見ていない。
「私なんか避けられてるみたいなの」
唐突にフミが話しかけてきた。
「・・・・」
マサはサボテンを見ていた。
「もう、無視しないで聞いてよ」
「誰に避けられてるんだよ」
「フミトによ、マックでもユーヤとばかり話しているし私嫌われているのかなぁ」
「今頃気づいたのかよ」
と言おうとしたがマサは言いとどまった。フミの目があまりにも真剣だったからだ。
「お前が話しかけないのが悪いんだろ」
「だってあの二人の話って難しすぎて私にはわからないんだもん」
「.....」
「やっぱり私みたいな馬鹿より、ユーヤみたいな頭のいい人がフミトは好きなのかなあ」
「フミトがユーヤを好きなわけないだろう。フミトには日本に彼女がいるんだぜ」
「ねぇ、マサ何とかしてよ。もうマサしか相談できる相手がいないもん」
フミは完全に相談する相手を間違っていた。ジョーに話しづらいのはわかるが、よりによってマサに頼りだすとは。
「最初からこうなることはわかっていたんだろ。それを承知でこの旅行にきたんだろう。フミトには彼女がいるし、フミトは彼女以外の女とつきあう気なんてない。それは知ってたんだろ」
マサは適当なことを言って丸め込もうとしたが、フミには通用しなかった。
「もういい、マサは何にもわかっていない。やっぱりパソコンオタクのマサにこんなことを相談するんじゃなかった」
そう吐き捨てると、フミはどこかに行ってしまった。フミが去った後、グロテスクなサボテンを目の前にしながらマサは少しだけ自己嫌悪に陥った。それはパソコンオタクと言われたからではなかった。フミは真剣に相談に来たわけだし、それを適当に答えてしまったからだ。
だがそれは本当に少しだけだった。そのうち、そんなことはどうでもよくなった。フミが本当にフミトが好きだとは、マサにはどうしても思えなかったからだ。
入学当初からフミは目立っていた。それは着ている服が派手だったということだけではない。とにかく積極的に人に話しかける。それはそれで結構なことなのだが。問題は話しかける相手が男だけだったということだ。もちろん女には嫌われる。嫌われ者同士のユーヤとフミがくっついたのも、こう考えると納得のいく話だ。
マサが自転車で下校する途中、フミが乗っている車に追い越されたことがよくあった。そのたびにフミは後ろ向きになって、マサに手を振っていた。最初のうちはマサも手を振り返していたのだが、そのうちバカらしくなって無視することにした。車の運転手はいつも違う男だったからだ。そんな奴がいきなりフミトを好きだと言ったって信用できるわけがない。
日本で何があったか知らないが、フミの行動は半ばヤケクソ気味であり、自殺行為だった。精神をズタズタにされた後、誰にも相手にされなくなることは目に見えているのだ。
再び5人集まり、近くのギフトショップを見て回ることにした。ここでもそれぞれ別行動をとっていたが、フミだけはいつもマサのそばにいて楽しそうに話しかけていた。あれだけの啖呵を切ったわりにはサッパリとしたものだが、実はフミなりに考えた苦肉の策だった。どんな男にしろ、いままで好意的に話しかけてきた女に急に無視され、ほかの男と仲良く話しているのを見せつけられたら、多少なりとも動揺するだろう。フミトに嫉妬させようという魂胆だ。
だが、フミの策略は不発に終わった。マサは終始迷惑そうな顔をしていたし、フミトは膨大な量の革製品を目の前にして、完全に自分の世界にはいっていたからだ。
「ねぇマサ、何とかしてよ」
結局、マサに頼むしか方法はなかった。嫌がるマサの地獄突きや蹴りに屈することなく、フミはマサに頼み続け、とうとうマサが折れた。
「わかったよ、フミトに話してみるよ。だから向こうに行ってくれよ」
その言葉を聞いて安心したのか、フミはとっとと店の中からでていった。
やっと自由の身になったマサは外のベンチに座り、博物館の横にある丘を見ていた。子供たちが丘の斜面をグラススキーで滑り降りながら楽しそうに遊んでいる。
「スキー」という単語が頭の中に浮かんだ瞬間、マサの頭の中はスキーのことでいっぱいになってしまった。そして残念ながらフミとの約束は頭の隅へと追いやられていくことになる。フミの最大の失敗はマサを頼ってしまったことだった。