宿に戻ったマサはジョーを酒場に誘った。もちろんジョーが断るはずもない。フミトも誘ってみたが断られてしまった。理由は簡単、フミ・フミト・ユーヤを取り巻く問題にけりをつけたかったからだ。残った三人で話し会いフミを納得させようという魂胆らしい。フミトはそういう奴なのだ。もてる男も結構つらい!「泥沼だな」
フミトの決断とは裏腹にマサはさめていた。マサはジョーと二人で部屋をでた。今回ばかりはもてない自分に感謝しながら...
モーテルの近くの小さな酒場に向かう。
店の中は薄暗く、営業しているかどうかよくわからなかったがとりあえず入ってみることにした。外からの印象とは反対に中は結構盛り上がっているようだ。若い女性のバーテンはどこか嬉しそうだった。理由を聞くと今日はこの女性の子どもが誕生日なのだそうだ。常連客の海の男たちが、子供を囲み祝福している。
「いい雰囲気の店だな」
バドワイザーを2本頼んだ後、マサはありきたりの会話を始めた。
ジョーはマサと同じ時期にIEIに入学した。クラスはマサと同じSTEP3、一番下のクラスだ。マサは英会話はまったくの初めてだったが、知ってる人がいない異国であることをいいことに、好き勝手に思い付く英語を大声で話していた。アメリカ人やほかの国の人たちは、マサのわけのわからない英語に戸惑っていいたが、ジョーだけは大声で笑いころげていた。マサは言葉を覚えるたびにジョーに大声で話し掛けジョーは笑い転げる。
英会話では不自由しないスイス人のジョーにとっては、子どもみたいなマサと話すことに何のメリットがあったのか知らないが、マサへのメリットは計り知れないものがあった。これによりマサは英会話に自信をもち着々と上達していったからだ。
二人はフレズノで毎晩のように酒場にのみに行き、バドワイザー2本ぐらいで何時間も話していた。そんな彼らに店の人は嫌な顔ひとつせず、逆にバドワイザーを1本くれるぐらいだった。日本のこと、スイスのこと、そしてアメリカのこと、どんなに話しても話題に詰まることはなかった。
そして、今日はジョーと二人で話す最後の話題となるのだろうか。少しはシリアスな会話になるのかと思ったが、そんな雰囲気はみじんもなかった。ジョーもマサもこの晩が最後だとは思っていない。たとえ、日本とスイスに別れたところで、会うチャンスはいくらである。そう思っているのだろう。
「日本語ばかりで悪かったな」
「気にしなくていいよ」
「フミが英語で話そうとしないんだよ。あいつは子どもだ」
「若いうちはみんなああだよ。スイス人でも日本人でも」
「ユーヤとは仲直りできた?」
「いや」
「マサはユーヤと仲直りしなければならない」
「でも、もうできない。仲直りするには遅すぎた」
「大丈夫、まだ二日ある。マサならできる」
たわいもないの会話が続く。ジョーの口調はいつも冷静で、言うことはいつも正しかった。最初、マサはそれが気にくわなかった。マサは異境の地でドラマチックな場面を求めていた。ジョーが憤慨するところを見てみたかったのだ。
日本にいるときのマサはずっと時間に追われて生きていた。1分、1秒が惜しかった。。当然アメリカでも変わるはずがない。マサはアメリカに日本では味わえない経験を求めていたのだ。 しかしジョーは全く違っていた。フレズノの街の写真を撮ったり、喫茶店で読書をしたり、2時間も自転車をこいで近くの湖までいき、一日中寝転がっていた時もあった。ジョーは異国でいつも通りの生活をしようとしていた。
「何事に対しても余裕があるんだよ、ジョーは」
マサがジョーの悪口を言ったときフミトはそう答えた。その言葉を聞いたとき、マサは世界観が変わるほどの衝撃を受けた。そして、なぜジョーがマサやフミトのSTEPにつきあってくれたのか、マサのでたらめな英会話に毎晩つきあってくれたのかが少しだけわかったような気がした。
ジョーはマサに時間は贅沢に使うものだと言うことを教えてくれた。そしてこの夜も贅沢に過ぎていこうとしている。
「本当のことを言うとオレはスイスのことなんか何も知らなかった。全然興味がなかったんだよ。アメリカとかロシアとか大国にばかり興味があって、スイスのような小さな国については考えようともしなかったんだよ」
「それは当然だと思うよ」
「でもオレがいま一番いきたい国はスイスだよ。オレの考え方は変わったのさ。ここに来てジョーと友達になってさ。これが一番大事なことなんだよ」
「...」
「今夜はオレにとって生涯最高の夜だよ」
「なぜ?」
「オレの夢が叶ったからさ」
こうして、マサとジョーの最後の語らいはちょっとだけドラマチックに終わったのだった。