横目でフミを見るとうずくまっている。マサはフミが泣いているのだということがわかった。フミにこれ以上かまうのはやめることにした。自分自身で解決してほしかった。言うだけのことは言った。後はフミ次第だ。そう思った。 マサとジョーは今までに撮った写真を眺めていた。
ロサンジェルス、ミィレェトン・レイク、シーラ・サミット・・・
みんないい思い出ばかりだ。思えばアメリカに来てから、辛いことばかりだったが、そんなことがどうでもいいと思うくらい楽しいことがあった。今回の旅行もそのひとつになるのだろうか。マサは写真越しに笑っている自分の顔を見ているうちに悲しくなってきた。本当に泣きたいのはフミではなくマサ自身なのかもしれない。この旅行を始めてからまだ一回も写真を撮っていない。マサの最後のアメリカ旅行は、本当にいい思い出になるのだろうか。そう思うとマサは泣きたくなってきた。
また雨が降ってきた。みんな車に戻る。しかしもういく場所などなかった。海岸沿いの街というのは晴れているからからいいのであって、雨が降っていてはどこにもいく所はないのだ。ジョーは先に車に乗り地図を見ていた。ユーヤとフミトもこちらに向かっている。
「私帰る!」
マサは唖然とした。フミが帰ると言っているのだ。
「帰る? 帰るっておまえ。まだ一日残っているんだぜ」
「マサたちはもう一日遊んでけばいいでしょ。私は一人で帰るから」
「一人で帰る?。ここからどうやって帰るって言うんだよ」
「バスで帰れば大丈夫でしょ。一人で帰れば誰にも迷惑はかからないでしょ」
マサはがっかりした。さっきの一言で少しはフミの気持ちも変わったかと思ったのに。それがこれだ。
マサは意地でもフミを帰らせるわけにはいかなかった。こんな状況で別れるのがマサは一番嫌いなのだ。日本ではこういう別れ方は何回もあった。と言うよりほとんどだった。もうたくさんだ。日本で犯した過ちを繰り返すのだけはどうしても避けたかった。
「迷惑、迷惑、大迷惑だよ。残されたオレたちのこと考えているのか。お前が勝手に帰ってオレたちがいい気分なわけないだろう。」
「じゃあ、今日のホテルは私、一人部屋に寝る。お金もちゃんと払うから」
マサはため息をつきながら、天を仰いだ。
「なんでユーヤと一緒に寝ないの」
「もう、彼女と一緒にいるのはイヤなの!」
「ユーヤは何も悪いことしてねぇだろうが。お前が勝手に被害妄想を描いているだけだろ」
フミはうつむき、しばらくの沈黙をとった後、マサの顔を見た。そして憎しみというよりは哀れみの目でマサを睨み付けた。
「マサはユーヤのこと知らないのよ」
「どういう意味だよ」
「ユーヤは最初からフミトが目的でこの旅行に来たのよ」
「そんなわけねぇだろ。もういい加減にしろよ」
「ユーヤに聞けばすぐわかることよ。どうもおかしいと思ったのよ。ユーヤは毎週土日は家庭教師に習ってるのよ。だから旅行になんか行けないはずだし、今までも行ったことないのに急に連れっててなんて。私が旅行に行くって言ったときからおかしかったし、電話が来たのも前の日の夜よ。そんなのあまりにも不自然すぎるじゃない!」
珍しくフミの言い分には筋が通っていた。フミはマサのように嘘はつかないからたぶん言ってることは本当だろう。だからといって、ユーヤがフミト目当てに来たとはとうてい思えないが。どっちにしろマサにとってはそれほど重要な問題ではなかった。とりあえずフミを留まらせることが先決なのだ。
「今日一日だけユーヤと一緒にいてくれよ」
マサは趣向を変え、ちょっと弱気に攻めてみた。
「わかった。部屋は二つでいいから、あたしはマサと同じ部屋にする」
「おめぇ、馬鹿じゃねぇの」
「なに考えてんのよ。マサとなにか起こるとでも思っているの」
フミは「冗談じゃない」と言わんばかりの態度で言った。
「なにか起こるに決まってるだろ。オレはホモじゃないんだぜ。男と女が同じ部屋に寝って言うのはそういうことなんだぜ。いいからユーヤと一緒に寝ろ!」
そうマサがまくしたてるとフミはそのまま黙ってしまった。
マサは無理矢理、車にフミを押し込んだ。フミトたちも戻りようやく5人そろったものの沈黙の続く車内は、破裂寸前の風船のようだった。ジョーは風船が破裂しないようにゆっくりと車を古いホテルが立ち並ぶ丘に走らせた。
はっきり言ってここはつまらなかった。やはりもうサンディエゴはネタ切れなのだろう。といってももういく所がない。とりあえず近くの喫茶店を捜すことにする。
「ねぇ、どこにいくの」
「茶ぁ飲みに行くんだよ」
「茶ぁ。今時そんなこという人いないよ。全くジジイなんだから」
「馬鹿野郎、東京ではみんなこう言うんだよ」
「絶対お茶飲んでしょうね」
「ああ、絶対飲むね」
マサはフミになんて言われようと、とにかくフミをサンディエゴにとどまらせようと思った。
やっと喫茶店を見つけたが、フミが車から降りる気配はなかった。マサはそんなフミのことが妙に気になったが、同時にそんな自分に腹が立ってきたいた。勢いよく車から降りようとした、がフミに服を引っ張られ座席に連れ戻される。
「なにすんだよ」
フミは服をつかんだまましばらく黙っていたが、みんなが車から出るのを確認すると、やっと話しはじめた。
「ねぇ、私本当に帰るから、みんなに言ってよ」
「まだそんなことを言ってんのか。早く降りろよ」
マサは軽くあしらったが、フミには通じなかった。
「私は本気なんだから、お願いだから帰らせて」
フミは本当に帰りたいようだった。フレズノまで女の子ひとりで帰るのは想像以上に危険だ。もちろんフミがそのことを知らないはずもないが、ユーヤといるくらいなら危険を犯してでも帰りたいという覚悟が見えた。マサはフミの気持ちが分からないでもなかった。しかし今帰ったらフミとユーヤの仲は永遠に戻らないだろう。後で後悔することは目に見えているのだ。
「頼むよ、頼むからあと一日だけ我慢してくれよ。オレのためだと思って」
マサはフミに頭を下げた。完全にプライドを捨てた。フミに対して頭を下げることはマサにとっては屈辱的ではあったが自然にプライドが捨てられたのはこの旅行にかける執念のようにも思えた。