エリック・クラプトンの曲が流れる中世の雰囲気の店だった。「この曲好き」
ユーヤは店内に流れる曲を口ずさんでいた。
「"Tears in Heaven" か」
「知ってるの?」
「常識だよ」
マサはぶっきらぼうに答えたが、ユーヤからの反撃はなかった。
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マサは本当に茶を頼んだ。もちろん茶と入っても紅茶だが。
「本当にお茶をたのんだんだ」
「嘘つくと、また誰も信じられないって言われそうだからな」
ばかでかいカップとティーパックを目の前に置かれたマサは思いっきり皮肉を込めていった。フミは顔を膨らましてムッとしていたが内心うれしそうだった。
喫茶店の中でもフミはマサにしか話しかけなかった。フミトとユーヤはフミに完全に無視されジョーは日本語では話すすべもない。しょうがなく三人で話し始めた。マサもその話の中に入ろうとするが、フミがふてくされてしまうのでしょうがなくフミの話し相手になっていた。
長い時間、フミとのたわいもない会話が続く。本当はマサとではなくフミトと話したいはずなのに、さすがに諦めたのか、それとも諦めきれないのか、どっちにしろ、やりきれない思いをマサに無我夢中でぶつけているという感じだった。マサは適当に相づちをうち話を聞いていたが、そのうち疲れたのかタバコを吸いたいとい言い、外のテラスにいった。
そのうちフミトがテラスに来てユーヤが来た。
「いったい、いつになったら雨やむんだろうね」
3人はため息をついた。雨がやめばこの旅行も少しは楽しくなるのかもしれない。人間関係が最悪だからこそ天気だけは良くなってほしかった。だが天気の良くなる気配は全くなかった。
店の中でジョーとフミが楽しそうに話している。
「フミ、結構楽しそうにやってんじゃん」
外の3人はその光景をずっと見ていた。
フミを避けようとするフミト。
フミとの仲が急変したユーヤ。
フミに振り回されるマサ。
そしてフミの話に付き合わされるジョー。
この旅行の主役は完全にフミだった。
3人は喫茶店の前で空を見ながら途方に暮れていた。もういく所がなくなってしまったのだ。雨がやんでいつもの青空になることを祈ってもそんなことは起こるはずもなかった。
「ちょっとそこらへん見学してくる」
時間を持て余したのか、フミトは回りの店を見ながら遠くまでいってしまった。マサとユーヤは二人取り残されてしまい気まずい空気が流れる。マサはタバコに火をつけた。とりあえず一服してからユーヤに話しかけようと思った。しかし、沈黙を破ったのはユーヤのほうだった。
「ねぇ」
「なんだよ」
マサはそっけない返事をしたが、ユーヤはそれ以上はなにもいわない。ただ睨み付けているだけだった。マサは鳥肌が立ってきた。
「文句があるならはっきり言えよな。オレと二人きりで居たくないんだろ。全く気持ち悪い女だな」
マサは席を外し、奥の席に行こうとした。
「ちょっと待ってよ」
「なんなんだよ、」
「いいからここに座ってよ」
「はいはい、言うとおりにすればいいんだろ」
マサは母親に叱られる子どものようにその場に座らされた。
「なんでアメリカに来たの」
「なんだよ急に」
「いいから答えて」
ユーヤにしては面白いこと聞くものである。マサはユーヤの顔を覗き、話の意図を読もうとしたが、無表情のユーヤからは何も得るものがなかった。
「別に理由なんかねぇよ、単なる気晴らしさ」
「また格好つけてる」
どうしてこの女はこういう言い方しかできないのだろう。さっきのフミとの一件で気が高ぶっていたマサは次第に熱くなっていった。
「いったい何なんだよ。理由がなんだろうとオレの勝手だろ」
「怒ってごまかそうとしてもダメよ。偽善者を気取って偉そうなことばっかり言ってるくせに、肝心なことはなにも言えないじゃないの」
「オレは本音しか言ってねぇよ、偽善者はオメェのほうじゃねぇか」
「どういう意味よ」
「被害者みてぇな顔して、隠れてなにやってるか、わからないっていってんだよ」
「言ってることが支離滅裂で、全然わかんないわ。いったいなにが言いたいの。」
「本当はフミトが好きなんだろうが、だからこの旅行に来たんだろ。フミがフミトのこと好きだって知ってるくせに、なんでこんなことすんだよ。全くオレの最後の旅行をめちゃくちゃにしやがって」
マサの口から思ってもいなかった言葉がでてしまった。こうなったらもう泥沼である。
「あんたって本当に馬鹿ね。なんで私がそんなことしなきゃならないのよ。あんたはなにもわかっていない。わかってないのに偉そうなことばかり言ってる。もっと物事を冷静に考えられないの」
「ふざけんじゃねぇよ、ガキのくせに。自分のこと棚に上げて人のことをとやかく言うんじゃねぇよ、フミやオレを騙してそんなにおもしろいか、そんなことだから友達もできねぇんだよ」
またやってしまった。と思ったときはもう遅かった。
ユーヤはただ睨み付けるだけでなにも言い返さなかった。ユーヤはいつもこうなのだ。本当に怒るとなにも言わなくなる。そして恐ろしいほど冷たい目で睨み付ける。そうあの時もそうだった。
マサは席を立つとフミトが言った方向とは逆に歩き始めた。角のギャラリーの前まで来ると椅子に座り、やみくもにタバコを吸い始めた。くそまずかった。続けて三本も吸ってしまったからだろうか。次第に気分が悪くなり吐きそうになった。
旅行をするにつれて、事態はどんどん悪くなっていく。マサはなんでこうなったのか冷静に考えようとしたが、そんなことできるはずもなかった。ユーヤの言うとおりだった。マサは興奮すると冷静な判断などできなくなる。感情が先にでてしまうのだ。旅行はもう一日あるのだが、マサには苦痛に思えてきた。成功させる自信がなくなったのだ。
「なんでアメリカに来たの」
ユーヤはマサにそう質問した。アメリカに来る前までは明確な理由があった。いや、ついさっきまではちゃんとあったのだ。だが、今のマサはどんなに考えてもその理由を見つけることはできなかった。
4人が喫茶店の前に集まり時間を持て余していたころ、やっとマサが戻ってきた。
「どこ行ってたのよ」
「ああ、ちょっとな」
フミへの返答にマサのいつもの威勢の良さはなかった。ジョーはマサになにか合ったということに気づいたようだ。場を盛り上げようとマサに話しかけるが、マサは覇気のない笑いを浮かべるだけだった。マサをさらに落胆させたのはフミトの悲しそうな目だった。フミトはマサを哀れみの目で見ながら言葉をはいた。
「帰ろうか」
とうとう、来るべきときが来たという感じだった。
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5人の多数決で決めることになった。選択は「STAY」「GO BACK」のどちらかだ。
「Go back」
張本人のフミトがまず一票。
「I don't know」
ジョーはあえて曖昧な返事をした。ジョーの意見はほかの4人とは比べものにならないほど比重が大きい。たぶんの4人ともジョーの意見に従うことになるだろう。ジョーもそのことを知っていた。
「えっ、帰るの、なんで?」
マサの説得で何とかとどまることを決心したフミはわけがわからない状況になっている。みんなはフミに判断を求めるのをあきらめユーヤを見た。
「Up to you(年上優先)」
ユーヤはそういってマサを睨み付けた。ユーヤは知っていたのだ。それがマサにとって一番苦痛な選択であることを。
「Go ,Go back」
結局、マサは自分で自分の首を絞めざるおえなかった。
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5人は車に乗った。
フリーウェイに乗りフレズノに向かう。
雨のサンディエゴを横目で見ながらマサはやるせない気持ちでいっぱいだった。
マサのアメリカ生活は終わりを告げた。