March 28,1993 PM03:30
羽根の絵

旅の終わり
 

 車の中は来るとき以上に静かだった。当たり前だ。フミト、フミ、ユーヤの関係はめちゃくちゃ。マサとユーヤの関係も改善どころか、かえって悪化してしまった。ジョーは日本語ばかりでろくにコミュニケーションもとれなかった。誰がこんな結末を予想していただろうか。

 サンディエゴの市内を抜けフリーウエイにはいる。いよいよ旅行の終わりはカウントダウンにはいった。順調にいけば今日の夜にはフレズノに。

 マサは相変わらず助手席でジョーと帰り道の確認をしていた。ジョーはうなずきそれに答える。後部座席の三人は寝ていた。静かすぎる状況に耐えかねたのか、それとも疲れはてたのか。

 

 2時間ぐらいたっただろうか、はるか後方にサンディエゴが見え、もう戻れる距離ではない。この旅行は確実に終わろうとしていた。車はロサンジェルスの一歩手前まで来ていたのだ。

「ねぇ、マサ」

 フミが後部座席からマサの背中をつついた。

「お前寝てたんじゃないのかよ」

「トイレに行きたいんだけど」

「全く最後まで世話のやける奴だな」

 マサはジョーに次のインターで降りるように言った。

 5分ほどでインターがあり、そこの近くのガスステーションでトイレタイムにする。フミがトイレに行っている間、ジョーとユーヤは店に行き買い物をしている。マサとフミトは座席に寝ころがっていた。外は雨が降っているし、動くのがおっくうだったのだ。二人は別になにかを話すわけでもなく、ただボーっとしているだけだった。

「あのトイレじゃ汚くて入れないよ」

 フミが車の中にいるマサに話しかけた。

「いいからやっちゃえよ」

 マサはぶっきらぼうにいったが

「イヤ!、ほかの場所に行く」

 もちろん、フミが言うことも聞くはずもなくマサたちは当たり前のように次のインターへ向かう。

 次のインターにはマックがあったので、今度はフミも満足したようだった。ジョーとユーヤが外に出て何か話していた。話している内容はわからないが二人の顔は真剣そのもので、そのうち口論になり始めた。ジョーまでもがユーヤの餌食になってしまったのであろうか。マサはそれを見ながらボーっとしていた。フミトも一緒にそれを見ていたが、やがてため息をつきながら誰もいなくなった後部座席に寝転がった。

 寝転がったフミトは、はっとした。そしてその驚きの表情は快心の笑みへと変わっていった。フミトはすぐに起き上がりマサに話し掛けた。

「マサ見てみろよ、晴れてきたよ」

 マサが空を見上げると雨雲がほとんどなくなり、カリフォルニア本来の青空に戻りつつあった。長い雨が終わったのだ。

「ほんとうだ。全くついてないよな。なんで今頃になって晴れるんだよ」

 マサは力の抜けた返事をしたが、フミトは対称的に声が弾んでいた。

「マサ、ロスにいこう。ロスでもう一泊しよう。ロスにオレの知ってるなかで最高のビーチがあるんだ。そこへいこうよ。晴れたんだしこのまま帰るのはもったいないよ」

 元気のないマサに対してフミトは気を使ってくれてるのだろう。最初に帰ろうと言ったのはフミトだし、今になってロスにいこうというのもおかしな話だった。

「フミト、もういいよ。帰えろうぜ。やっぱりこの旅行はしちゃいけなかったんだよ。もう一泊したってますます雰囲気が悪くなるだけだって」

「本当にそう思ってるのか? 本当にこのまま終わっていいのか。ユーヤを知るチャンスだっていったのはマサだろ。チャンスは確実にものにしていくんじゃなかったのか」

 フミトがあまりにも意気盛んに言うので、ようやくマサも後ろを振り向き、フミトをまくしたて始めた。

「あいつのことはこの旅行でよくわかった。結局そういう奴だったんだよ。あの時と少しも変わっちゃいない。オレたちが思ってた通りの奴だよ。あんな奴に何いったって始まらないし、第一悪いのは向こうのほうだろ。なんでオレたちがここまで気を使わなきゃならないんだよ」

「・・・」

「オレだってこんな形で留学を終わらせたくはなかった。ユーヤと仲直りして最高の気分で日本に帰りたかったさ。だからユーヤにも話しかけたし、オレのほうから折れてやろうとも思った。でもいくらオレがそう思ったって、向こうは堅物でオレの言うことなんか聞こうともしない。まるで邪魔者扱いさ。ロスに行ったって同じことの繰り返しだよ。これ以上無駄な時間を使ってもしょうがないだろ。オレは見込みのある奴にしか投資はしないんだよ。」

 酒のない場所でフミトとマサがこんなに口論になることは珍しかった。

「ユーヤはいい奴だよ。オレは実際に話してみてわかったんだ。ユーヤだってマサと仲直りしたがってる。オレが保証するよ。ただきっかけが見つからないだけなんだよ。仲直りできる可能性が1%でもあればロスにいくのは無駄にはならない。オレはこんな形でマサと別れたくないだけなんだよ。マサには感謝してる。STEPも付き合ってもらったし、グラマーだって教えてもらった。実際マサには世話になりっぱなしだったと思ってる。最後の授業でいったことは嘘だったのか。あのスピーチを聴いてオレはあと半年アメリカで暮らしていく自信ができたんだよ。友達を作るためにアメリカに来たんだっていったよな。だったらそれを実行してくれよ。でなきゃオレは納得できないよ。オレだけじゃないジョーやオレッグだって騙したことになるんだぜ。最後の授業でいったことに責任を持てよ。マサは口先だけの人間だったのか」

「最後の授業でいったことは嘘じゃない。でもユーヤにはそれは通用しないし、オレのいうことは理解できないんだよ。フミトはユーヤの正体がわかっていないだけさ。何を話したか知らないけど、フミトが思ってるほどの女じゃない。外見に騙されているだけだなんよ。第一フミトは肝心なことをユーヤに隠してるだろ。あの後、オレと同じ意見だって言ってくれたじゃないか。ユーヤのことを許せないって言ったじゃないか。それを言ったらユーヤは見向きもしなくなる。それがわかっているからフミトだって隠していたんだろ。それじゃあ、ただの女好きじゃないか」

 フミトは黙りこんでしまった。図星だったのであろうか、マサはいつものように嫌悪感に襲われた。マサはフミトから視線を外し座席に座ると、前を見ながらつぶやいた。

「だからってフミトがユーヤに本当のことを言う必要はないけどな。フミトの本心がどうあれ、それを隠すことでユーヤとうまく行くのならそれでいいと思ってるよ。腹を割って話すことがすべてじゃないし、本音をすべてさらけ出すなんてことは不可能なんだから」

 マサはフミトの立場をフォローしたつもりだったが、本人に聞こえていたかはわからない。ずっと考え事をしていたからだ。そしてフミトはこれまでとは逆に淡々とした口調で話し始めた。

「さっきのビーチで全部話したんだよ」

 マサは驚きはしたが、フミトに悟られないように前を見ながら沈黙を続けた。

「あんまりマサの悪口ばかり言うからオレも同罪だって言ったんだよ。そしてマサのほうが正しいとも言った。そしたらなんて言ったと思う」

「・・・」

「そんなこと、わかってるって。あの時から、そう思うようになったって言ってたんだぜ。いつかは謝りたかったけど、I.E.Iで見るマサは軽薄そのものだったから、自分の中で葛藤があったとも言ってた。だからオレはマサのことをすべて話したよ。最後の授業のことも話したし、マサが軽薄に見えるのも友人を作るためのアプローチのひとつなんだって説明した。ユーヤは言わなかったけど、」

 ドンドンというドアをたたく音で二人の会話は一瞬とぎれた。窓を見るとフミが怪訝そうな顔で車の中を眺めている。

「とにかく、ロスに行くしかないよ」

 フミトはそう言うと座席に寝転がった。

「真面目な顔してなに話してたの。入りづらかったじゃない」

 マサはフミに対してなにか言おうとしたがそのまま黙って前を向いた。フミもそれ以上はなにも言わず気怠そうに座席に座った。

「ジョーはユーヤとなに話してるんだろうね。」

 フミがなにを言っても誰も反応しなかった。それでも延々どうでもいいことを話していたが、マサが考え事をしているのだとわかると「もういい!」と言って再び外にでようとした。

「これから、ディズニーランド行くか?」

 マサのその一言でフミの動きは止まった。

「えっ、ディズニーランド!。どうしたの突然。騙してるんじゃないわよね」

 フミは信じられないという表情でマサを見た。

「マサたちも行くの?」

「オレたちは行かないさ、お前とユーヤとで行って来ればいいじゃん」

「じゃあ、行かない」

 雰囲気的にフミは「OK」といってくれるかと思ったが、フミはあくまでも自分のペースを通した。

「まあいいや。とにかくロスにいこうぜ」

「そうか、その手があったな」

 フミトは期待通りの演技をしてくれた、というよりマサがフミトの思惑通り動いたということだろう。マサだってこのまま帰るのは心残りだっただろうし、フミトはそのことを十分わかっていた。やはり持つべきものは友なのである。

 しばらくするとジョーとユーヤが帰ってきた。マサはロスに行くことをジョーに伝えた。

「YUYA, How about you」

 ジョーはユーヤに確認したが、返事は返ってこなかった。

 それでもジョーは車のエンジンをかけると笑いながらマサに答えた。

「OK!, No problem」

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