マサは自分の性格を変えようと思ってアメリカにきた。人に対して偏見を持たない、人への好き嫌いをなくす、そういう人間になりたかった。もちろん日本にいるときも性格を直そうと努力はしてきたが、多くの人が過去の自分を知っている日本では性格を直すのは不可能だった。結局マサもフミと同様に日本を逃げてアメリカにきたのだった。
ただ、彼にはアメリカで知り合った人すべてと友達になっていこうという目標があった。そして目標どおり国による偏見をなくし誰にでも気軽に話しかけた。しかし肝心なことを見落としていたのだ。日本に残してきた友人たちである。アメリカでの生活を思うばかり、日本の友人のことなどすっかり忘れていた。マサは日本へ手紙一つ書かなかったのである。
-
その日、マサは学校を終えフミト、ジョー、オレッグと4人でビリヤードにいった。これは4人の日課だった。そこでマサはオレッグからある言葉を聞いた。
「オレは日本人の女性から聞いたぞ、日本にいる大学生というのはみんな『stupid』だというのは本当なのか」
最初マサは意味が分からなかった。「stupid」という単語の意味が分からなかったのだ。もちろんフミトも知らない。オレッグ自身に聞いたが、奴の説明は相変わらず的を得ず、会話が成立しないまま時間は刻々と流れていく。まあ、どちらも英語が苦手なわけだから、こんなことは日常茶飯事だ。そしてこのしょうもない会話に終始を打つのはいつもジョーだった。
「stupid とは no wise という意味だよ」
そこでマサは初めてことの重大さに気が付いた。その女は日本の学生がみんな愚か者だといっているのだ。
本当のことを言うとマサも少なからず同じようなことを思っていた。確かに日本の学生は大学にも行かず毎日遊びほうけている。そういう学生が多い。しかしすべてではないのだ。その時、マサの脳裏には日本にいる多くの友人の顔が走馬燈のように蘇ってきた。
「日本にいる学生はみんな馬鹿な奴じゃない!」
マサがあまりにエキサイトしているので、オレッグはマサが勘違いしたのだと思いこういった。
「違うよマサ、オレはアメリカにいる日本人学生は馬鹿だとは聞いてない。日本にいる学生が馬鹿だといっているんだ」
「オレは日本にたくさんの友人がいる。だが彼らは馬鹿じゃない」
それでやっとオレッグはマサの怒りの意味が分かったのか、この話は終わりにしようと言い出した。もちろんマサの怒りがおさまるはずもなかった。
次の日の学校・・・
マサは朝に弱い。学校に行くとストレスと胃が悪いのとでいつもトイレに直行となり、吐くのが日課となってしまっている。思う存分吐いてすっきりしたマサは学校の仲間と朝の挨拶を交わす。そこにアユムがいた。マサは昨日オレッグからそれを話した日本人女性が誰なのかを聞いた。それがアユムだった。
もともとアユムをよくは思っていなかった。目つきが悪く、いかにも気の強そうな奴だ。なにが気にくわないのか知らないが、マサがつたない英語で友人と話していると、いつもはかったようなタイミングで割り込んできた。アユムの話す英語はマサにはちっとも理解できない。流暢で早すぎるのだ。日本人以外の生徒は英語を聞く力だけはずば抜けているから、マサだけが会話についていけず次第に取り残されていくことになる。フミトにそのことを話すとそんなことしないという。
結局マサに対する嫌がらせなわけだが、そのことをアユムにとやかく言うつもりはなかった。アユムに話しかけられた友人でアユムに対して好意を持つものはいなかったし、かえってマサに同情するくらいだったからだ。実際、マサのまわりには友人がいつもいたし、アユムのまわりには誰もいなかった。それでもアユムはマサの話に割り込み続けたが、そのうち諦めたのかオレッグとしか話さなくなっていった。
マサはアユムの割り込みがなくなったことを不思議に思ったが、そんなことはすぐに忘れてしまった。日々の生活だけで手一杯であり、そんなこと考えてもしょうがないと思っていたのだ。そしてアユムのことも次第に忘れていった。オレッグから話を聞かなければ、アユムの存在自体も思い出さなかったに違いない。
マサはアユムの前に行き、さっそく問いつめ始めた。
「おまえ、他の国の奴等に日本の間違ったこと教えるんじゃないよ」
突然の宣戦布告ではあったが、アユムはひるむこともなく平然と反論してきた。おそらくオレッグからこういう状況になることを聞いていたのだろう。
「本当のことをいっただだけじゃない」
「オレは日本にたくさんの友人がいる。だが彼らは馬鹿じゃない。お前だって日本に友達がいるだろう」
「私は日本に友達なんていない。私は日本が、日本人が嫌いだからここにきたの。あなただって日本に不満があったからここにきたんでしょ」
アユムの言動は憎たらしいぐらい自信に満ちあふれていた。特有のオーラを放っているように見えた。マサは一瞬飲み込まれそうになったが、モードを切り替え再び反撃にでる。すでに年下相手とか女だとかそういう感情は消えていた。
「オレたちは日本の代表できているんだぜ、オレたちが変なことを言うとそれが日本の知識として他の国の奴等の頭の中に残るんだぜ。お前そのことをわかっているのか」
「私は本当ことをいってるだけよ、あんたこそ、なにきれい事をいっているのよ、馬鹿じゃないの」
マサは完全に切れた。周りには多くのギャラリーがいたがそんなことは関係なかった。すぐにでもこの女を黙らせたかった。
「お前はなにもわかっちゃいない。お前にアメリカにいる資格なんかない。もう日本に帰れ!」
とうとう言ってしまった。
「日本に帰れ」それは使ってははいけない言葉だった。
-
「この前は悪かったな」
マサは海を見ながら照れくさそうにいった。
「嘘ばっかり。ぜんぜんそんなこと思ってないくせに」
「少しぐらいは思ってるさ」
ユーヤはクスッと笑った。
マサはあらためてあの時したことの重大さを認識した。男ならまだしも女相手に、なぜあれほどの罵倒を浴びせてしまったのか。マサは秋田から東京に上京してから、あまり喧嘩をしたことがなかった。東京の生活の中で人間関係に無関心になっていたのだ。ユーヤに対してあれだけ感情をあらわにしたのは、ユーヤにではなく自分に腹が立ったからなのかもしれない。オレッグからユーヤの話を聞かなければ、日本に残してきた友人を思い出すことはなかったのだから。
2人は話し続けた。学校のことやアメリカのこと、そして日本のこと。こんなに話す話題があるのにどうして今まで一言も話さなかったのか。
でもそんなこと悔やんでもしょうがない。これからいくらでも話せるじゃないか、そう思った。マサはプラス指向なのだ。
「今度は日本で会おうよ」
「もう日本には帰らないの」
「マジ!」
マサの予定はもろくも崩れ去る。
「母親がロスで働いてるの。IEI卒業したらフレズノの大学に入って、その後はロスに住もうと思ってるの」
「・・・」
プラス指向のマサは次なる対策を検討中。
「でも、今年の夏にフレズノに戻ってくるんでしょ」
「フミトから聞いたのか」
まさにグッドタイミングだった。マサよりも先にユーヤの方ではすでに対策を練っていたわけだ。ようはフレズノに戻ってくればいいだけの話なのだ。
「じゃあ、私、空港に迎えに行ってあげる」
「本当だろうな、絶対迎えにこいよな」
マサは念を押すようにいった。
「絶対いくわよ。だから絶対戻って来てね」
その言葉を聞いてマサは絶対に戻ってこようと思った。このままユーヤと別れるのが嫌だったのだ。
-