シェリーが比較的フラットな9区を走り終えるといよいよ全長8.9マイルの最難関第10区をDJが走る。ここは車が入れない小道に入るためバン2号は6マイル地点を過ぎるまでランナ―に合流できない。そしてその6マイルは恐ろしい登り坂。これを走りきれるのは若く、クロスカントリー選手のDJ以外には考えられなかった。
軽快にスタートを切るDJを見送ると、バン2号は6マイル先でDJを待つことにした。時刻は夕方4時頃、少し西日になったもののその猛暑は僕が8区を走った時から全く衰えることがなかった。しばらく待つと6区を走ってから休息に入っていたバン1号が合流した。ここでスタート以来はじめて全メンバーが集結し、DJを待った。
ところが一向にDJは現れない。タイマーは一時間を越えていた。彼は本来マイル6分台で楽に走れるアスリートだ。この坂のマップを見た後でもマイル8分で行けると言っていた。つまりスタートから48分でこの地点に来ていていいはずだ。少し不安が走りはじめたところへ185センチを越える大きなDJが坂の向こうから姿を現した。一見、その走りにはまだ余裕があるうに見えた。ところが数十メートルバンと平行して走るとDJは立ち止まってしまった。僕らはバンから駆け下り、給水し、「少し楽に歩け」と声を掛けると、少し走っては止まり、走っては止まりをしばらく繰り返しついに路上に倒れてしまった。
毛布の上に仰向けにさせ、介護に入るとDJは突然泣き叫び、暴れ出した。シューズを脱がせるとなんとガラスの破片が足の裏に突き刺さっていた。極度の暑さと脱水症状で意識をほぼ失いながら走り続け、コースを踏み外した時にガラスが刺さったらしい。完全に精神混乱状態に陥ったDJをメンバーの一人でバン2号を運転していた父親のデイブがなだめ、少し落ち着いてきた頃、救急車が到着。DJとデイブは最寄の病院へ直行した。
全員が騒然とする大惨事だったが、とりあえず、DJの次の走者ジョンがバトンを受け継ぎ走り始め、バン1号はジョンをフォロー、そしてバン2号は救急車を追って病院へ向かい、携帯で連絡を取り合い今後どうするか決める手はずとなった。もはや事態はレースどころでは無くなっていた。