病院でしばらく待ち、面会が許されると、DJは随分落ち着いていた。だがあの混乱は全く記憶に残っていないという。一種の精神錯乱状態だったのだろう。鍛えぬかれたランナーでもこんなこんなことが起こってしまう、箱根駅伝でもごくまれにだが見かける光景だ。この日のナパの気候がランナーにいかに過酷であったかを如実に物語っている。
デイブは息子の様態が落ち着きやっと笑顔が戻った。「Thanks for your help, Eiji.」DJにも意識が戻った。よかった。本当に無事で良かった、DJが足の治療を受けている間に病院にバン1号も戻ってきた。レースはその後、マラソン選手で距離にはめっぽう強いジョンが、チームが失格にならないよう次に走るデイブの分も含めて3区間ほど一人で走りつづける超人ぶりを発揮したが、いったん全員病院に集結しようということにきまったのだ。
待合室では様々な議論がなされた。こうなった以上、もうレースの続行は不可能だとする意見。DJとデイブには家で安静にしてもらい、残った10人で続行しようという意見。一時は続行不能説が優勢かに思えた。この惨劇の直後では無理もない。しかもこのアクシデントのおかげでこの時間帯に休息しているはずのバン1号も全く休憩が取れていない。しかし、同時にこのレースを倒れたDJのためにも走り遂げたい気持ちも皆の心の内にあった。シェリーはロス在住だ。このレース参加のためだけにロスからやってきている。沈黙を破るようにパーソンズ氏が提案した。
「DJの治療が終わったら全員で近くで食事を取ろう。その後DJとデイブには自宅へ帰って休んでもらう。残った我々はパーソンズ宅へ戻り睡眠をとる。明朝残った10人で第26区のスタート地点へ車で向かい、そこから一人1区間ずつ走りサンタクルズのゴールを目指す。途中14区〜25区を走っていないのでレースは失格だが、最後の10区間だけでも走り通そう!」
最善策だ。皆賛成した。このアクシデント時に、皆を方向付けできる強いリーダーの存在ほど心強いものはない。こうして我々は失格にはなるが、一部のコースをパスしてゴールまで走りとおすことを決意した。