新潟旅行記 Part1

神奈川 → 山形

 実はこの日はゆっくりしていようと思っていたのだが、 急に山形の実家へ「とある」理由で行かなければならなくなっていた。 おれの人生を決定する可能性のある出来事、とでも言っておこう。 そのため「今日中」に山形に着かなければならない。 まあ9時にでも起きて10時出発でいいだろう とたかがくくっていたが、 前夜の夜更かしの効果てきめん、10時で起床。 最悪なスタートを切った。

 まあ、急いでもしょうがない。 という事で「至って普通」な準備をした。 12時を過ぎていた。 そこへ「5日に着くはずが管理人連続不在のために」今日届けに来た運送屋さん。

 「運送屋さんですか?」
 「うん、そうや」

そんなやりとりを夢見て早10年。 今日もおれの片思いに終わった事は言うまでもない。 いったい いつになったらこの想いは伝わるのだろうか。

 開けると、中身は野菜。 とても危険な状態だ。 「危ないところを助ける」か「自分の安全」を取るか。 しかし「誕生日のプレゼントがこの野菜達か」 と思うと 期待に応えなければならないような気もするが、 「偏った感情の入り混じった判断に 良い結果は生まない」 というおれの格言に基づき、ここは棄却する事に決定。 そこへ両親から まるで見ていたかのように電話が。

 電話越しに捨てることを伝えると、「まあしょうがない」と承認してくれた。 よかったよかった。 いろんな意味で。 そして、山形へ向かって発つ。 後は小田急線に乗って新宿へ行って 中央線から東京へ行って 新幹線に乗って新潟へ行って 特急に乗って山形へ行くだけだ。 「だけだ」っていうのもへんだけど。

 新潟駅までは何事も無く、無事に到着。 といいたいところだが、途中の「東京-新潟」間の新幹線の中で受験生らしき2人組みが 「新幹線ボールペン」を馬鹿にしていた。

 機能としては普通のボールペンに要求される「なんか書く」ということを満たし、 なおかつ「ボールペンの一部」が光って暗いところでも文字が書ける、らしい。

 もう想像がついていると思うが、このボールペンは新幹線の形をしている。 実際光っている所を見たわけではないのでこれはおれの想像だが、 新幹線の先頭の「あれ」が光るのだろう。 恐ろしいことにこのボールペン、1本1000円もする。
 ここまでは、いい。いや、「有り」だ。 よくある事だから。

 おれは「1000円」と「新潟の奴らの10秒の笑い」とどっちを取るか、迷っていた。 そうこうしているうちに、おれの近くまで売り子のねーさんが来た。 そのとき、後ろのおやじが新幹線ボールペンを「2本」買った。

 もしかしてこのボールペンを買おうと思ったのは「後ろのおやじの念」がおれの意識に干渉したのではないか、 と思ったので 買うのをやめた。 だが、ここで「景気回復ケーキ」を買えばいいかなとも思ったが、 やっぱり後ろのおやじがおれに干渉している気がしたので、やめた。

 とりあえず、新潟駅に着いた。 さっさと「酒田駅」に行かなければならないが、 1時間30分後にならないと 電車がない。 まあ、そういうものだ。

 買ったばかりのデジカメを振り回して 1時間30分もうろうろしてるのは体に良くないな、 と思ったので つかさに電話すると 迎えにきてくれる事に。

 今日中に「6×4.5」の写真を撮らなければならなかったので つかさに懇願すると、 なんと行き付けの写真屋さんがあるという事なので、早速行ってみる事に。

 意外に早く着き、まだ営業をしていた。 さっさと写真を撮ってもらい 店内を眺めていたら、デジカメがあった。 おれは3万5千円で「ヨドバシで最も安いデジカメ」を購入したのに、 ここには1万8千円のデジカメがあった。 自分が一番安いというアドバンテージを崩されてショックを受けていたデジカメに、 おれは「それじゃあ おれたちが出会ったのは偶然じゃない」と慰めた。

 一緒に戦った戦友としばしの再会を楽しみ 駅に着いて時刻表を見ると、 1時間後しか電車がなかった。 そういうものか。

 この日は結局 11時30分頃実家に着き、 おやじは酔いつぶれていたので母親と一緒に「芋煮」を食べながら酒を飲んで就寝。 明日は7:30で起床。 いつものおれなら無理なスケジューリングだが、 休日は何故か元気なので、大丈夫。


1999年10月12日作成
1999年10月17日更新
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