1980年代中期時代背景
人間がこの世に姿を現してから戦いが絶えない様に、PCの歴史もまた戦いの歴史である。
時代をさかのぼること10数年前、時はまさにパソコン黎明期とも言える1980年代中期、パソコンの基本仕様は機種毎に違い、機種が違えば同じソフトが使えないのは当たり前の時代であった。
パソコンメーカは次々と新しい仕様の新機種を市場に投入し、また一方ではおもちゃメーカが低価格市場を狙い業界への参入を目論んでいた。時はまさしくパソコン仕様の戦国時代である。
それから長きに渡り続くこの戦いは、消費者に少しの幸せと大きな落胆をもたらすことになる。
そんな中、業界仕様の統一を目論んで投入されたのが第1次MSX仕様大隊であった。このMSX仕様では数々の家電メーカも戦線に参入し、その当時は専門店でしか見ることの出来なかったパソコンが家電店の店頭にも並べられるようになった。その後MSX仕様もMSX2等、幾度かの変更が加えられるが、やがて戦線から姿を消していった。
また一方では、ゲーム専用機として任天堂ファミリーコンピュータが市場に投入されると、またたく間に世間を席巻し、ひとつの分野での頂点を極めることになった。この事態はパソコン戦線にも少なからず影響を与えた。
最前線では血みどろの戦いが繰り広げられていたが、この時代NEC、富士通、シャープがパソコン御三家と呼ばれていた。
- FMシリーズの富士通
- クリーンコンピュータを謳うMZシリーズ、X1シリーズを擁するシャープ
- そしてなんといってもPC-8001,PC-8801,PC-9801,PC-6001,PC-6001mkUという数々の往年の名器を輩出したPCシリーズのNEC
と言う、AT互換機に完全に駆逐されてしまった今の日本市場から思えば、そうそうたる顔ぶれであった。
余談だが、PC-6001mkUはしゃべるパソコンとして売り出された。が、そのしゃべりはいかにもコンピュータがしゃべってますと言う声であった。その当時、友達が持っており、ひわいな言葉をしゃべらせては狂喜乱舞したものだ。
こんな時代に、辺境の地ではSEGAのSC-3000が産声をあげた。
同時にSC-3000からキーボードを省き、ゲーム用マシンとして特化させたSG-1000も誕生した。
一見合理的にも思えるが、結局どっちつかずのこの仕様が、その後SEGAマークV,メガドライブ,セガサターンへと続くSEGA敗戦の歴史を形作ることになるとは、この当時だれも予想していなかった。
SC-3000は仕様的にはMSXとかなり似ていた。16色表示,最大256個のスプライト機能,スプライトを平行に4枚までしか同時表示できないところまで同じだった。しかし、ご多分にもれずソフトの互換性はない。
また、同じような仕様のマシンとしてソードのM5と言うのもあった。このM5はBASICのコマンドの中にその当時としては珍しいグラフィック画面のスクロール命令を装備していた。おりしもナムコのゼビウスが、ゲームセンターを席巻していた時期だった。
パソコン少年は、そのゼビウスが自分のパソコン上でどうにかして実現できないものかと「ゼビウスもどき」作りに日夜励んでいた。その当時のBASIC使いにとって、この逆スクロールを実現するためには通常、鬼門であるマシン語をマスターしなければならなかったのである。それが、M5はBASICのコマンドを1行書けば済んでしまうという大変うらやましい機能を装備していたのだ。
この頃の話は尽きないがそれはさて置き、私がパソコンに出会ったのはこんな時代である。
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