| シャープX1c以来10年の時を経て、私が再び自分のパソコンを持つことになるのは、'95年の夏のことであった。 〜'95年時代背景〜
Windows3.1(or3.0)が登場すると、それまでコマンドラインからのコマンド入力やCONFIG.SYS・AUTOEXEC.BATをエディタによって書き換えることを至福の喜びとするマニアの趣味であったパソコンが広く一般にも普及しはじめる。
Windowsの普及によって、ソフトを使う上での機種選定はあまり重要ではなくなっていたが、それまで築いてきた遺産によって、NEC
PC9801/9821(現在名キューハチ)は日本における標準機の座に君臨し続けていた。
特にそれまでパソコン業界を根底から支え続けてきたエロゲーマー達に熱狂的支持を受けており、その頃海の向こうより攻勢を強めてきた連合軍のPC/ATコンパチ機、日本での暗号名DOS/Vなどモノともしない心強いものがあった。
しかし、そんなキューハチにも寝耳に水の出来事が起こる。共にライバルとして日本のパソコン業界を支えてきた富士通が連合軍に寝返ったのである。
FMVの登場である。
それまで、販売拠点・サポート拠点の面で不安のあったDOS/V機であったが、富士通製DOS/Vの登場により勢力図が一気に書き換えられることになった。
またFMV-DESKPOWERは、どれが本当に必要かよくわからないバンドルソフトの量でも他を圧倒していた。
特に初心者にとっては、初めから必要と思われるものはほとんどついており、買ってつなげてポンの手軽さで使える為、その頃から急激に数を増すことになる新規パソコンユーザー達をDOS/V界へいざなうことなど難しいことではなかった。
この出来事は、当時の日本パソコン界に大きな波紋を投げかけることになる。それまで販売量1位の座を明け渡したことのなかったキューハチが富士通のFMVにとってかわったと言うニュースが日本列島をかけめぐった。
頼みの綱のエロゲーもWindows版が普及しだしたことにより、もはやキューハチを選ぶ理由はなくなりつつあった。
そんな激震の日本パソコン界において、連合軍最終兵器Windows95が登場することになる。
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