マスオさんが行く
終幕
私は、マスオさんである。
つまり、嫁さんの両親と同居している。
思い起こせば、8年前。
フネさんの、一言から始まったのである。
「マスオさんが、家建てて、
一緒に暮らせば、いいんだがー」
波平さんは、自衛隊員だったのである。
自衛隊は、転属して職位が上がっていくため、
持ち家は、基本的に持たない場合が多い。
ある程度、年が行っていても、
社宅に住んでいたりするものである。
波平さんも例外ではなく、
定年まで、社宅に住んでいたのである。
そして、定年を迎えるにあたり、
フネさんから出てきた言葉が、
前の言葉である。
これが、地獄の始まりだったのは、言うまでも無い。
そして、月日は流れ、はや、8年。
先日、出てきた言葉は、
「あんたらと住んでいると、
ゆっくりできないんダガ−」
である。
フネさんは、腎臓をわずらっている。
若い頃に、片方を手術で摘出し、
片方だけの腎臓で生活している。
よって、大変、疲れやすい体質であるらしい。
家事をしていると、大変に疲れるらしい。
しかし、
冷静にその意味を考えてみる。
波平さんが休みの日には、外食。
たばこは、吸い続ける。
毎日、ビールは、飲み続ける。
こそこそと、インスタントラーメンは、食べる。
腎臓に負担のかかる生活習慣なのである。
それでも、
「あんたらと住んでいると、
ゆっくりできないんダガ−」
である。
どう考えても、我々が一緒にいるのが、問題では無い。
我が家だけではない。同居の親の話をあちこちで耳にするが、
家を買って
出て行ってしまった親の話は、
聞いたことが無い。
ちょっと、待て。
私が、建てたこの家は、なんだったんだ。
別居という形で、劇的な終幕を迎えたマスオさん生活である。
これから、色々な問題を抱えていくみなさんへ捧げる。
親とは、5cmでも良いから、
離れて暮らすべきである。
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