パソコン批評vol.12への批評です。 created 6.Nov.97
P4ではインテルプロセッサのソケットの規格(Socket7 vs Slot1)とそれらを取り巻くメーカーの思惑について疑問を提示しているが、視点がはっきりしていない。市場動向ウォッチ記事でしかない。現在パソコンを使っているユーザーにとって、来年主流となるプロセッサの種類やソケットなんてどれくらい関係あることなのか?
P6で、パソコン市場の分析をしているが、その責任をメーカー、流通、メディアに求めている。主犯はその通りだろうが、それだけか?マイクロソフトの広告に載せられて使い道もわからないまま買ってしまったユーザーにも責任はあるのではないか?また、パソコン批評自体、日本語版Windows95が発売された頃の号で、Windows95を正しく評価した記事はなかった。トラブル等についての警告もほとんどなかった。今も、IE4.0が巻き起こしているトラブルやIEのセキュリティホールについても十分な警告がされていない。こういったことこそ、パソコン批評が取り上げるべきことではないか。
ノートPCの批評についても、新製品を買うためには有効な情報かもしれないが、次々パソコンを買い換えるようなユーザーだけがパソコンユーザーなのだろうか?パソコン批評がターゲットとすべきは現在パソコンを持っているユーザーなのではないのだろうか?だとしたら、新製品の比較なんて意味のないものだろう。アメリカの自動車雑誌に、各車種を使った実際のコスト(修理の必要性やその価格、頻度、その他のトータルコスト)ばかりを集めた雑誌があるそうだ。日本の自動車雑誌が新製品のスペック比較ばかりを載せているのと好対照だ。パソコン雑誌もそうだ。パソコン批評にはそんな雑誌になって欲しいと思っている。せっかく広告を載せずにやっていて、マイクロソフトにだって正面から批判できるのに、マイクロソフト・インテルの提灯持ちやってどうするの?
読者のページで
「386以下のパソコンでも、DOSソフト(フリーの)を組み合わせれば、実用になる(現に私は使っている)と思いますが、そのあたりを書いて欲しい。」
という投稿があったのについたコメント
「昔のパソコンでも、まだまだ現役なのはたくさんあると思いますよ。特に大学とかだと。(笑)実際、よく使うのってエディタと通信ぐらいですから、それができれば別にそんな良いものでなくてもいいのですよね。それでも、新機種が出ると気になってしまうのは、人間の性なんでしょうか・・・。(笑)」。
結局、広告載せてるとこと同じじゃない。全然批判的精神無しじゃない。編集方針の4と完全に矛盾している。
パソコンで大切なのは使用目的をはっきりさせ、その目的に合ったシステムの構成を構築することだ。そのことを提示しないメーカーや流通、啓蒙しようとしないマスコミに問題がある。パソコン批評がその先棒を担いではいけない。いつでも、使用目的と必要な機能・コストのバランスについて考慮している必要がある。
ノートパソコンの検証(P32)で、本体にプリンタポーとのついてない機種を扱っている。そこで、「外出先でプリントしたいときに・・・」とある。プリンタがあるならパソコンもあるはずだ。家でFDにコピーしておけばすむ。移動中に書いたファイルを出先でどうしてもプリントしなければならないような状況は少ないだろう。「仕事でどうしても」とか「行き先にはデスクトップマシンしかない」というのなら、多少かさばるということに文句を言っている場合じゃない。
ポートバー程度の付属品を持ち運ぶことが苦痛な程度なら、最初からそんなとこでプリントする必要がないんじゃないだろうか?出先でプリントするということについて十分理解していないのではないだろうか?
藤本さんの扱い。私は、以前はMacJapan今ではMacweekで、藤本氏のコラムを楽しみにしているファンだ。しかし、今回の原稿には疑問が残る。コラムならコラム、批評なら批評で書いてもらいたい。あれなら「ライセンシーの行方は五里霧中」で十分だ。これまでのあらすじや現状なんて編集部がまとめるべきものだ。あの程度の情報量のものに3ページは無駄だ。
「(MacOS8へのアップグレードについて)特にためらう必要はないだろう。ただ、メモリとハードディスクを喰うことは確かなので、これを機に、メモリの増設とハードディスクの整理をするのも、良いかもしれない。」と結論づけている。その少し前に「漢字Talk7.5から大きな改良がなされたかと言うと、そこまでのものは感じられないのも確かだ。」と書いているのにこの結論ですか?OS、メモリ、アプリケーションのアップグレード、それらにかかる時間といったコストを払って「大きな改良」がされていないものを買うように勧めるのですか?こんな記事はMacPowerでもMacUserでもMacFanでも読めるちょうちん記事だ。
記事によって、情報の密度が全く異なっている。助長な表現を多用した文章を見ると頭に来る。私の書く文章のレベルが低いと判断されているのだろうが、俺の与えられた文字数では、助長な表現は一切できない。大体指定された文字数の倍以上を初稿とし、5文字10文字と削っていったのがあの原稿なのだ。
東芝アレグレットを"買う価値あり"としているが、コストパフォーマンスからの検証が十分でないと感じる。
松本さんが「アレグレットを強く勧めたいユーザー」として「メモ代わりとして使いたいユーザー」「長時間持ち運びたいユーザー」「とりあえず1台デジタルカメラの欲しいエントリーユーザー」をあげている。画質にこだわらないユーザーというのが前提だ(前に「残念なことに、アレグレットの画質には声高に語るべき点はほとんどない」と書かれている)。現在、市場にはVGAの前世代モデルが2万円台であふれている。上記ユーザーに5万円のデジカメを勧めることには疑問を感じる。
ちょっと枝葉になってしまうが、デジカメにはかなり思い入れ強く調査した経験があるので、黙っていられないポイントについて。PCMCIA接続こそがこのカメラのセールスポイントだろう。そこについての考察が少なすぎる。PCMCIAの転送が速いのは当り前なので、くどくど説明する必要はない。
上記のデジカメの原稿で「某」とか「とある」という表現があったが、固有名詞を明記するべきだ。