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1979年1月14日(日曜日)午前11時
45分ころ、早稲田大学高等学院1年生の朝倉
泉(16歳)は、東京都世田谷区砧4丁目の自
宅において、祖母(67歳)を果物ナイフ、キ
リ、金づちで殺害。その後、自分も、自宅の最
寄り駅である小田急線祖師ヶ谷大蔵駅から2駅
離れた、小田急電鉄経堂駅前の小田急電鉄経堂
ビル14階ゴミ置き場から、飛び降り自殺を遂
げた。
当初は発作的犯行と捉えられていたが、朝倉
泉の自室から、大学ノート41ページに渡る遺
書、犯行シナリオ、犯行テープ、「ざまあみろ」
と書かれた、たくさんの小さな紙片等が見つか
り、計画的犯行であることがわかった。
「ざまあみろ」と書かれた小さな紙片とは、
当初の計画では町で大量殺人をした後(テープ
によると、中年男性を主な対象としていた)、
その死体にこの紙片をばらまく目的で作られた
ものである。
朝倉泉の祖父は、東大名誉教授(当時)でも
あった有名なフランス語学者、父(朝倉泉が中
学3年のときに両親は離婚)は、お茶の水大学
(当時)のフランス文学教授、母親はシナリオ
ライターであった。このような恵まれた環境で
あったため、当時の社会に大きな影響を与えた。
当時のいくつかの新聞には、朝倉泉が16歳
であったにもかかわらず彼の本名が載っている。
また彼の顔写真も複数の週間誌に掲載された。