教師たちの話
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      ■ 中学時代の担任
        (週刊新潮 1979/1/25 p26) 「推理小説をむさぼり読むなど、異常な知識を持った変わった子でした。 また、あの子は、『祖母のために食べるものをも食べられない』と言って、 自分を痛めつけて、ことさらに奇異な目で見られるのを求めているような 子だった。」 (週刊サンケイ 1979/2/8 p148) 「両親が離婚したとき、あの子は2年生(* 実際は3年生)。保護者名 が母親に変わったんで分かったんです。入学したときはトップクラス。都 立の21群(新宿、駒場)、22群(青山、戸山)を目指していたようで す。それがだんだんと成績が落ちてきて、本人の希望で早大高等学院に進 んだんです。成績が下がったといっても、他の都立には充分入れたんです が、何か思うところがあったんでしょうか。  真の友達付き合いはなかったようです。家でもおばあちゃんが、あの子 が外に遊びに行くのを嫌ってたそうですから。  推理小説が好きで、むさぼるように読んでました。前から成績の低い者 に対する蔑視の気持ちがあったようで、成績が下がり始めるとよけいに知 識を身につけること以外、眼中になくなったようです。美術とか、保健体 育は軽視するし、委員と名のつくものも一切引き受けなかった。労多くし て益なしと思ったんでしょう。お母さんにPTAの役員を頼んだことが何 度かありましたが、いつも断られました。」 (毎日新聞 1979/1/16) 「性格は明るく、友達も多く、社会問題などを討論するのが好きな子だっ た。ただ受験勉強をするためか、体も悪くないのに『頭が痛い』などと言 って、体育の実技をよく休みクラブ活動や学級委員はしたがらなかった。」 (3年時の担当 羽田勝教諭)
      ■ 早大学院の担任(52歳)
        (朝日新聞 1979/1/15) 「全く信じられない。色白で、小柄。どちらかといえばおくて、といった 感じ。育ちの良さを感じさせた。ぼっちゃんぼっちゃんしていて礼儀正し く、かわいがられて大きくなった良家の子弟とすぐ分かる子供だった。何 か事件を起こすこどもは成績が下がったり、学校を遅刻するなど事前に必 ずきざしがあるものだが、A君に限って全くそんなことはなかった。学校 生活から見る限り、今度の事件の原因は全くわからない。」 (日本経済新聞 1979/1/15) 「彼は1学期より2学期の方が成績が良くなっていたし、クラスの平均を 上回っていた。まじめで、いつもおとなしく寡黙だった。育ちの良い、恵 まれた環境に育った生徒で、品も良かった。座席は前の方だったが、あま り目立たなかった。クラブ活動も特にやっていなかった様子だ。」
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