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写真の追加
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通っていた小学校、駐車場となってしまった朝倉家跡地、最期を遂げた経堂ビルの写真を何枚か追加する予定です。
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蜂巣敦著「日本の殺人者」を読む
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昨年発売された「日本の殺人者」(蜂巣敦・著)の中に、以下のようなことが記載されていました。
- 蜂巣氏の仕事関係者の中に、朝倉泉と同時期に
早大学院に在籍していた人がいた。蜂巣氏がその人から直接聞いたところによると、
「マスコミは(朝倉泉が)暗いと書かれていたが、実際は明るくて活発で友達も多かった。
そのとき初めて、マスコミも嘘をつくことを実感し大変驚いた」
- 朝倉泉とオウム真理教の上祐は、早大学院時の同学年に在籍していた
(泉の第二選択外国語はフランス語で、上祐はドイツ語)。
- 「還らぬ息子泉へ」は、現在、文芸春秋社でも品切れ中。
中央公論に一冊だけ残っていた在庫も、蜂巣敦氏が購入した。
再版される可能性は少ないかもしれないが、稀少本ではないので、図書館にある可能性は高い。
現在、この本を紛失してしまったので、見つかり次第補充する予定です。
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時代・用語解説
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事件発生が今から20年以上前になったため、
A高校舌禍事件「くやしかったらT大に入ってみろ」「知的生活のすすめ」
など、遺書に出てくる言葉、背景がわかりづらい部分があります。
1979年前後の当時の時代背景、用語を説明します。
また、当時の反響も追加する予定です。
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朝倉和泉著「死にたいあなたへ」概要
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朝倉泉の実母、朝倉和泉が、「還らぬ息子泉へ」を書き記したあとに
自分の心境を書きつづった本です。
朝倉泉についての新しい資料(メモ、生前の言葉、漫画)などはありませんが、
息子が死んだ後の心境、周りの反響などが率直な言葉で書かれています。
当時、高校3年生になっていた泉の中学時代の同級生
O、P君のことも書かれています。
O君は、都立一流校から国立大学の心理学科か哲学科をめざし、
P君は、大学まで続いている私立の高校に進学したが、国立の数学科をめざしたとのこと。
また、母と、朝倉泉にシンパシーを覚えた登校拒否中の少女との文通のこと、
母の自殺した友人のこと、
経堂ビルの屋上で、朝倉泉に影響を受けたと思われる男子高校生に
出会ったことなどについても書かれています。
「還らぬ息子泉へ」より、暗くて静かです。
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今後の方針について
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上記の事柄をフォローすると、現在、朝倉泉に関して公にされている資料は、全て調べつくしたことになり、
コンテンツは完成となります。あとは、インデックス、遺書等、
読みやすいようにデザインを変更するくらいです。
これ以上に追加するとすれば、直接ご遺族の方にコンタクトを取り、朝倉泉自筆の漫画(「学校が塾にかなうはずないじゃないか」)、教科書の落書き、
メモ、写真を見せていただくか、
朝倉泉の元同級生だった人達と会って話を聞くしかありません。
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