有子のアブダビ難産日記!
ちなみに私は「海外で安心して赤ちゃんを産む本」(ノーラ・コーリ著)を持参して通院し、片言の英語で先生とのコミュニケーションをとりながら、なんとか無事に出産までこぎつけました。
1998年2月〜3月
海外派遣教員配偶者研修会の前日、産婦人科にて懐妊を知らされました。計算では流産の可能性の高い3ヶ月前後に飛行機での引っ越しになるのでした。お医者様も、あまりすすめられない時期、とのこと。不安は高まりました。
出発までの2月、3月は、小学校教員であったため、残務処理が忙しい上、引っ越しの準備もあり、妊娠初期の環境としてはあまりよいものではありませんでした。
1998年4月8日
ついに成田を出発。緊張は最高潮に達しました。トランジットのバンコク空港ではこれまでの疲労がついに爆発し、立っていることもままならない状態になり、空港の職員の方に車椅子をおしていただき、移動する事になってしまいました。現在、主人が勤務しているアブダビ日本人学校の職員のご家族の皆様と一緒の便でしたので、色々とお気遣いいただき、助けていただきながら、何とかアブダビに到着することが出来ました。
1998年4月26日
引越直後の騒ぎもようやくおさまってきて、初めての検診日となりました。ここアルヌールホスピタルは、アブダビ市の中でも特にビルが集まっている都市部の中の東部地域にあります。大通りに面した並びには新築ビルディングが多いのですが病院の入口がある方(大通りハムダン・ストリートの反対側)は、年季の入った古いビルがびっしりと軒を並べています。
病院はこの18階建てビルのほとんどを占めている様子ですが、私たちに関係するのは、とりあえず、3階の産婦人科のみ。
このアルヌールホスピタルという病院は、市内では比較的設備の整った病院らしいです。この病院以外では、国立の病院が設備が整っており、しかも手術代が無料らしいのですが、常に混んでいるという難点があります。昨年ここで出産された方のおすすめもあり、信頼度の高いアルヌールに決めました。
さて、担当の医師ですがこの件につきましても、推薦していただき、ブサイナ先生にお願いすることにしました。ブサイナ先生は、エジプト人で年輩の女性医師です。
以下の期日、検診に通いました。
5/3 5/17 5/24
6/6 6/10(主治医、海外へ出張)
7/1 7/8 (この間、何と身重ながらイギリス滞在)
8/3 8/10 8/24
9/2 9/16 9/23 9/29
10/5 10/6出産!!
8/3の検診までは、体重の増え過ぎもなく、順調でした。が、ロンドンから帰って間もないこの日の検診で2週間で1キログラム体重増加の予定が2週間で2キログラム増えてしまったことと、「逆子」の状態であることが判明。ブサイナ先生からはすでに8ヶ月を経過しているが、出産前には頭が下に来る場合が多いのであまり心配をしないように、との指示を頂きました。
しかし、その日から、逆子体操に取り組んだにもかかわらず、次の検診でもその次の検診でも元に戻らず、絶望感が漂い始めました。
ついに9月になっても、戻らず、9/2の検診の際、CAESARIAN(帝王切開出産)を決意いたしました。
1998年10月2日
手術日直前に、妹が応援に日本からやってきてくれました。
1998年10月5日
前の晩は21時から、何も口にしてはいけないとのことでした。緊張しながら眠りました。でも余り眠れず、途中で何度も目が覚めました。
1998年10月6日
ついに6日の朝がやってきました。夫は1日だけ仕事を休みました。妹と夫に付き添われてアル・ヌールへ。朝7時に病室入り。すぐに手術着に着替え、アレルギー反応チェックと、血圧測定などをベッドに寝たまま行いました。手術担当の執刀医を紹介され、移動ベッドにのせられ、あれよあれよという間に手術室へ。手術室の中には、執刀医のインド人の男性、担当医のブサイナ先生、そして看護婦さん3名の合計5名が、和やかな雰囲気で手術の準備をしていました。手術台にのるのは初めてだけれど、カチャカチャとメスや器具が鳴るのを聴いてあの天井のライトを見つめている内に歯の根が合わないほどガタガタ震えてきました。
麻酔マスクを被され、深く吸い込むように言われたけれど、さっぱり効いているような気がせず、「どうしよう、全然効いてこないよ」と思っている内に気が付くと、誰かが頬を叩いて「YUKO、YUKO!」と呼ぶのです。看護婦さんが私を眠りからさましてくれたのでした。「ここはどこ?わたしはだれ?」意識が戻ったときには、手術は終わっていました。手術室から病室に向かう途中、ぼんやりとした意識の中でようやく聞き覚えのある言語、日本語が聞こえてきました。それは、夫の声で「元気な可愛い子だよ。」わたしは、その言葉にホッとし「よかった・・・」と言いたかったのですが、まだ麻酔が効いていて思うように口が動きませんでした。
夫と妹の話によれば、手術後30分で、看護婦さんに呼ばれ、産湯室(?)のようなところで実際に産湯に入れるところからずぅっと看護婦さんが見せてくれ、体重を量った後は、白布ででぐるぐる巻にされ、すぐに母親の病室に連れてこられたとのことでした。日本のように神経質すぎるほどの扱いはなく、ビデオ撮影も写真撮影も自由。のんびりと一連の作業(?)を公開してくれたそうです。
新生児が、病室に入って20分ほどして、私が夢うつつのまま手術室から運ばれてきたそうです。私には、全く時間の経過がどうなっているのか分かりませんでした
こちらでは新生児室というのがないらしく、すぐに私の隣に透明なプラスチック(まるで水槽のような)に覆われたベッドに入れられた愛詠が寝かされていました。
産後の入院記録は、またしばらくお待ち下さい。