2002年 9月
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@ベローナ・クラブの不愉快な事件
 The Unpleasantness at The Bellona Club (1928)
D・L・セイヤーズ創元推理文庫推理
347頁600円★★★

 心地よい退屈と緩やかな時間に満ちたベローナ・クラブで一人の老人が死んだ。何の問題もない自然死と見られたが、ただ一つ問題なのは、その老人の金持ちの妹がほぼ同じ時間に死んでいたこと。その順番によって、遺産の相続先がまったく違ってしまうのだ。ピーター卿はその死んだ老人、フェンティマン氏の死亡時間をなんとか特定してもらえないかと依頼を受けたが、そこにはやはり疑惑が浮かび上がる・・・。

 ピーター卿シリーズ第4長編。もともとこのシリーズは派手な時間はそう起こらないが、本書の滑り出しはさらに一段と地味で、そのまんま最後までいってしまう。その割には途中で放り出さずにするっと最後まで読み終われるのだから、やはり著者の巧さは相当なものだ。

 とは言え、読了して一ヶ月で早くもストーリーは忘却の淵をさまよっている。
 ババを引いてしまったようで、この犯人はちょっと可哀相な気もする。

(2015/4/26改訂)

Aディミトリオスの棺
 A Coffin for Dimitrios (1939)
E・アンブラーハヤカワ文庫冒険
297頁640円★★★

 探偵小説家のラティマーはネタ探し旅行で訪れたトルコで、秘密警察のハキ大佐からディミトリオスという犯罪者の話を聞く。海に死体が浮かんだというその男の履歴を聞き興味を抱いたラティマーは、ディミトリオスの謎に包まれた過去を調べ始めるが、彼自身にも危険の影が・・・。

 第一次世界大戦後のヨーロッパを股にかけた国際的な犯罪者の足跡を追うことで、次の大戦を控えた不安感と政治に対する不信感を背景にしている。とは、早川書房編集部「冒険スパイ小説ハンドブック」、スパイ小説部門7位の栄冠に輝いた本書の評だが、あまりわたしがスパイ小説と相性が良くない所為か、あまり面白いとは思えなかった。
 あれだけ思わせぶりなハキ大佐って一体!?

 同3位の「パンドラ抹殺文書」よりはよほどマシではあるが。

(2015/4/26改訂)

B月世界の無法者  キャプテン・フューチャー10
 Outlaws of The Moon (1942 Spring)
E・ハミルトンハヤカワ文庫冒険
247頁320円

 銀河系中心への大冒険で<物質生成の場>の秘密を入手したフューチャーメン一行は、漸くのこと故郷太陽系へと帰ってきたが、不介入と取決められていたホームの月で大企業による鉱山開発が始まろうとしていた。クレームをつける為に地球へ飛んだフューチャーメンは、親しい知人たちの冷たい反応にとまどい、しかも彼らへの信頼を消していないジェイムズ・カシュー政府主席との会談の最中、主席は暗殺されてしまう事態に。政府主席の殺人犯として追われるフューチャーメンは、月世界の地下資源を私利私欲の輩から守るため、そして自分たちの無実を証明するために、前人未到の月の地下世界に赴く・・・。

 前作と完全に繋がった冒険。前作が銀河系中心部への遥かなる旅路に対して、本作はホーム周辺。水星人を救う大英雄として称えられるかと思えばお尋ね者。ハミルトンのエンターテイナーとしてのキレを感じる。
 その根幹設定を作るためとはいえ、むざむざと首相を殺されてしまうキャプテン・フューチャーはちょっと情けないが。

 小惑星エロスと言えば、「エンダーのゲーム」ではバガーの基地を奪回した後に秘密の士官学校として利用されていたが、本書でのエロスはすごいぞ。
 その形状は直方体で、なんと周りの宇宙と時間の進み方が異なるスローモーション天体だ。もちろん大気も存在し、地球人とたいして変わらないエロス人が住んでいる。

 先にも触れたように、「輝く星々のかなたへ!」と対をなす作品なのだが、翻訳順はかなり遅く、そのせいでNHKアニメでも放映されなかった分、わたしの思い入れはやや少ない。
 しかし月世界の地下への冒険で、埃が舞っているのを見て、不敵にもヘルメットのねじをちょっと緩めたり、巨大な剥き出しのラジウム山の数マイル横を、これくらいなら大丈夫だとカヌーを漕ぎ、果ては月世界の地下深くで作り上げたハンドメイドの発振器で、遥か地球にまで反撃の狼煙をあげるキャプテン・フューチャーは、たたみかけるように笑わせてくれる。
 ヘルメットネタはたしか「ドラゴン・ボール」であったような。

(2015/4/26改訂)

C常識の世界地図 (2001)
21世紀研究会編文春新書民族薀蓄
275頁780円★★★

 日本の常識は世界の非常識と言われて久しいが、こういう本をみるとついつい読まなアカン気になってしまう。
 色に対する心象の差などはまさに千差万別で、非常に興味深いが、こういったことまで気にしだすとなんにもできなくなる気がしないでもない。
 結局、海外では何をするにしても、まず誰かその地に通暁した誰かにチェックしてもらわなあきませんということですな。  開き直って言えば、こういったことは失敗を通じて覚えていけばよい事ではあるが、宗教が絡んだタブーに対しては、わが水割り宗教になじんだ日本人としては、気をつけておくにこしたことはないだろう。

 この手の内容の本であれば、失敗談を紹介しながら、幾らでも面白おかしく書けそうな気がするが、さすがに岩波新書、真面目にただただ各地域、各項目でのタブーが紹介されている。面白い読み物になっていないところがさすがだ。
 しかしまあ、巻末の一章に収められたマナーとタブーの小事典は役に立ちそうだ。

(2015/4/26改訂)

D地球から宇宙へ  アシモフの科学エッセイ2
 From Earth to Heaven (1963)
I・アシモフハヤカワ文庫科学薀蓄
322頁700円★★★★

 空山版表紙のバージョンを手に入れたので再読した。
 第一部は地球上の高い山や大きな内陸湖、島の大きさや巨大都市を順に並べ、アメリカの州で最北はどこだ、最南はどこだといったネタを並べ、果ては歴代のノーベル賞受賞者リストを並べたりと、ちょっとうんざりしてしまうが、第二部では、潮汐効果ケプラーの法則、あるいは不確定原理などという、(わたしなどからは)胡散臭く思えてしまうものが存在する理由について等々解りやすく説明してくれる。
 対数表示の底から“アシモフ級数”を導いて嬉しがったりするお茶目なところも著者の愛すべきところ。

 この世界が存在するためには不確定性原理が必要だというのは面白い。
 学生時代に原子の構成は習った筈だが、原子核を構成している+電荷陽子の集まりは、どうして反発もせずに固まっていられるのかと疑問に思ったことはないだろうか。まあ湯川秀樹がその存在を予言した中間子(パイオン)が、原子核中の陽子の結束に介在しているということは割に有名だが、中間子は不確定性のゆらぎの中でエネルギー保存則の隙間を縫って存在しているとは…。

 エセ科学をすぐに信用してしまう輩には、こういうエッセイをよく読んでもらいたいものだ。

 フッ素化合物を作る為に命を縮めた、多くの科学者の冥福を祈りたい。

(2015/4/26改訂)

Eペルシャの幻術師
司馬遼太郎文春文庫時代
348頁514円★★★

 司馬遼太郎の初期短編集。前半の数編は文庫初収録らしい。
 ということで、再読となる後ろのほうから順番に読んでみた。

(8)果心居士の幻術
 松永弾正筒井順慶豊臣秀吉等との係わり合いで描く果心居士の半生。
 安易な超能力者的な描写に陥ちこむ一歩手前で抑えるのは見事。果心居士に悲哀すら感じさせる。戸部新十郎「松永弾正」の果心居士も悪くはないが。

(7)飛び加藤
 固有名詞として残っている忍者の中では、わりに有名な名前だ。上杉謙信武田信玄に仕えようとするが、その幻妖な技ゆえに警戒され疎んぜられてしまった、これも忍者の悲哀を感じる一編。

(6)牛黄加持
 近衛天皇の誕生秘話。著者の生臭さがここに極まった一編。しかしこういう世界も実際にあったのかもしれないと思わされて興味深い。

(5)外法仏
 これも「牛黄加持」と韻を踏んだような一編。清和天皇の立太子秘話と言えばよいか。しかし歴史の裏側の毒々しさの中で、右往左往する凡人を描くのは著者の得意技である。

(4)下請忍者
 どうあってもしがらみから逃れられない下忍が悲しい。

(3)兜率天の巡礼
 元H大教授閼伽道竜が妻の死後にさ迷う秦氏の歴史。
 ファンタジーの雰囲気だが、昭和22年に嵯峨上品蓮台院弥勒堂炎上とかの描写は史実っぽい気がするし、なんとも不思議な感じ。

(2)戈壁の匈奴
 西域で発掘された瑠璃の壷から、成吉思汗西夏に対するギトギトした欲望を想像する。井上靖「敦煌」と合わせて読んでみよう。

(1)ペルシャの幻術師
 蒙古兵に蹂躙されたメナムを舞台に、そこの支配者となったフラグの子ボルトルの暗殺計画の顛末を、彼の后となるよう求められた少女ナンの心情に乗せて物語る。
 「梟の城」の原型を感じさせる一編。
 異国の幻術師からの連想か、なぜか夢枕獏「黄金宮」の続きが読みたくなった…。

 最初期の短編群であり、もし「坂の上の雲」あたりで著者のファンになった人が読むと、かなりのギャップがあるはずだから、感想を聞いてみたい。これまた史実だと思い込んでしまったりして・・・。

(2015/4/26改訂)

Fネヌウェンラーの密室 (1996)
小森健太郎講談社文庫推理
394頁638円★★★

 幾つかの大学で構成された王家の谷調査隊を取材するために、新郷はルクソールへ飛んだ。そこには友人の玲香や元カノの美紀も同行しており、彼としては穏やかならない。漆原チームの担当エリアで新たな遺跡が見つかった時、漆原教授は鷹岡大学の葦沢教授への対抗心から、先行して遺跡に入ろうとするが、それは惨劇の始まりだった…。

 歴史はそれ自身がミステリの宝庫だから、歴史&ミステリというのはとても相性が良い。ミステリファンはもっと歴史に興味を持ってもいいのになあと思うのは、ネット上のミステリ本紹介のサイトを散索して思うことだが、それはともかく、本書ではツタンカーメンや、アメン神からアテン神への宗教改革を行ったアクエンアテンで有名な18王朝(新王国の初王朝)と、その直前の17王朝の薀蓄が語られる。エジプト史はわたしも好きだが、何度読んでも覚えられないので、これはありがたいところだ。

 正直それ以外にはぶっとばされた。読みながらもおかしな流れに気になっていたのだが…。
 

――こんなん推理やなくてホラーやんけ!――

 しかも順番に次々と殺られてしまうスプラッタ映画だ。
 さらに登場人物の造型は陳腐で魅力がないのだが、話の途中から書き始め、前半はあとで書いていって繋げるという彼のシステムが、助走が長いという著者自身の反省点以上に本書の致命的な欠点になっているのでは?

(2015/4/26改訂)

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