| 2002年12月 | |||
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| @ | 虚無への供物 | ![]() | |||
| 中井英夫 | 講談社文庫 | 推理 | |||
| 632頁 | 876円 | ★★★★ | |||
| 氷沼一族に次々起こる不幸な出来事。両親を洞爺丸の事件で亡くした藍司の周りに現れるアイヌの影。彼から氷沼家の陰惨な歴史を聞いた奈々村久生は、それは一族で残った橙二郎、蒼司、紅司、藍司に忍び寄る「氷沼家殺人事件」の前兆ではないのかと好奇心満々に想像する。そしてその事件を未然に防いでみせるとばかりに、藍司、蒼司の友人である光田亜利夫をワトソン代わりに“事件”に飛びこんでゆくが・・・。 日本の三大奇書のひとつであるとか、アンチ・ミステリの問題作であるとか、いくつもの修飾語がくっ付いているので、かなりかまえて読み出した。久生、亜利夫というコンビが、二階堂の蘭子と黎人のコンビに重なって、いかにも先行き不安な出だしだ。しかし予想を超えてサービス満点で、推理小説としてのアイテムがてんこリ盛りの内容だった。各章の題からして、のっけから“牧羊神のむれ”、“蛇神伝説”と和洋折衷で思わせぶりだが、話が進むにしたがって、“未来の犯人”、“ギニョールふうな死”、“畸型な月”、“第四次元の断面”、“ゴーレムの招待”、“犯罪函数方程式”、“死体エレベーター”、“童子変相図”等々、思わせぶりで胡乱な題名がずらりと並んでなんともご機嫌だ。 わたしとしては、最後になって宇宙の真理がどうだとか、犯人を指摘するのは瑣末なことにすぎないだとか、訳のわからんレトリックでごまかされたりするのではないかと、それだけが心配だったが、一応犯人は出てきたのでまぁ安心した。 ただし噴出した謎がすべてきれいに解決されるかというと、そうではない…と思う。 というのは、登場人物が入れ替わり立ち代り素人探偵として、各人の推理をとうとうと述べては、片っ端から周りの聞き手にいなされてゆくのだが、出てきた膨大な個々の謎は、それらボツになった説のどれかで一応奇麗に説明される。ただそうこうしているうちに、一体どれが犯人の意図や行動のもとに発生した謎だったのか、よくわからなくなってくるという始末である。誰か、縦に推理者、横に謎を並べて、一覧表を作ってスッキリさせてくれないものか。 いずれにせよ作者がその気になれば、なんなりと説明をつけることができるという悟りを得たのと、作者の推理小説に対する愛が感じられるので、腹をたてることなく読了することができた。昭和29年から30年にかけてのモダンが、今ではなんともレトロでこれもよろしい。 推理小説が好きだという人間は、やはり抑えておくべき作品だ。 (2012/10/20改訂) | |||||
| E | 日本殺人事件 | ![]() | |||
| 山口雅也 | 角川文庫 | 推理 | |||
| 334頁 | 552円 | ★★★ | |||
| アメリカで妻と仕事を失い、母の国で一からやり直すために日本のカンノン・シティにやってきた、サムが巻き込まれる妙にジャパネスクな3つの事件。 外国人が生半可な日本の知識をもとに書いた推理小説を、著者が発掘したという設定だ。その所為で本書の日本は、一方で文明大国でありながら、もう一方では切腹や郭の文化が脈々と息づいた奇妙な世界となっている。著者お得意のディフォルメ演出された舞台設定だ。 「微笑と死と」がハラキリ、「侘の密室」がサドー、「不思議の国のアリンス」がクルワが背景となっている。舞台設定のディフォルメ以外は真面目に作られており特に軽いわけではないのだが、普通のパズル型ミステリ以上に“事件”の印象が残らないという、あいかわらず可もなく不可もなくといった印象。 “彼は、女など、ただの<もの>にすぎないと思っていた。〜中略〜中には女たちの<部分>がはいっていた”などという、いわゆるサイコや精神病質者の出てくるサスペンスホラーなどではお馴染みの、おどろし気な描写で始まったりもするのだが、今ぱらぱらとめくり返すまで、そんな描写があったことも覚えていなかった。なぜだ。 せめてエクボさん(ヒロイン・キャラ)がもう少し萌えキャラなら、もう少しは興味も沸くというものだが…。 わたしとしては、雰囲気はライトでもいいので、もっと現実に近い日本を舞台にして、文化のギャップに戸惑う外人探偵を主人公とした話のほうが望ましい。清水義範あたりがそういうのは上手いぞ。 結局本書で一番よかったのが、宮部みゆきの解説だ。誉め上手だよなあ。 (2012/10/20改訂) | |||||
| F | 謎ジパング 誰も知らない日本史 | ![]() | |||
| 明石散人 | 講談社文庫 | 歴史薀蓄 | |||
| 329頁 | 648円 | ★★★ | |||
| 著者と弟子?とが会話しながら薀蓄を披露して、歴史の隙間を掘り起こすスタイル。著者の広範な知識には脱帽するばかりだが、この本編中の明石散人のキャラクターが、あまりに自身満々な物言いなので、逆にどこまで信用して良いのか判断がつかない。わたしのような素人の歴史好きは、自分で一次資料や二次資料を読み込んで判断することはないのだから、一方的な意見だけをどどんと広げられると、著者の好きなように解釈が捻じ曲げられているのではないかと斜めに構えてしまう。 解説では若干のフィクションも混じっていることを示唆しておるが…。 しかし読んで楽しいエピソードはいろいろあって、邪馬台国や川中島、東経191度線の金山の話や、有名な金印発見の裏事情など、なかなかたまりません。 (2012/10/20改訂) | |||||
| G | 二重螺旋の悪魔 上下 | ![]() ![]() | |||
| 梅原克文 | 角川ホラー文庫 | ― | |||
| 512頁/514頁 | 800円/800円 | ★★★★ | |||
| ライフテック社の査察と称し、遺伝子操作監視委員会の調査官の深尾と名乗る男が現れた。若造をいなして帰そうとする専務を半ば脅すように、無理やりP1、P2設備に押し入った若尾だが、その奥にあって、ライフテック社が隠そうとするP3設備では、すでに恐るべき異変が発生していた。その異変の正体を知ったうえで行動しているらしい、“クリーン”の頭文字をとったというC部門調査部とは…。 これ以上ないくらい陳腐な題名だが、「ソリトンの悪魔」の著者のデビュー作ということで、これは騙されてはいけないと思い、同じ遺伝子ネタの「イエスの遺伝子」と合わせて読んでみた。 バイオ・ラボを舞台とした主人公の潜入/脱出の第一部は、十分面白いながらも、B級怪物映画で使い古されたパターンだなと思いながら読んでいたが、第二部でウルフガイ・テイストが入ってきたと思ったら、第三部はデビルマン。おまけに「ペット・セメタリー」の雰囲気もちょっぴりしてなんとも賑やかなものだ。挙句の果ては、“クリーチャー”のCかと思ったC部門のネーミングが、まさか<ネタバレ反転>クトゥルーだとは、がっはっは、大笑いだ。 政府機関がそんなお茶目な名称をつけてくれるかどうかはともかく、その後もEGODだとかGOOだとかいう名称が現れて、これらもそっち絡みの命名なそうな。検索エンジンや中古車情報誌ではないぞ。 賑やかではあるのだが、上下巻で1000頁オーバーの分量だから、少々中だるみのあった。最後に残った謎の完全クローンの作り方も、満足に説明できず逃げてしまったようだ。少々アクションにふりすぎた感もあって、「ソリトンの悪魔」ほどには、“これはSFだ!”といった宣言はできない。 (2012/10/20改訂) | |||||
| H | 長安から北京へ | ![]() | |||
| 司馬遼太郎 | 中公文庫 | 紀行 | |||
| 367頁 | 724円 | ★★★ | |||
| 1975年に日本人作家の一団が、中国に招待された。この訪中団に参加した著者のエッセイだ。 著者は「街道をゆく」のシリーズで何度も中国を訪れている筈だが、日中国交回復から間もない時期に訪れた本書での中国行が(戦時中満州で駐屯していたことは措いて)最初なのだろう。 「街道をゆく」では、紀行文の体裁を取りながらも歴史エッセイの面が強いのだが、本書では彼らの招待者について頁を割くことが多く、つまりは中国共産党に関する記載が多く占めている。この時期毛沢東も存命で、当然ながら現代よりもさらに自由度は低く、街を歩く人々も人民服だったと想像するが、著者の筆もいつも以上に言葉を選んだ文章になっている。しかしいつもは、控えめな表現の中にも反語が潜んでいるように感じることが多いのだが、本書ではかなり本気で中国共産党を認めているかのようで気になった。毛沢東の文化大革命も大躍進政策も、今では大した愚策であった評価が固まっているが、それに関する言及もほとんどなかったように思う。 ただしなんといっても、当時においては多角的な情報もなかっただろうし、著者の本心がどのあたりにあったのかははっきりとは解らない。しかしともかくも、人民7、8億(当時)を飢えさせずに食わせていくという一点において、共産党を高く評価しとるように見受けられる。 本当に北京を始めとした中国の町の多くに、そっくり人口を隠せるような地下の坑道が縦横に掘られているのか、非常に興味があるが…。 (2012/10/20改訂) | |||||
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