2003年 2月
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@退職刑事1
都筑道夫創元推理文庫推理
270頁600円★★★

(1)写真うつりのよい女
 マンションの一室でホステスが死んでいた。部屋には複数の男とのH写真のコレクションがあり、これをネタに恐喝された男が犯行に及んだと思われる。しかし奇妙なのは、女が男物のブリーフを履いた姿で死んでいたことだった・・・。

(2)妻妾同居
 一つ屋根の下で、妻と妾が一緒に暮らす。ある意味男の甲斐性気を感じるが、しかし男は殺された。やはり平穏に見えた仮面の下では、愛憎が渦巻いていたのか。男を殺したのははたして妻か妾か?

(3)狂い小町
 少々気のふれた女が、他人の家の台所で半裸で死んでいた。以前から顔に分厚く白粉を塗りたくり、ふらふらと周囲を出歩く癖のあった女だが、最近は近所の絵描きのモデルをしていたという・・・。

(4)ジャケット背広スーツ
 ある殺人事件の容疑者が証言した事が正しければ、彼のアリバイは成り立つ。とっくりセーターの上に上衣を着て、さらに別の二着の上衣を抱えた男を見たと言うが・・・。

(5)昨日の敵
 妻と愛人のいる男が、自宅と愛人宅の丁度あいだで殺された。愛人は妊娠しており、最近はマネキンを使った脅迫を受けていたと言う・・・。

(6)理想的犯人像
 同僚女性の部屋に侵入し、彼女をレイプのうえ殺害したと男が自首してきた。しかし件の女性の死体が発見されたのは、近所の公園。しかも性交渉の痕跡も着衣の乱れもなかったが・・・。

(7)壜づめの密室
 ボトル・シップの中で人形が殺された。手のこんだ悪戯だが、製作者は自分に対する殺人予告かもしれないとぽつりと漏らす。そして予告どおりに殺されてしまうのだが・・・。

 西沢保彦の本の解説で名前が挙がっていて知った。うまくタイムリーに新装?で本屋に並んでいたので購入。アームチェア・ディテクティブは数あれど、話し手を現職の刑事、聞き手で真相を解明するのがその父親(退職した元刑事)とすることで、事件に介入するまでの枝葉をばっさり落とした、かなり純粋で軽快な推理連作短編集だ。

 軽快なのはよいのだが、その分読み飛ばしてしまってあまり印象が残らない。
 導かれた解答はやはり屋上屋を重ねたもので、それが真相と言われても作者の調整次第だ。解明者がロジカルに推論を組み立てても、犯人や関係者がロジカルに行動していたとは限らないし・・・。
 まぁあまり気にせずに読み飛ばして、見方のポイントをずらせば解釈ががらっと変化するという逆説の妙を楽しむのが正しい読み方だろう。かすかな印象に基づいて無責任な比較をすると、、亜愛一郎のやつよりは素直で面白いかな。

 ロジックで唯一の解答へ導いていくために、他の解釈はありったけ潰していかねばならない、作者の労苦は大変なものだと思うが、読者はお気楽だ。

(2015/12/5改訂)

Aドイツの傑作兵器駄作兵器
広田厚司光人社NF文庫兵器薀蓄
292頁686円★★★

 第二次大戦時のドイツの兵器と言えば、ティーガーパンター(私の子供の頃はタイガーパンサーだったが)。スチロールの薄板3枚でよく作って飛ばしたメッサーシュミット。もう少し大きくなってからは、UボートV2号などの名前が頭に浮かぶが、本書では、写真を見るのが初めてのV1号ポルシェ博士が調子に乗って作った超重量戦車モイゼ(他の主力戦車が“虎”や“豹”なのに、こいつが“鼠”なのはなんで?)、あるいは80cm超重列車砲グスタフドーラ「マスター・キートン」にも登場した曲射銃身なんかもしっかり紹介されている。
 60cm重自走砲カールは、最近複数の模型メーカーからあいついで商品化されたが、さすがに1/35グスタフというのはないだろうな。←出たね・・・。(2011/9/24追記)

 失敗作も含めて、ドイツの開発力にはまったく圧倒されるが、大戦後期には同じようなコンセプトの兵器が、別の命令系統で下りてきて別の部門でパラに開発され、挙句にどちらもボツったりと、連合軍相手で劣勢となっている国力をさらに分割させてしまうような混乱が見られたらしい。ドイツ陸海空軍のそれぞれの兵器開発の組織図(命令系統図)の解説などもあり、まさにマニアックな書だ。

 という訳で、内容はなかなか充実しとると思うが、問題なのは文章。著者は職業作家ではないようだが、一つの文章の中に“〜だが、〜だが、”を平気で重ねてくるのには参った。数箇所どころでないからなぁ。光人社には校正の人間はいないのか?

(2015/12/5改訂)

Bトコトンやさしい液晶の本
鈴木八十二編B&Tブックス科学薀蓄
153頁1400円★★★

 このジャンルに関して、わたしがあらためて読むのもなんだが、世間一般への情報発信としてはどこまでがオープンにされているのか、興味があって読んでみた。

 液晶自身の軽い薀蓄は当然のこととして、液晶モジュールの主要部品の構成――偏光板バック(フロント)ライトドライバICなど――もざっくりと説明されているし、アモルファス・シリコンからポリ・シリコンへ向かうことでシステム・オン・グラスへの展望についても触れている。どうしてどうして、社員研修用にも十分役立ちそうだ。

 ただし、やっぱりというか、駆動回路については悲しくなる程度しか載ってないね。

(2015/12/5改訂)

C深夜特急3 インド・ネパール
深夜特急4 シルクロード
沢木耕太郎新潮文庫紀行
226頁/204頁400円/400円★★★

 2巻のタイ・マカオ編から長い間を開けてしまったが、ようやく3巻を手にとる気になった。今回は最初からどういう傾向の話か理解しているので、一旦読み出せば、4巻まで読み終わるのはあっという間であった。

 そもそも4巻のシルクロード編を読むために1巻から順ぐりに読んだのだが、なんとも残念なことに著者の旅はデリーからイスラマバードカブールへ、ヒンドゥークシ山脈に沿ってイラン高原の方へと向かうので、私の興味の中心である新疆ウイグルには全く触れず終いだ。これはそもそもの著者の目的、デリーからヨーロッパへのバス旅行という計画から考えれば容易に判ることで、4巻を買う前に数頁でも1巻を読んでいればよかったのだが…。

 もちろんインドからパキスタンを抜けてアフガニスタンへ、アフガニスタンを横断してイランへというルートは、シルクロードの一部に間違いないが、私の印象というか興味の方向は、今のところパミール以東の東トルキスタンで手一杯だから、本シリーズでは中央アジア編だとか、イラン・イラク編だとかの名称にしてくれれば、私が読むこともなかっただろうに・・・。

 もっとも、1巻、2巻で感じた“旅人のわがまま”に対する不快さ――インド編の巻末で、著者自身もその点を感じたことを対談で語っているが――にある程度の免疫が出来てしまえば、異国の生々しくかつ低層の生活――「世界不思議発見!」では取り上げられることのまずない――を知ることができるのはとても貴重だ。

(2015/12/5改訂)

D攘夷の韓国 開国の日本
呉善花文春文庫歴史薀蓄
351頁514円★★★

 日本人と韓国人の比較論だと思って買ったのだがそうではなかった。
 済州島で生まれ育って、朝鮮半島へ、そして日本へと渡り、自らを古代日本に渡ってきた渡来人同様のサスライ人であると位置付ける著者が、自身の体感をもとに日本の古代史を見つめ直すといった内容だ。  韓国人が日本古代史を語るというと、すべての文物を朝鮮起源説で蕩々とやられるのかと警戒したが、どうしてどうして日本の側に立って、あまりにおかしな朝鮮起源説を論破してくれている。朝鮮半島経由で多くの文化や技術が入ってきたことは歴然たる事実だが、日本文化というものは存在せず、日本にあるのは朝鮮文化の一部であるかのように唱える輩もいるぐらいだから。
 しかし日本の学者がこういった内容をもっとアピールしてくれないのかと少々歯噛みしたくもなる。まぁ日本人が同じことを言うと、ファビョン=火病発動が必須なので、言わば現代の渡来人である著者が声をあげてくれるのは、非常に値打ちのあるところだ。【注1】

 古代神話は何度読んでもさっぱり覚えられないので、スサノオとかオオクニヌシとかはともかく、サスラヒメとかアカルヒメとかを延々やられると、興味が持続できなくて困りもしたが、例えば古代、朝鮮半島から貴族や技術者を始め、多くの民が何度も渡来してきたことは事実として、数百年の時間スパンの間に起こったことを、その点だけをピックアップして(歴史書に書かれるトピックとして、渡来の話などは頻繁に記載される)、元からあった文化との習合についての考察がされていないというのは、なるほど目からウロコの理屈だ。
 現代の移民で考えても二代目まではともかく、三代目ともなれば、顔かたちは似ていても、文化や価値観はまったく移民先のものになってしまうのが普通なのだから。【注2】

 他にも、日本の文化に南方起源のものがあるのはこれまた歴然だが、アジア南部の島々でよく見られる卵生神話が、日本にはなく韓国にあって、逆に北アジアでよく見られる天孫降臨神話が、韓国にほとんどなく日本にあるという指摘も面白い。つまり、日本の天孫降臨神話をとって、「日本の古代王朝は北方騎馬民族の流れを引く」ということを言うならば、同じように「韓半島の古代王朝は南方漁労民族の流れを引くもの」と言えるのか。

【注1】むしろ朝鮮半島は文化の通り道になっただけで、自分たちの中では大した発展をさせられなかったところに問題がある。それは主に隣の隣国につき従い、にも属国化された李朝王国が、自らは小中華だと唱え、むしろ自分たちの文化を進んで捨てていったからで、あわせてその支配階級の下では、一般大衆が文化を発展・継承させられる土壌がまるでなかったからだ。しかし彼らに言わせると、それらはすべて併合時代の日本に奪われ、破壊されたんだそうな。

【注2】二代目、三代目に対する教育の仕方によって、大きく変わるところだ。現代の在日朝鮮人問題しかり。心が朝鮮人のままに帰化申請してうわべだけの日本人になる輩には勘弁してほしい。もちろんアイデンティティーが日本人であれば歓迎する。反対に生粋の日本人の中にも反日がいるのが日本の状況を複雑にしているのだが、その人たちには、どうか大陸に渡って平和活動をしてもらいたい。

(2015/12/6改訂)

Eホック氏の異郷の冒険
 日本推理作家協会賞受賞作全集44
加納一郎双葉文庫探偵
319頁581円★★★

 父と二人で家の土蔵をはじめて大掃除した“私”は、曽祖父が書き残した手記を発見した。その手記の中で彼の曽祖父榎元信は、明治政府の外交畑の実力者、陸奥宗光と懇意だった関係から、イギリスとの外交に重大な影響を与えうる文書の紛失という問題を、秘密裡に解決するよう依頼されていた。そしてイギリス大使館からは、曽祖父と協力するためにサミュエル・ホックという人物が派遣されていたのだが・・・。

 昭和59年の第38回日本推理作家協会賞受賞作品。
 隠すこともないので書いておくと、サミュエル・ホックなる人物はもちろんシャーロック・ホームズのことだ。ホームズのパロディやパスティーシュは星の数ほどあるが、本書が他に類を見ないものになっているのは、なんと日本が舞台になっていること。
 ホームズがスイスのライエンバッハで、モリアーティ教授ともども滝に落ちたのが、1891年5月。そして彼が再びワトスンのもとに現れるまでの数年間、支那からチベットを巡っていたという“正典”での彼の証言の隙間を縫って、日本での冒険譚を一つ作ってしまったのだから大したものだ。
 1891年は、日本では三条実美が亡くなり、ニコライ暗殺未遂事件が起こっていたなどという導入から始まって、明治日本の政情や雰囲気にもしっかり筆が及んでいる。パスティーシュという形式でのサービス面では、榎元信に調合させたコカイン7%溶液を使用したりとか、ホームズのあの得意技“バリツ”を彼に教えたのが、なんと嘉納治五郎であるとして再開シーンを設けるなど、大笑いのもてなし上手ぶりだ。

 しかし肝心のストーリーに関しては発端の不可思議性に欠けているし、頁に従って徐々に関係者が現れて、事件の全貌が少しずつ見えてくるという平々凡々な展開で、謎解きというよりはハードボイルドなんかによくある犯罪捜査小説という体だ。ハードボイルドでいう探偵の粋(生意気とも言う)な台詞に相当するのが、パスティーシュとしてのホームズファンへのくすぐり部分というのが判りやすいか。
 しかし残念ながら、推理作家協会賞受賞作品というような、大きな冠に似合ったものではないようだ。さすがのホック氏も、全くの異国日本では少々動きにくそうだ。

   加納一郎というと、昔ソノラマの少年向き小説で、その名をよくみたものだが、こういうしっかりした本も書いていたとは。

(2015/12/9改訂)

Fリボーン
 Reborn
F・P・ウィルソン扶桑社ミステリーホラー
521頁699円★★★★

 売れないホラー作家のジム・スティーブンスは、突然著名な科学者ハンリー博士の莫大な、ただ一人の遺産相続人となった。実父母について知りたがっていたジムは、妊娠中の妻キャロルを連れて意気揚揚とハンリーの屋敷に乗り込んでゆくが、それはジムとキャロルにとって、悲劇の始まりだった・・・。

 ナイトワールド・サイクルの第四部。しかし「マンハッタンの戦慄」「タッチ」は最終の「ナイトワールド」で初めて関連付けされるのだから、実質的には「ザ・キープ」の直接の続編である。【注3】
 ただし続編とは言っても、「ザ・キープ」を読んでいないと筋が解らんということはなく、ウィルスン版「ローズマリーの赤ちゃん」として独立して読める。ちなみに本書の主人公はジムとキャロルではなく、彼ら夫妻の友人、イエズス会神父のビル・ライアンだ。

 ややB級がかった「ザ・キープ」と「マンハッタンの戦慄」が私のお気に入りで、当然ながら「ナイトワールド」が出たときにはすぐに買ったが、その前作にあたる本書“Reborn” と、次の“Reprisal” が訳されていないということを知って、読まずに大事に保存していた。その後、本書と「闇の報復」は順次出版されて読んだのだが、どうもタイミングを逃して「ナイトワールド」はいまだに未読の山に埋もれている。
 
これは「聖母の日」のあまりのつまらなさも大きな原因だったのだが、とにかくすっかり記憶の欠片もなくなってしまった本書の再読から、一気に「ナイトワールド」まで読んでしまおうという計画だ。

 モラサール改めラサロムとグレーケンとの戦いは、神と悪魔の戦いではなく、特に善悪の区別のない二大勢力の争いの手駒――これにしたところで新鮮とは言いがたいが――という設定なので、「聖母の日」のようなマリア様べったりで口をあんぐりとさせてしまうことはない。
 しかし登場人物の一人、ロバート修道士のように、カトリックの限られた教義に疑問を持ち、世界を旅してまわったという人物が登場したりするものの、世界の宗教観を統合するような流れはみえてこない。せめて仏教とヒンズー教くらいは、ラサロムVSグレーケンの体系で説明するくらいのチャレンジが欲しい。
 高橋克彦なら嬉々としてトンデモ理論を組み立ててくれるだろう。

 ラサロムがジムに目をつけた理由というのも、純粋に科学的な立場からすればで、ウィルスン自身の宗教倫理がストーリーの基幹にまで影響していてちょいとマイナスだ。しかしこのあたりが気にならなければ、「ナイトワールド」でのカタストロフのためのプロローグとして十分に楽しめるだろう。

【注3】始末屋ジャックシリーズがたんと追加された今では、時系列順の何作目かはほぼどーでもいい。

(2015/12/9改訂)

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