2003年 4月
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@銀座幽霊
大阪圭吉創元推理文庫推理
309頁660円★★★

 戦前にこんなトリックメインの推理小説作家がいたとはまったく知らなかった。
 江戸川乱歩「二銭銅貨」「D坂の殺人事件」などの本格ものを書いたのは、大正末から昭和の頭くらいまでだった。彼は残念ながら軍靴の響きが大きくなるとともに、耽美や怪奇味の勝った方向へ行かざるをえなかったし、横溝正史「本陣殺人事件」を書くのは戦後である。その中で著者は、昭和10年以後も本書のような本格謎解きものを書いていたのだからすごい。有栖川有栖が言っているように大阪圭吉が戦死しなければ、戦後の横溝正史や高木彬光等に刺激を受けて、どんな傑作が生まれてきたことだろう。残念でならない。

 本書には、「三狂人」「銀座幽霊」「寒の夜晴れ」「燈台鬼」「動かぬ鯨群」「花束の虫」「闖入者」「白妖」「大百貨注文者」「人間燈台」「幽霊妻」の11篇が収められている。お薦めは、寂びれた精神病院から医師を惨殺して逃げ出した三人の患者を捕らえるために、警察が非常線を張ったが・・・という「三狂人」と、島田荘司ばりの奇想を味わえる「灯台鬼」だ。「動かぬ鯨群」の雰囲気も捨てがたい。まさに思わぬ拾い物をした感じ。

 表題作の「銀座幽霊」はどうということない作品だったが、表題に選ばれたのはなんでかな?

(2014/5/4改訂)

Aサム・ホーソーンの事件簿1
 Diagnosis:Impossible
 The Problems of Dr.Sam Hawthorne
E・D・ホック創元推理文庫推理
439頁860円★★★

 これまた「有栖川有栖の密室大図鑑」で読む気になった、トリックメインの短編集。実は「銀座幽霊」と一話毎に交互に読んでいたりする。同じジャンルでありながら、表紙のあまりの雰囲気違いの所為で、そんな気になったわけだ。

 本書の時代背景は1920年代。しかし書かれたのは70年代以降と比較的新しい。だからだろうか、謎解き重視の短編としての、より思い切ったわりきりを感じる。サム・ホーソーン老人が、半世紀ほど昔の事件を酒飲み話として物語るという設定だから、当時の事件関係者の生の感情を廃しやすいという設定の妙だろう。
 しかしそれで思い出した。ホーソーン老人は各表紙の颯爽とした青年とはえらくイメージがあわない――「ヤング・インディー・ジョーンズ」に出てくるじいさんと一緒だ――のだが、話の最後に必ず「そら、お神酒をもう一杯どうじゃ。」などとのたまう。原語でも神に献杯するようなセリフにはなっているのかもしれないが、神事でもないのにお神酒という単語はいかがなものか。これはとても気になった。

 有蓋橋に入った跡はあるが、出た跡のない「有蓋橋の謎」
 衆人環視の小屋の中でマジシャンが殺される「ロブスター小屋の謎」
 選挙の狭い投票ブースの中で立候補者が刺し殺される「投票ブースの謎」
 その他「水車小屋の謎」「呪われた野外音楽堂の謎」「乗務員車の謎」「赤い校舎の謎」「そびえ立つ尖塔の謎」「十六号独房の謎」「古い田舎宿の謎」「農産物祭りの謎」「古い樫の木の謎」の十二篇のサム・ホーソーンものに加えて、21階から飛び降りた男が3時間45分後に飛び降り死体となって発見される「長い墜落」を収録している。
 題名を比べても、怪奇性のにじむ「銀座幽霊」とは違ってスマートな(というかあっさりした)題名だ。しかし太平洋戦争前の田舎町がメイン舞台なのだが、この一見のどかな町ノースモントの殺人発生率は異常である…。

 どの話もそれなりに楽しめるが、逆にこれといったお気に入りは見当たらない。較べると、やや「銀座幽霊」に軍配が挙がるか。こちらのほうが万人向けではあるが。

(2014/5/11改訂)

B四千万歩の男(一)(二)(三) (1976〜1980)
井上ひさし講談社文庫歴史/時代
663頁/634頁/605頁―/―/―★★★

 佐原村の名主だった伊能忠敬は、家督を息子に譲って隠居した後、江戸に出て幕府天文方高橋至時の門下に入る。至時からも推歩先生と尊称されるようになった忠敬は、至時とともに子午線1度の精密な実測するという願望があったが、器具を抱えて多くの領国を測量してまわるなど、各両国の国主がおいそれと許すはずもない。そこで至時が考え出した策は、蝦夷地の精細地図を作成するための測量行ということで申請すれば、ロシアに対する防衛意識に目覚めてきた幕府は許可するでだろう。幕府の御墨付きとなれば、各国もそう邪魔をすることはできないはずである。幕府は元農民で50歳をとうに越えた忠敬に難色を示すものの、測量行は実現の運びとなる。しかし幕府は測量隊に蝦夷地への船での出立を命じてきた・・・。

 なんとか陸路での行程を幕府に納得させ、蝦夷地に渡る手前までが第一巻。蝦夷地で幕府方、松前藩、そしてアイヌが入り乱れての陰謀合戦に巻き込まれるのが第二巻。図面提出を帰着期日に間に合わせるために、蝦夷地測量を途中で断念し、ようやく百八十日ぶりに江戸に帰ってくるまでが第三巻。五分冊の三冊目で丁度忠敬の測量行としては第一部終了といったところだ。いやあ長い…。

 ここまで読むのに一年は経ってしまった。【注1】
 達者な筆運びで、読みやすさにまったく問題ないのだが、いかんせん長丁場の測量行の中に、時代劇の一話完結のような話が連なって成り立っているので、キリのいいところで止めると、あとは積みっ放しになってしまう。頻度高く引用される忠敬の測量日誌の読み下し文が、リーダビリティを削ぐという面もあるかな。

 こう書くと、長いだけでつまらん小説と思われてしまいそうだが、18世紀最末の日本の文化と政治的状況が多岐に渡る人々から伝わってきて、とても興味深かったりする。特に第二巻は、幕府と松前藩との暗闘の中で、双方から搾取を受け続けているアイヌ人たちがクローズ・アップされるが、日本人には無縁と思われがちな民族紛争について考えさせられる。沖縄からは、なかなか活発に琉球人のアイデンティティー運動が伝わってくるが、アイヌからは細々とした動きしか伝わってこない。それだけ本土人との混血で一体化が進んだとも言えるし、より完全に侵略が遂行されたとも言えるわけだ。やはり歴史を文字で書き残すのは非常に重要である。

 さて残り二冊。本年中に読了できるか。【注2】

【注1】そして11年後に至るも、未だ四巻には手がつかず…。
【注2】だから11年経っても読んでないんだって…。

(2014/5/12改訂)

C神と悪魔の遺産 上下 始末屋ジャック・シリーズ
 Legacies (1998)
F・P・ウィルスン扶桑社ミステリー冒険
323頁/332頁724円/724円★★★★

 ジャックは恋人ジーアの仲介で、小児エイズセンターの医師アリシアからの依頼を引き受ける。センターの職員たちが入院中の子供たちのために集めたクリスマス・プレゼントが盗難されるという事件だったが、これをジャックは巧く処理する。その手際に感心したアリシアは、別に自分の遺産相続に対する始末を彼に依頼するが・・・。

 いやあ、参った。
 「闇の報復」をようやく再読したので、ついに「ナイト・ワールド」に取り掛かる時が来たかと、100頁ほど読んだ時点ではたと気付いた。そう言えば、久々に刊行されたジャックもの2編も在庫していたが、あれも「ナイト・ワールド」以前の物語では?
 あとがきを読むとたしかにそういう時系列なので、急遽こちらを先に読むことにしたのだが、やはりジャックはいいなぁ。腕力と運任せというよりも、タイミングと段取りで災難からできるだけ身をかわしながら、必要なときには思い切りよく機先を制して攻撃するところがいい。そしてその合間に、ジーアとヴィッキーにきちんと家族サービスまでしてしまうのはもひとつすごいぞ。

 本作には超自然的なものは出てこない。(事件の中核にはきわめて怪しげなガジェットがあるが)
 訳者もその点で本書は外伝的だと断っている。しかしわたしとしてはそのほうがウェルカムだ。同じ桑扶社ミステリー文庫のホラー短編集「プレデター」に収められているジャックものの短編、「ある一日」も完璧に超自然とは無関係だが面白い。

 アリシアの兄トーマスの背後にいる謎のサウジアラビア人。日本企業の代理人として、ジャックたちの周辺に立ち回るタキタヨシオなる日本人。秘密を巡る役者もばっちり。ヨシオはいい味を出していたので、あれで終わりというのは寂しいが・・・。

 ハードボイルドでよくあるような、鼻につく臭みがないのが、このシリーズのいいところだ。

(2014/5/15改訂)

D惑星タラスト救出せよ!  キャプテン・フューチャー12
 Planet in Peril (1942)
E・ハミルトンハヤカワ文庫SF
279頁340円

 彗星王事件でアルルスが残した機器を研究していた科学者チコ・スリンは、20億光年もの彼方の別の宇宙から異星人を呼び寄せることに成功した。未知なる科学技術に身を委ねて、太陽系へと渡ってきた異星人――タラスト人と名乗る兄妹――は、グラッグやオットーではなく、なぜかカーティスを見て驚きの表情を隠せない。タラスト人たちの宇宙は死滅にむかっており、その中で彼らは<冷たきものたち>の手で滅ぼされる寸前というところまで追い詰められているという。その彼らの伝説の中に、タラストに危機が迫った時、昔宇宙が若かった頃彼らを率いて宇宙を駆け巡った英雄カフールが再来するという話があるという。そして、そのカフールの髪はカーティスと同じように燃えるような赤毛だったというのだ。かくしてカーティス・ニュートン=キャプテン・フューチャーは<伝説の英雄カフール>になりすまし、フューチャーメンとともに20億光年彼方へ危機のタラスト人を救いに向かうが・・・。

 膨張する宇宙が広がりっぱなしか、ある時点で収縮に転じるかは、その宇宙が持つ質量の合計で決まるらしいのだが、本書で<生きている脳>サイモン・ライトは、

宇宙が齢をとり、太陽が自由な放射線となって熔け果てていくと、
内部に含まれる物質の量は少なくなっていく。
結果的に、空間を歪ませる重力は弱くなるわけだ。
そのために、カーブを持った空間は膨張をつづけていく。
そしてついに臨界点に達すると、もはや空間の連続性が保てなくなってしまう。
この点で宇宙は泡のように破裂して、ずっと小さな球体となる。


 怪しげな理屈だが、発表当時としては斬新なインパクトを与えただろう。「太陽系七つの秘宝」の極小宇宙から考えると、なかなかマトモな宇宙観だといえる。
 ――いや、昔読んだころは極小宇宙にもすごく夢を感じたのだが・・・。

 キャプテン・フューチャーのストーリーは、他愛もないと言えばそれはそうだが、エンディングにじわりとくる箇所が結構あるのである。本書でも一件落着したところで、伝説の英雄カフールの銅像に向かって、「あんたのカオはつぶさなかったぜ」とカーティスがつぶやくところなんか最高にいい。
 
ここをより良く味わうためにも、ぜひとも“仕掛け”には素直に騙されてほしいところだ。

 他にも“喪心の刑”という魅力的な設定もでてくるし【注3】、なかなか楽しめるエンターテインメント小説なのだが、われわれの宇宙より何倍も大きな宇宙が舞台だというのに、あいかわらず距離感に乏しい宇宙で、ドンパチやっているのは残念。

 しかし<冷たきものたち>は撃退したものの、あいかわらずエントロピーの増大が進む宇宙のタラスト人たちに向かって、「宇宙の再生までガンバレ」っていうのも、なんとも脳天気ですばらしい。
 タラスト人の今後の宇宙カレンダーを作ってみたい…。

【注3】わたしは“離魂の刑”と覚えていたが、TVアニメ版ではそうだったのかな?
(2014/5/17改訂)

Eロシアは今日も荒れ模様 (1998)
米原万里講談社文庫民族薀蓄
270頁495円★★★

 「魔女の1ダース」に続くロシアものエッセイ第二弾。今回は著者が通訳として随行した、エリツィンゴルバチョフたち要人の素顔についても語っているので、近代国際政治裏面史の一面もある。
 それはそれでかなり興味深いのだが、文庫落ちの本では情報がどうしても古いのが難点だ。“それでプーチンについては?”と疑問が沸いてくるので、痛し痒しといったところだ。【注3】

 やはりウォトカ関係のネタが満載の前半が面白い。ロシア人は本当に誇張無しでこんなですか!?
 と呆然としてしまう笑い話が、次から次へと出てくる。

「世の中に醜女はいない。ウォトカが足りないだけだ。」


という成句で笑った後に、“女”を“現実”や“社会”に置き換えてもこの句は成り立つところが怖ろしい。ロシアでは、社会の潤滑油が極端に欠乏して壊れるまで、油を補充してメンテすることを怠り、結局機械自体を置き換えようとする革命やクーデターにまで発展してしまうのではないかと著者は考察しており、最早笑い飛ばすことはできなくなる。

 ウォトカがこれほど密接に社会に関係しているというのは、司馬遼太郎のエッセイや「坂の上の雲」でも取り上げられていなかったような…。
 それにしても、ウォトカって一般名詞として定着しているのだろうか。
 わたしとしては、ウォッカのほうが馴染みがあるのだが。

【注3】プーチンはもう10年以上も権力を握っているということですな。
(2014/5/17改訂)

F徳川御三卿 上下 (1995)
南原幹雄角川文庫時代
327頁/351頁533円/533円★★

 八代将軍吉宗の残した遺産御三卿御三家との確執。自らの存在基盤の喪失を恐れた尾張、水戸は、京で勢力を伸ばしつつある尊王論者竹内式部と結び、影で幕府に敵対する。御三卿一橋宗尹は平松小五郎を名乗って市井に出、情報を探索する。

 こう書くとなんだかわくわくする設定だが、上下巻678頁、一向に面白くならないまま尻すぼみに終わってしまった。不勉強にしてわたしは知らなかったが、竹内式部の宝暦事変という史実を導入しているらしい。しかし一橋の殿様に隠密に町をうろつかせるようなような娯楽小説なのだから、山田風太郎隆慶一郎を少しは見習って、悪玉のグレード・アップと華麗な立ち回りを演出してほしい。
 歴史小説としても時代小説としても中途半端だ。

 隠密で町に出る宗尹は吉宗の息子だから、わたしの頭の中では、松平健と“チャララー、チャ、ラ、ラ、ラーン♪”と効果音を響かせて、楽しむ気まんまんで臨んだのだが…。

(2014/5/15改訂)

G張騫とシルク-ロード (1984)
長沢和俊清水新書歴史薀蓄
219頁620円★★★★

 張騫だけで1冊本とは、素人が読むにはちょっと専門的すぎてつらいかと懸念していたが、張騫だけではなく古代から前漢までをメインとし、後漢とその後の魏晋南北朝時代についても若干頁を割いている。なかなか楽しく読めた。

 張騫は武帝時代に大月氏と同盟を結ぶ命を受けて(B.C.139年)、はるばる中央アジアまで足を伸ばした人物だが、中国側にはじめて西極への関心を向けさせたという功績にプラスして、行程の往還ともに匈奴に捕まり都合10年余りも囚われながら、いずれも脱出して漢に戻った(B.C.126年)という事跡が人気の秘密。この張騫と、武帝の下で匈奴撃退の英雄、衛青霍去病の時系列が解らなかったのだが、丁度張騫が漢に帰国した頃から両将軍の活躍が始まるようだ。霍去病が河西回廊で匈奴に大勝ちした年に、自身将軍となっていた張騫は軍事的に失敗して失脚しているのが興味深い。とりあえずその年は、B.C.121年と覚えておこう。

(2014/5/15改訂)

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