2004年 2月
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@京都時代MAP 幕末・維新編 (2003)
新創社編光村推古書院歴史地図・薀蓄
79頁1600円★★★★

 古い時代を示した地図はたまに見かける機会もあるが、本書は幕末時代の京都の地図に、厚手のトレーシング・ペーパーに印刷した現在の地図を重ね合わせるというアイディアものの労作。表紙にも“特許出願中”とある。

 例えば、坂本龍馬が好きで京都にいったことがある人間なら、近江屋跡を訪れては、「なんでパチンコ屋になっとんねん!」と突っ込みを入れたことだと思うが、当時の近江屋前の河原町通りは、現在に比べて非常に幅の狭いものだったらしく、近江屋の手前側は今の河原町通りに削られている。
 つまり近江屋の奥二階に位置していた坂本竜馬と中岡慎太郎の暗殺現場は、今では歩道の辺りだという。これは新鮮な提示だ。

 新鮮で思い出したが、本書は新選組試衛館メンバーが最初期に宿泊していた前川屋敷【注1】で買った。
 まあ普通の本屋でも売ってるが。

 【注1】芹沢鴨暗殺の時には、ここから横向かいの八木邸を襲った。

(2016/10/4改訂)

A人はなぜ「占い」や「超能力」に魅かれるのか (2002)
樺旦純PHP文庫似非科学薀蓄
276頁552円★★★

 以前カール・セーガンの労作、『人はなぜエセ科学に騙されるのか』を読んでいるので、この本に特に感銘を受けたわけではないが、『人はなぜエセ科学に騙されるのか』が上下巻で800頁あることを考えれば、本書は手頃でとっつきやすい。
 なんでもかんでもすぐに信じてしまうロマンチストさんにはぜひ読んでもらいたいところだ。
 疑う心は大事である。
 ただ、なにか編集的に物足りないところがあったような気がするのだが、残念ながらそれがなんだったのか、もはや覚えていない…。

 大学生の集団を二つのグループに分けて、同じ自動車事故の映像を見せたうえで、

Aグループには「ぶつかった時のスピードはどれくらいだったと思う?」
Bグループには「接触した時のスピードはどれくらいだったと思う?」

と訊くと、Aグループのほうが高いスピードで答えたという実験結果などが面白い。
 いかに人間の脳が影響を受けやすいかという面白い証左である。

(2016/10/4改訂)

BQED ベーカー街の問題 (2000)
高田崇史講談社推理
379頁619円★★★★

 1993年末。大学時代の先輩緑川と街で偶然再会した棚旗奈々は、彼女が入会している“ベーカー・ストリート・スモーカーズ”のパーティーに、タタルと二人で参加しないかと持ちかけられる。渋る彼を説得して、新年早々のパーティーに参加した奈々は、会員の一人が控え室で殺されるという事件に巻き込まれる…。

 前の二冊とうってかわって、なんとネタがシャーロック・ホームズ
 また狭いところを狙ってきたものだと思ったが、考えてみればミステリ好きにとっては、かえって取っつきやすいような。
 中心ネタは<ネタバレ反転>ホームズ二人説、しかも前半ホームズとモリアーティ教授は同一人物だった!
 作中で、“これまで証明されたことはないが、突拍子もない説ではない”と言わせているが、わたしは十分に感銘を受けた。
 <ネタバレ反転>後半ホームズの素性については無理矢理くさいが、身も蓋もなくぶっちゃけて言えば、所詮コナン・ドイルのミスをあーだこーだ理屈付けしているのだから、ここまで説明できれば十々分ではないだろうか。

 現実事件についても、ダイイング・メッセージ『踊る人形』を絡ませているのを筆頭に、小技が結構利いている。わたしが初めて『踊る人形』を読んだときには、エドガー・アラン・ポー『黄金虫』をまだ読んでいなかったこともあって、すごく感心したものだ。  面白い事に、熱心なシャーロキアンの間では、こんな簡単な暗号にホームズが時間をかけすぎているのがおかしいという話になっているらしい。

 さらに最近よく聞く、“人の心理=何が現実?どこまで虚構?”まで出てくると、ちょっとやり過ぎ感も感じたが、タタルの望診、聞診、問診によるあざやか(すぎる)診断は楽しい。

(2016/10/4改訂)

Cハイペリオン 上下
 Hyperion (1989)
D・シモンズハヤカワ文庫SF
442頁/457頁800円/800円★★★

 西暦28世紀。人類は彼らから独立した人工知能<AIテクノコア>と共存しながら、銀河系の広きに渡って繁栄を続けていた。FATライン、量子リープといった超光速通信、移動の技術はもとより、<AIテクノコア>が供与、維持管理する転移ゲートによって、多くの星々がウェブと呼ばれるネットワークで結びついた<連邦>を形成していた。
 たった一人、無人の惑星で孤独を味わっていた惑星ハイペリオンの元領事のもとに、首星TCから連邦CEOのメッセージが届いた。未だ転移ゲートが設置されていないハイペリオンの<抗エントロピー場>に囲まれた謎の遺跡が、開く気配を見せ始めているという。すでにその遺跡に<百舌>=シュライクが解き放たれ、犠牲者が増えている。
 さらにウェブ外からは、蛮族<アウスター>がハイペリオン目指し移動を開始したというという情報が入る。<AIテクノコア>も大いに興味を持つ遺跡とその秘密を、アウスターに渡すわけにはいかない。
 CEOの要請は、その遺跡<時間の墓標>の秘密を解き明かす最後のチャンスに、シュライク教団が選んだ七人の巡礼者の一人として、領事にも参加してもらいたいという要請だった…。

 1990年のヒューゴー賞ローカス賞を受賞。
 鳴り物入りで紹介されて、多少なりともSFファンなら誰もが読んだに違いない本書をようやく読んだ。今現在、すでに『ハイペリオンの没落』も読み終わっているので、本書の独立した印象を語るのが難しいが、上記の出だしだけでも、SFネタの盛られ具合がよく判る。とは言っても、『キャッチワールド』『禅銃』といったハチャメチャなワイドスクリーン・バロックとも雰囲気が異なり、叙情的な通低音が流れている。各巡礼者が語る入れ子構造の物語はそれぞれ悲劇なのだが、通して読むとそう暗いというわけでもなく、なかなか楽しんで読めた。これで“神”ネタにやや臭みを感じなければさらに面白いのだが。
 カトリックは少数派になっているという設定の割には、全体がそちらに引っ張られている。せっかく<森霊修道会>なんてものも出してくるのだから、多神教やアニミズムも視野に入れた物語作りをしてもらいたかった。
 “SFのエッセンスに満ちあふれた”という評判を否定するものではないが、どちらかというと、SF味の強いダーク・ファンタジーという感じだ。

 結局本書を読み終わっても、謎は謎のままでさっぱり解かれない。
 というか、謎が大きくなって一体どうオチをつけるねんというところで次巻に続く。怖ろしいことに、本作は900頁のプロローグであった・・・。

(2016/10/4改訂)

D木曜島の夜会 (1977)
司馬遼太郎講談社文庫歴史薀蓄
221頁419円★★★★

(1)木曜島の夜会
 昭和初期、オーストラリア西部の島で他の誰もがやれない貝取りに従事する、日本人の雇われダイバーの集団がいた。その秘話を追って、著者が木曜島で現地の人に話を聞く。

 まさに昭和秘話。
 著者のレポートには悲劇的なニュアンスが含まれるが、本人たちはそれほど暗かった訳でもないと思うが…。

(2)有隣は悪形にて
 偏屈であるがゆえに親族に野山獄に入れられ、本来なら終生囚われの身で終わる筈だった男が、たまたま同獄となった若い男、吉田寅次郎の書の師匠となったことから、実力以上に担がれた富永有隣。本人はそのことを誇りに思うどころか、終世不平を言っていたという。

 常々漢詩というものの勇壮さに、漠然とした胡散臭さを感じていたが、著者は、漢文、漢詩というものは、詐欺漢の心情をもって作っていけば、多少の詞藻の持ち主なら水準にちかい作品が仕組みあるというふしぎな文学的分野であり、心情の通わぬ古代言語を用いるために、作者の本音や良心を自然に麻痺させることができる。そしてそこに都合のいい断絶が生じる。と喝破している。
 まさに目から鱗が落ちたが、ちょっと待てよ。
 著者自身の文章が多分に漢語的な形容に満ちているように思うが…。

(3)大楽源太郎の生死
 大楽源太郎については、村田蔵六(大村益次郎)暗殺の教唆者であることと、黒金ヒロシ『幕末暗殺』から、冷泉為恭殺しを聞いていることが全てだった。  松蔭死後の一燈銭申し合わせでのやりとりに始め、その後の蛤御門の変第一次/第二次幕長戦争といった要所々々での進退がおもしろい。
 残念ながら、調子のいい気焔は吐いても、行動には保身が伴うのは多くの人間に当てはまることだ。富永有隣もそうだが、他者との協調を図れない人物というのは始末が悪い。  一時とは言え、自分の目下だと思っている奴の傘下に入るのは、心情的に辛いというのは理解できる。彼らのような性格の人間には、特に難しいことなのだろう。

(4)小室某覚書
 「自由党史」の最初期にヨーロッパへの留学者として、小室信夫という人物の名がかすかに挙がるという。どうやら新選組の母体となった浪士隊が京についた日に発生した、足利将軍木像梟首事件の犯人の一人らしい。  これも歴史のちょっとした埋もれ話。  まっこと幕末というのは奇妙で殺伐として、そして魅力的な時代である。

(2016/10/4改訂)

E不連続殺人事件 (1947〜1948)
坂口安吾角川文庫推理
282頁500円★★★

 海千山千の男女が夏の避暑にと集まった、歌川家で起こる連続殺人事件。

 “不連続”と意味ありげなネーミングだが、続け様に起こる殺人に対して、作中で巨勢博士たちがこれらの事件は、別々の犯人が別々の意図の下に起こした事件がたまたま入り交じっているのではないか、と述べた時のネーミングである。

 坂口安吾という文芸畑のビッグネームが書いた推理小説ということで、やや構えて読み始めたが、いい意味で普通の推理小説だった。屋敷の部屋割り図面も完備されとるくらいである。
 特徴は登場人物の煩雑さで、これは確信犯だろう。最初の二十頁ほどで訳判らんようになってしまうくらいのたたみかけるような人物紹介だ。
 カウントしてみようかとも思ったが、やっぱりやめておいた。

 巨勢博士なんて名づけられると、おそらくは巨の字の影響だろうが、漠然とフィル教授のような人物を予想していたが、「〜知れませんぜ」てのが口調の、三品みたいな奴だったのが意外。

(2016/10/4改訂)

Fハーメルンに哭く笛 探偵SUZAKUシリーズ(2) (1998)
藤木稟徳間文庫推理
539頁724円★★★

 谷中の天王寺で三十体もの児童の腐乱死体が見つかった。死体からは二十三本の手を始めとして、五体のパーツの多くが見つからず、警察には“自壊のオベリスク”と名乗る犯行声明が届く。
 不安な世情を反映してかハーメルンの笛吹男がブームとなった帝都東京で、新聞記者柏木と警視庁防犯課部長馬場は、周囲で起こる奇怪な事象に翻弄される。金髪の大女がサーカスの見せ物小屋に連れてきた奇怪な生き物ウロトフとタスロー。兵器開発に携わっているらしい津田博士の失踪と研究所の謎の焼失。息子を亡くして精神を病んだ田中が語る摩訶不思議な話と彼のグロテスクな死。そしてそれらの周りで暗躍する笛吹き男。
 盲目の天才朱雀十五が語るハーメルンの史実、パラケルススホムンクルスタロットカードは事件にどう繋がるのか・・・。

 推理小説や探偵小説というよりは、すでに伝奇小説の範疇じゃないか。
 もはやツッコミを入れても仕方がないというか、よく一冊の物語にまとめましたなと素直に感心しておこう。
 軍が絡んだ奇っ怪な研究という点だけでも、京極夏彦『魍魎の函』にかなり近いものを感じるが、本書のほうがマイナーなのはなぜだ?

 とりあえず、探偵SUZAKUシリーズという名乗りが、ことさらにラノベ感を増幅している気がする。

(2016/10/4改訂)

G新選組副長助勤 斎藤一 (1973)
赤間倭子学研M文庫歴史
281頁590円★★★

 新撰組の幹部クラスでは、永倉新八とともに天寿を全うした貴重な人物である割に、明治の世になってからは藤田五郎と改名してひっそりと過ごしたという印象の斎藤一。
 彼はその口数の少なさや、例の高台寺党分離の際の密偵の役割から、指示のままに黙々と人を斬る暗いイメージがつきまとうのだが、本書では彼が新撰組に関わる以前に会津藩との縁戚関係を持っていたことや、斎藤一のほうが変名で山口一が本名であることなどが、昭和31年に彼の長男が他界した折りに残した『藤田家文書』から判るらしい。本書ではそれ等も紹介しながら、斎藤一の実像に近づこうとしており非常に興味深い。
 その分、事の善悪はさておき、活劇としての爽快感というか、戦争の渦中で“狂”に入った高揚感のようなものが何ひとつ感じられないのだが、これは女性作家では仕方のないところか。

 NHK大河ドラマの『新撰組!』で、仮面ライダークウガが斎藤一を演っている。なかなかイイ味を出していて大した出世だ。君は“みんなの笑顔を守るために”闘うのではないのか!?

(2016/10/4改訂)

H電子兵器「カミカゼ」を制す 太平洋戦争日本の敗因3 (1993)
NHK取材班編角川文庫歴史薀蓄
213頁480円★★★★

 本書では、サイパン攻防戦を中心に、日本とアメリカの軍事技術開発力の差を捉えることがテーマだ。
 日本の敗因として、人的資源も含めて二国間の物量差はよく言われることだが、それ以上に戦争に対する思想の差に愕然としてしまった。

 日米の勝敗を決めた兵器として、誰もが原爆を思い出す。しかしこれは最終的なとどめであって、初期の日本優勢な状態から、中盤以降その趨勢がアメリカに傾くにあたっては、二つの大きな軍事技術のアドバンテージを持たれていた。その一つはレーダーであり、二つ目はVT信管だ。
 寡聞にて、VT信管のことは、本書で初めて知った次第。

 VT信管とは近接信管のことで、これを備えた起爆システムからは、砲弾の進行方向を除いたドーナツ状に電波が放射され、目標物とのはね返りから距離を感知して近接で爆発する。つまりこの機能を持った砲弾は、たとえ直撃しなくてもその破片でダメージを与えることができるわけだ。例えばガンダムなんぞのアニメ世界では、命中率の極めて悪いビーム兵器をドカドカ撃ち合っているが、おそらく一発あたりの発射コストがめちゃくちゃ安いに違いない。
 レーダーについてはともかく、日本軍は戦時中ついに近接信管のことはまったく気付かなかったらしい。

 レーダーの研究は日本でもされていて、マグネトロン八木アンテナといった、世界的に見ても遜色のない技術を持っていたにも関わらず、それを兵器としてまとめあげて、実戦でその有効性を証明することができなかった。ここに日本とアメリカの思考の違いが如実に現れている。  日本は自らが、巨砲を積んだ大鑑に対する軍用機の優位性を示しながら、将官から兵卒に至るまで、防御兵器は一段格下の兵器と認識されていた。それでもなんとか開発したレーダーシステムを艦まで設置する段になって、場所がもらえなかったなどという間抜けな事があったらしい。目に見える範囲外の敵を察知して攻撃するのは卑怯だと主張する輩もいたという。なんともおぞましいことだ。
 それを言うなら、結局は銃火器についても同じことで、卑怯でない戦いをするためには、全員刀剣で斬り結ばなければならないだろう。
 もしそれができるなら、死者の数は三桁は少なくなること間違いなしだろうが・・・。

 この防御思想の欠如は、もちろんレーダーだけにとどまるわけもなく、戦闘機から戦車に至るまであらゆる兵器に持ち込まれている。本書でも零戦F6Fヘルキャットの比較が、情けないほどに興味深い。

零式・・・機動力優先→限界まで軽量化→防御力を犠牲→被弾するとすぐ燃える
F6F・・・最高速、防御力のアップ→エンジン大型化→重量増、敏捷性低下

 このように、何を設計思想の第一位に考えるかによって、トレード・オフで弱点が決まってくる。
 普通はそこでバランスを考えた設計をするのだが、この両機、まさに対極の設計思想と言える。
 だが、これだけでは必ずしもF6Fの勝利は決まらない。
 F6Fはエンジン出力にモノを言わせて最高速では勝っている【注2】とは言えはるかに鈍重なので、1対1の空戦(巴戦)ならば、まだ零戦に歩があったかもしれない。

 ここから当時の日米の大きな差が出てしまうが、アメリカは1対1の空戦を回避した。必ず数で勝るように配備して、零戦を待ち伏せて高高度から急降下、一撃離脱作戦を採った。
 もちろんこの状況を作るためは、レーダー索敵能力の差が絶大な威力を発揮した。

 一方零戦はどうだったろうか。
・最後まで燃料タンクのカバーすら貧弱な装甲。
・爆撃機として有効利用するという名目で、でかい爆弾をぶら下げた結果、唯一の利点である機動性を封印。
・そしてパイロットの安全性に対する配慮のなさ。パラシュートやサバイバルセット等の装備から、不時着したパイロットの救助、運搬といったシステムに至るまでの鈍いこと・・・。

 疲れるので精神性に対するコメントはもうしないが、常識的に考えて、練度の高いパイロットの生還率の差は、新人パイロットの育成にかかるコストに跳ね戻り、それはあっという間に、練度の低いまま出撃→生還率のさらなる低下という負のスパイラルを作り出す。

 こんな自明の理に対して、“誠心誠意、御国の為に頑張れ”で済ませていたのだから恐ろしい。
 わたしは大東亜戦争に対しては、当時の白人優越世界の中で虐げられ続けていたアジア社会で唯一、白人への抵抗を打ち上げたことで、アジア人のみならず、黒人や中東人といった非白人社会に計り知れない意識改革を与えたというプラスの観点を持っているし、最近は自虐史観から離れてそれらのことを高らかと主張する書籍も増えているが、その理念の正しさとは別に、結果的に大失敗を繰り返して国家を崩壊させてしまった事実を忘れてはいけない。
 これは軍部の暴走といった他人事で済ませる話ではなく、潔さや恥を知る国民性の裏返しとしての精神性偏重や盲目的従順性、迎合性などといった日本民族としての癖があるのだと思う。

 【注2】このあたり、一昔前のアメ車=直線番長のようで興味深い。

(2016/10/8改訂)

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