2004年 3月
トップ頁に戻る “本”の目次に戻る 2004年 2月に戻る 2004年 4月に進む
@ハイペリオンの没落 上下
 The Fall of Hyperion (1990)
D・シモンズハヤカワ文庫SF
476頁/564頁860円/900円★★★★

 TCでは、来る<アウスター>との全面対決を目前に、CEOグラッドストーンを中心として閣僚たちが情報の分析に余念がない。自分の役割も解らないままに、この中央の動きと<時間の墓標>での巡礼者たちの行動を傍観する立場を与えられた、詩人キーツのサイブリッド第二人格であるセヴァーンは、連邦の存続をも揺るがす<AIテクノコア>の途方もない深謀に気づくことになる。
 一方<時間の墓標>では、巡礼者たちもまた自分たちの役割も知らない不安の中で、何かを待ち続けていたが…。

 序章であった前作「ハイペリオン」では、「探偵の物語−ロング・グッドバイ」で多少見えてきた連邦の社会構造がかなり全面に出てくる。要は百もの居住可能惑星が、数百もの“どこでもドア”で結ばれているのが連邦の社会だ。
 そこでは、市民は朝起きて仕事は別の惑星に、夕飯はさらに別の惑星でとって家に帰る。
 金持ちは複数の惑星にまたがる自宅の部屋々々を転移ゲートで常時結び、大きなサイズのゲートともなると、惑星間の都市のメインストリートや川の流れを常時接続で繋げている。どこでもドア自体は目新しくもないガジェットだが、ここまで大規模なビジョンを見せられると、かなり圧倒されてしまう。
 また<アウスター>も、“蛮族”とは呼ばれながら大変な科学技術を持っていて、重力を自由に制御し、恒星間を横断できる(転移ゲートは持っていない)巨大船団を擁している。

 とはいえ、シュライクと時間の墓標に関しては、結局のところわたしの知識ではは寓話止まりか。英米では有名なのだろうが、日本ではそれほど知られていない詩人、ジョン・キーツの多用なども相まって、絶賛とまではいかない。

(2016/9/1改訂)

A存在しなかった惑星  アシモフの科学エッセイ10
 The Planet That Wasn't (1976)
I・アシモフハヤカワ文庫科学エッセイ
303頁680円★★★★

 アシモフの科学エッセイは、時に著者の語学的興味からラテン語ギリシャ語への語源の薀蓄に流れる傾向がある。英語圏民でないわたしにはまあどうでもいい話が続いたり、日進月歩の宇宙科学や生化学の方面ではどうしてもネタが古くなりがちだ。
 ただやはり、その語り口の巧みさには恐れ入る。導入部の巧みさで、太刀打ちできる著者は他になかなかいないだろう。エッセイは彼の小説よりも面白いかもしれない。

 今回は、水星の内側に存在すると言われた惑星ヴァルカン【注1】が、一般相対性理論によって葬り去られた顛末を語り、例の誤訳から始まった火星の運河騒動を解説。その軌道と自転から考えて、太陽系一不思議な衛星トリトンを紹介して、コレステロール摂取に対する愉快な話術を展開。さらには魔女裁判UFOを見たという山のような証言に嘆く。
 ちなみによくある質問で、「あなたはUFOを信じますか?」というのがあるが、こりゃまた質問者の間抜け具合がよく判る問いで、UFOとは訳せば未確認飛行物体の意味なので、もちろん数多く存在する。
 ただしそのUFOが宇宙人の乗り物かどうかはまったくの別問題だ。
 もし誰かにUFOを信じるかと訊かれたら、思い切り馬鹿にしてやろう!

 そうそう、アルカリ金属についての話は、「探偵ガリレオ」「爆ぜる」に関係してくる。

【注1】昔のスペオペにはちょいちょい出てきた。

(2016/9/1改訂)

Bネロ・ウルフ対FBI
 The Doorbell Rang (1965)
R・スタウト光文社文庫探偵
276頁514円★★★

 大富豪の未亡人が、FBIが身の回りを執拗に干渉するのをやめさせてほしいとネロ・ウルフのもとを訪れた。報酬は10万ドル。しかしいくら金額が魅力的だろうと、6000人のプロと年間3億円の予算を使う巨大な組織、FBIを敵に回して相手をぎゃふんと言わせるだけのネタを掴み、さらにそれを使って手も足も出ないほど追い詰めるなど、例えネロ・ウルフと言えども狂気の沙汰だ。
 しかし、そう進言した右腕アーチーに対して、ネロ・ウルフはこう言う。「10万ドルの報酬を返しはせんぞ。わたしの自尊心が、返させんのだ。」

 初めて読んだネロ・ウルフ。
 いわゆる本格ものではないし、推理小説ですらない気がするが、小粋なコン・ゲームのようでなかなか楽しかった。ウルフとアーチーの会話を聞いているだけで面白いが、ウルフほど自分に自信がたっぷりあって、かつ有能なスタッフに囲まれているとはめっぽう羨ましい。

(2016/9/1改訂)

C天空の遺産
 Cetaganda (1995)
L・M・ビジョルド講談社文庫SF
430頁900円★★★★

 セタガンダの皇太后が逝去し、バラヤーからは摂政アラールの息子であるヴォルコシガン家のマイルズと、ヴォルパトリル家のイワンが代表として派遣されることになった。くれぐれも問題を起こさないように釘を刺されたマイルズだったが、エータ・セタに到着早々闖入者との立ち回り、その挙句に風変わりの棒――イワン曰く、オナこけしかも――を手にすることに。機密保安庁へのちょっとした土産のつもりだったが、これがセタガンダの皇族をも揺るがす、つまりは銀河の勢力地図にも影響を与えかねない大陰謀に巻き込まれることになろうとは…。

 バラヤーにとってのセタガンダとは、惑星連邦にとってのロミュランか、ベイジョーにとってのカーデシアかってなもので、休戦中とは言え敵国の皇太后の国葬に、なぜに二十歳過ぎの若造二人を選んだのかはよく判らないが、「無限の境界」後の久しぶりのマイルズだ。
 長い間鎖国状態にあった軍人貴族国家バラヤーにしてからが、多分に日本の武士貴族社会を意識したような設定だが、今回のセタガンダ社会の構造は、通常の対外に接する貴族がゲム卿と呼ばれるのに対し、さらにその上位のホート卿と呼ばれる階級が登場する。このゲムとホートの関係が、まるで武士と公家の関係のようで面白い。バーと呼ばれる性別不詳の従者階級も出てくるが、これは宦官といったところか。んっ、これはチャイナだ。【注2】
 実際のとこ著者は本書を執筆当時、訳者のところへ平安時代の資料を依頼してきたらしい。

 本書でセタガンダの中央に顔を売ったマイルズだが、以後続巻でおいおい役に立つのだろう。【注3】

 前回Barrayar「バラヤー内乱」という邦訳になっていたのに対し、今回Cetaganda「天空の遺産」に。謎に包まれたホートの女性たちがたむろする後宮<天空庭園>に因んでの邦題だが、なぜ素直に「バラヤー」「セタガンダ」としておかないのか。昨今の洋画の邦訳のように、なんでもかんでもカタカナ表記にするのはバカだが、固有名詞はいいだろう。わざわざ邦題をつけるのならば、もっと印象の強い生をつけなければならない。「天空の遺産」では普通は食指が動かないよな。
 いずれ邦訳が控えとる「コマール」なんかも、しょーもない邦訳になるのだろう・・・。【注4】

【注2】古代から中世にかけて、日本はチャイナから多くの技術や思想を輸入したが、宦官や纏足などという邪道なものは、きちんと弁別して導入しなかった。

【注3】今のところそうでもないですな。エカテリンのマイルズへの印象にさらに箔がついたくらい…。

【注4】見事にそうなりました…。

(2016/9/1改訂)

D不実な美女か 貞淑な醜女か (1994)
米原万里ハヤカワ文庫エッセイ
315頁514円★★★

 いかにも毒のありそうな題名だが、これは通訳、特に同時通訳の世界【注5】で、センテンスや単語をどこまで発言者に忠実に訳すか、そしてより良いコミュニケーションの成立を図るためにどこまで意訳するかという、同時通訳者のテクニックに対する比喩である。  重要な会議や会合の成否が、同時通訳者の匙加減一つでどれほど左右されるものか、普段窺い知れない仕事の内幕が解って興味深い。

 興味深いのではあるが、「魔女の1ダース」「ロシアは今日も荒れ模様」といった、お下劣ネタとカルチャーギャップに満ちたエッセイを期待すると、ちょっと外されてしまう。

【注5】極端な時間制限のもとに対応せねばならない。

(2016/9/1改訂)

E色鉛筆で雑貨を描こう! (2004)
稲月ちほエムディエヌコーポレーションイラスト薀蓄
95頁1800円★★★

 店頭で見かけて、つい買ってしまった。
 とにかく題名のとおり、そこら辺に転がってる雑貨を描いている。
 わたしなどは、なんでもすぐに飽きがきて、とても完成まで漕ぎ着けないが、ここまで完成させる才能があると、どんなしょーもない画材でも、ものすごく味わいが出る。これは写真ではとても無理だ。

 テクニックの記載の中には、結構わたしが我流で描いた時にも気づいたような基本的な点が多々あって、それは嬉しい。  だが、やはりプロはすごいなと思うのは、質感の表現だ。  ひかりものはまだ特徴があって、多少描きやすいとは思うのだけど、色鉛筆で艶のないプラスチックと布の質感を変化させ得るものだと感心する。  特にもあもあしたぬいぐるみや、たわしのとげとげには脱帽である。奥が深い。

(2016/9/1改訂)

F遺伝子の使命
 Ethan of Athos (1986)
L・M・ビジョルド創元SF文庫SF
335頁760円★★★

 惑星アトスは<礎の父祖たち>の教えを守り、人工子宮を使って男の赤ん坊だけを誕生させる男だけの星。現在アトスでは、建国当時から使用されてきた卵子培養基が次々と機能不全に陥り、人口委員会は新たな卵巣をジャクソン統一惑星から買い付けた。ところが届いた冷凍容器に入っていたのは、すべて死んだ組織サンプル。まんまと嵌められた責任はさておき、至急代替の卵巣を手配しなければならない。人口委員会と生殖センターは、若い生殖生物学部長イーサンを外の世界に買い付けに送り出すことに決定する。
 こうしてイーサンは、恐るべき“女”が溢れる外宇宙への初めての旅に出ることになったが、到着したステーションで、彼が最初に喋ることになった歩く人工子宮は、傭兵のエリ・クイン中佐で・・・。

 マイルズの右腕として活躍することになるクイン中佐が、気の良い世間知らずのイーザン・アークハート博士を巻き込んで、セタガンダの諜報員たちとの陰謀戦を繰り広げるスピン・オフ。
 他のシリーズ本編と比べると若干物足りない気もするが、活劇SFとしては十分な佳作だろう。
 アトスは惑星の住人全てがホモだから、よくよく考えると正直な処かなり気持ち悪いのだが、あまりそういう風に追い込まれることもなしに読めた。
 結末は中途で十分予想できるが、それでもにんまりとできる。

 わたしの考えでは、男女同権とは言っても、生物学的に巌然とした差があるのだから当然得手不得手はあって、その分役割分担はあって当然だと思う【注6】が、本当の意味で男女同権を実現させるのならば、生殖に関する受精から誕生までのすべての段階を人工子宮で行うというのがある意味公正ではある。もう忘れたけれど、月イチのものも排除できてるのだったか?

 しかし「遺伝子の使命」ってのもひどい題名だ。
 もっとも本書に限っては、原題の「アトスのイーサン」にもへなってしまうが・・・。

【注6】ハンディキャップを理解したうえでその道に進む事に対しては、門戸が開いているべきではある。

(2016/9/1改訂)

トップ頁に戻る “本”の目次に戻る 2004年 2月に戻る 2004年 4月に進む