| 2004年 9月 | |||
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| @ | 人魚とビスケット Sea-wyf and Biscuit | ![]() | |||
| J・M・スコット | 創元推理文庫 | 冒険 | |||
| 279頁 | 620円 | ★★ | |||
| 1951年の3月から5月の間、英<デイリー・テレグラフ>誌の個人広告欄で、ビスケットとブルドッグ、そして人魚と終始あだ名でやりとりされた奇妙な問答は、英国民を大いに賑わした。作家の「わたし」は、事の真相を掴んで作品に結び付けようと、彼らとアポイントを取ることを画策し失敗したが、数年の後、偶然からスクライブ(書記)として、彼らの過酷な漂流譚を記録する役割を得る・・・。 漂流譚をサンドイッチした異色の古典ミステリとして紹介されることが多いが、どうしたことかただの漂流譚ではないか。 <ネタばれ反転>NO.4の手紙がああやって届くというのが、どうにもピンとこない。 オチもそうパンチが効いてるとは言えないし、感想は有色人種が普通に差別されとるなあといったところだ。 (2012/11/10改訂) | |||||
| A | 深夜プラス1 Midnight Plus One (1965) | ![]() | |||
| G・ライアル | ハヤカワ文庫 | 冒険 | |||
| 374頁 | 641円 | ★★★★ | |||
| ビジネス・エージェントとして、パリのファッションショーにいたルイス・ケインを、レジスタンス時代の仲間で今は弁護士のメルランが訪ねてきた。マガンハルトという金持ちを期日までにリヒテンシュタインまで送り届けてほしいという。腕のいいガンマンを護衛にというケインの要求で雇われたロヴェルとチームを組み、ケインはシトロエンを駆ってリヒテンシュタインへ向かう。一方マガンハルトの到着を喜ばない誰かは、その阻止に別のガンマンを差し向けた・・・。 ハヤカワ文庫の「冒険小説ハンドブック」を拠り所にして、その中で評判の高い作品は、本屋で見かけると、買っては在庫にしてたまに読むということをしている。 しかし「パンドラ抹殺文書」は駄作だし、「女王陛下のユリシーズ号」に爽快感はない。「鷲は舞い降りた」は面白いが、「冒険小説ハンドブック」での評価のように第1位ということになると、んっ、この上はないのか!?という思いで、冒険小説の分野では、わたしの嗜好と世間の評価のずれが大きいことが気になっていた。 その中では本書は評判どおり、適度に渇いた裏の世界でテンポのいいストーリーなので満足だ。敵さんはヨーロッパ一のスナイパーたちを用意しながら意外にあっさり処理されすぎではないかという気もするが、敵役にもその生い立ちからなにやらたっぷりと頁を割いて、二倍くらいの分厚さになってしまうような本も最近ではめずらしくないことを思うと、かえって本書のバランスのほうが、準備と警戒は周到に、勝負は一瞬にというプロ同士のシビアな勝負が、却って醸し出される。 同じ作者の「もっとも危険なゲーム」もなかなか面白かったが、やはり本書のほうが上か。 (2012/11/10改訂) | |||||
| D | 危機をよぶ赤い太陽 キャプテン・フューチャー18 Red Sun of Danger (1945) | ![]() ![]() | |||
| E・ハミルトン | ハヤカワ文庫 | SF | |||
| 266頁 | 340円 | ― | |||
| フューチャーメンがもたらした振動駆動システムにより、人類が太陽系外にも足を伸ばすようになって10年。アルカー星系の惑星ルウは、人の寿命を大幅に伸ばす超ビタミン剤ヴイトロン供給の9割を握っていた。そのルウでは原住民の叛乱の気配があり緊迫した情勢となっていたが、どうやらヴイトロン独占の陰謀の一環として、叛乱を煽動している一味があるらしい。キャプテン・フューチャーはならず者に変装して、他のフューチャーメンに先んじてルウへ向かうが・・・。 なんといっても本作の特徴は、フューチャーメンが始めて太陽系を飛び出した「輝く星々のかなたへ!」から12年経っているという時代設定だ。最早カーティスも青年ではないし、考えてみればジョオンも小娘どころかめっきり年増になって、エズラ・ガーニーから同情される始末である。(もちろんヴイトロンのおかげで見かけは若いまんまということだが・・・) とにかくこの設定でもって、敵の殺し屋カ・サアアルとのちょっとしたイイ話が出てくる。 昔初めて読んだ時には、そのあたりの雰囲気の違いに多少落ち着かないものを感じたような気がするのだが、この歳になって読み直すと、あいかわらず他文化と接する態度の傲慢さ(あるいは鈍感さ)のほうが気になる。終戦の年に出版された本なので、すでに植民地はぶんどり勝ちの時代ではなくなっている筈だが、開拓者の側から描いた西部劇は書けても、インディアン(という言葉も最近ではあまり使われないが)の側からの目線を想像する土壌はできていなかったということか。 まあなんだかんだ暗いようなことを書いておるが、フューチャーメンはあいかわらず元気だ。 「〜のやつァ死にました。あわてて、すこし強くぶン撲りすぎたンですな」 「馬鹿めが!」 カーティスがきめつけた。 「ますます問題をこンがらがしおって! ところで〜」 それともうひとつ。ちょい役だけど、移民船でルウにやってくる地球人の若夫婦の旦那の名前がジョン・ゴードンであることは、ハミルトン・ファンならば押さえておく必要がある。もちろん「天界の王(スターキング)」の主人公の名前だ。出版されたのはこちらのほうが数年早いようだが・・・。 (2012/11/10改訂) | |||||
| H | ファウンデーションへの序曲 上下 銀河帝国興亡史6 Prelude to Foundation (1988) | ![]() ![]() | |||
| I・アシモフ | ハヤカワ文庫 | SF | |||
| 369頁/351頁 | 680円/680円 | ★★★ | |||
| 若き数学者のハリ・セルダンは、帝国主星のトランターで開かれた数学者大会で、ある出発点を指定して、その後の混沌をしかるべく抑制できる仮説を立てることができれば、計算可能な幅の確率で未来を予測することは可能だという証明をした。これは未来を予言できるのとは遥かな隔たりがあるが、いかんせん権力の維持、堅牢化を図るトランター皇帝や、権力の拡大を求める他の者たちの興味の対象となってしまう。故郷へ帰るつもりだったセルダンは、知り合った男ヒューミンの巧みな説得の末に、人工構造物が陸地をすっぽり覆う人口400億のトランター中を移動しながら、心理歴史学の実用化のための取っ掛かりを探ろうとする・・・。 一連の新たなファウンデーションものと「ロボットと帝国」が長らく在庫されていたので、間の時代に位置することになったアシモフの古典読み直しも含めて、時系列に読んでいこうという自分企画を立てた。 それはいいが、はじめてみると、唖然としたことに「暗黒星雲のかなたに」は持ってないわ(しかも売ってない)、二、三の短編は読んでないわとだだ漏れ状態なのだが、兎にも角にも漸くファウンデーションの名を冠する本書まで到達することができた。 銀河暦827年の事件である「宇宙の小石」より遥か未来、銀河暦12020年後が舞台の本書では、地球やオーロラは同じように伝説のかなたで、単語は残っていても実在したとは信じられておらず、人類が単一の惑星で発生したという学説すら、極めて少数派という有様だからすごい。 ちなみに銀河暦12020年のこの時代には、銀河に2500万の人類が住む世界があり、総人口は1000兆とのことだが、実は銀河暦827年当時には人類の住む惑星は2億で総人口は50万兆(500京ですな)だから、居住惑星は8分の一、総人口は500分の一に減ってしまっている。 アシモフ作品は多かれ少なかれ、ミステリ的なオチがつきものだが、本作も二段オチだ。一段目は予想できたのだが、セルダンが神がかり的に推察する二段目は、迂闊にもまるで想像できなかった。そんな無茶なと思わんでもないが、ここは素直に、シリーズが確たるものだと証明されたとして喜んでおくべきか。 (2012/11/10改訂) | |||||
| I | 姑獲鳥の夏 | ![]() | |||
| 京極夏彦 | 講談社文庫 | 推理 | |||
| 621頁 | 800円 | ★★★★ | |||
| 雑司が谷の久遠寺病院には、娘婿が密室から消え失せて以来、身重の妻が一年半も妊娠し続けているという異様な噂が立っていた。しかも短い新婚の期間に、新生児の死と絡んで三件の訴訟があったらしいとの話まである。この話に興味を持った作家の関口巽は、古本屋の友人、京極堂のアドバイスでこれまた友人の探偵榎木津の事務所を訪れるが、そこで偶然にも、仕事を依頼しに来た久遠寺家の長女涼子と出会う。関口は探偵助手の名目で、これまでなぜか避けていた雑司が谷へと向かうが・・・。 サイズの違う新書版の置き場所に困って処分しようとしているのだが、その代わりに文庫版を購入してしまった。やめとけやめとけという天の声は始終聞こえていたのにこの始末。因果な癖である。 実は最初に読んだときには然程に面白いとは思わなかったのだが、今回はこの手のミステリへの慣れ(そして榎木津への慣れ)もあるのか、余裕を持って面白く読むことができた。 しかしもちろん榎木津の能力を説明するあたりはヨタ300%(あんな説明はまさに自分をどう納得させるかという話であって、あんな納得で“この世に不思議なものなどなにもない”などと嘯いておれるというのがよく解らない。口上もテクニックのうちではあるが、脳と心が別でその境が意識だ云々とか、久遠寺病院の温度状況であるとか、どうにも納得できない強引な説明が多い。関口までが○○を○○できなかった理由も今ひとつわからない。関口の心の壁を作っているものは、姑獲鳥の呪いとは別だと思うのだが・・・。 ま、それを含めても、よく話を作っとるなと感心した。 (2012/11/10改訂) | |||||
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