2004年10月
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@魍魎の匣 (1995)
京極夏彦講談社文庫推理
1048頁971円★★★★

 列車飛び込み事故で瀕死の重態となった加菜子。彼女は姉の元映画女優柚木陽子の指示で、美馬坂近代医学研究所という妖しげな病院へと移される。どうやら加奈子の生死に対して巨額の遺産が絡むらしいが、柚木陽子には加奈子を誘拐するという予告状が届き、警察が警護を始める。しかし管轄外ながら関わりを持ってしまった警視庁の木場や、弁護士の増岡たち関係者面々の前で加奈子は姿を消してしまう。
 一方、関口やカストリ雑誌編集者の鳥口は、武蔵野バラバラ殺人事件や新興宗教“御筥様”と関わり・・・。

 『ハーメルンに哭く笛』にも書いたが、軍事機密というキーワードを使えばどのようなトンデモでもOK。
 わたしの直接的な体験では、『超神機メタルダー』の設定に驚いた記憶があるが、想像するに、東映の『海底軍艦』からの流れだろうか。ただしあの映画の原作は押川春浪の小説で1900年の作品だから、過去のオーバーテクノロジーという訳じゃなかった…。

 ともあれ謎の作り方といい、時に京極堂が自分だけが知りえる情報を偶偶(←たまたまと読むらしい)持っていたりと、いわゆる本格推理小説としてはかなり邪道だと思うが、そんな事は吹き飛ばす薀蓄量と騙りを持っているのがこのシリーズ。
 京極堂が「情報をただ伝達するだけでは憑き物は落ちない。伝達の順番が大事」とのたまうが、読者を謎に引き込むために、因と果が入り混じった事件の断片を場面や時間をずらして開示する著者の巧みな呪いには恐れ入る。

 また、脳の認識が事件の謎となるので、必然的に宗教が絡むことが多いのもこのシリーズの特色だが、本書から始まった。
 かなり荒っぽいと説明だとは思うが、奇跡を扱う宗教者と霊能者、占い師、超能力者の分類は、知っておくほうがいいだろう。

 それにしても、美馬坂教授の恐るべき研究が一連の事件を引き起こし、多くの悲劇となった。読んだ後もその毒が抜けきらない読者も多かろうと思うが、そんな人にはこのシリーズを。
 お気楽にこの研究の完成形を見ることのできるぞ。なんと合本版も進行中。

(2016/10/12改訂)

A新選組事典 (1999)
鈴木亨 編中公文庫歴史薀蓄
486頁1048円★★★

 新選組関連の人物や場所、事件が、50音順に事典形式で並んでいる。
 9人の執筆陣が分担しているので、項目によって濃淡があったり、やや講談的な紹介で出典が不明確なトピックがあるが、ある程度新選組の基礎知識を持ったうえで読む分には、知識の幅を広げるのに良いだろう。

 逆に言えば、時系列に並んでいないので、全体の流れを知っていないと通読する気力は出難いかもしれない。
 悲しいかな、わたしも読了するのに二年近くかかった。

(2016/10/12改訂)

B機神兵団GHI (1993〜1994)
山田正紀ハルキ文庫伝奇活劇
225頁/225頁/221頁660円/640円/660円★★★

 関東軍顧問の工藤は、得体の知れない中国人柴火からゴビの真ん中で起きた異変の情報を入手した。機神兵団がルッチェランドの激戦で壊滅して二年、ゴビで発見されたドイツ最新鋭機から、風神のパイロット真澄公彦が発見されたと言う。中央参謀本部は、大連の星ヶ浦にあるアメリカ領事館に軟禁されたらしい、公彦を救出する作戦を開始する・・・(8巻)

 敦煌莫高窟で榊大作を見たという道昌亥と大作の姉真貴子を連れて、真澄公彦は現地へと旅立つ。一足先に異変に溢れた莫高窟で再開した大作と白蘭花は、簡易型モジュールの開発に成功。さらなる力を手に入れんがため、敦煌の謎を狙うアメリカ軍から逃れるために、迷路と化した莫高窟内を逃げるが・・・(9巻)

 奇跡的に起動した竜神と雷神は、アメリカが開発した量産型機神群に苦戦する。一方公彦たちは不時着したUFOが変形したゴーレムや、突如出現して彼らを見守るエイリアンたちに囲まれ、さらには柴火率いる八路軍にも狙われ絶体絶命の危機に。
 敦煌莫高窟に甦った機神の意味は・・・(10巻)

 いやあ、やってくれたわ、山田正紀。
 『崑崙遊撃隊』のぶっとびぶりから察して、このシリーズのエンディングにも大いなる不安を抱えていたが、わたしの不安はやはり杞憂ではなかった…。

 そのぶっとびぶりには、ただただ<恐れ戦くばかり。
 “現代”で始まる10巻のプロローグなどには、なかなか期待させるものだから・・・。
 うーん、彼にわずかでも着地を期待したのが馬鹿だった。
 いや、天晴れです。

(2016/10/12改訂)

C逆説の日本史2 古代怨霊編
井沢元彦小学館文庫歴史薀蓄
520頁657円★★★★

 現時点で、わたしは本シリーズを五巻まで読んだだけだが、今のところ最もインパクトが強かったのが本巻だ。  初読時の衝撃は相当なもので、井沢理論に完全に丸めこまれないようにとブレーキをかけながら読んでいる今回の再読でも、面白くて一気に読めてしまう。

 「聖徳太子編」で展開される、徳の字追贈ルールには驚いた。
 太子以降の孝徳称徳文徳崇徳安徳順徳の六天皇のそれぞれの死の状況も興味深いが、聖徳太子の不審な死から始まった“ルール”が、順徳で終わりになっている理由を説明しているところがすごい。

 「天智天皇編」では、壬申の乱、そして天智と天武の関係という“常識”が音を起てて崩れ落ちるカタストロフィーを味わうことができる。

天武と天智は片親だけが共通で実は天武のほうが年上。
真っ当に大津宮の床で死んだなど真っ赤な嘘。
天智は山科で天武に殺された。

等々が提示される。
 まさに奇説(逆説?)なのだが、

天智の(もがり=本埋葬までの期間)が短い。
『日本書紀』では天武の事跡に、全三十巻のうち二巻を充てていながら没年齢が判らない。
壬申の乱を境として、対外(朝鮮/中国)政策が劇的に変化。
壬申の乱で中立を保った(だけの)栗隈王に過剰な追贈があった(らしい)理由。
『万葉集』に書かれた后の歌。

 さらに、『扶桑略記』の記述や天智と天武の諡号の考証、その他にも様々な傍証を挙げられると、どんどん信じさせられてしまう。
 よもやこの推理がすべて正しいということはないと思うが、天武系列の官製歴史書『日本書紀』の記述が全くの真相ということはありえないだろう。少なくとも歴史ロマンとしては最高に面白い。

 ここまでが本書のメインで、三分の二以上が割かれているが、続く「天武天皇と持統女帝編」でも、正史に書かれた日本神話と実際の皇位継承の対比など、これは結構メジャーでもあるが、初めて読むならば驚くこと受け合いだ。
 「平城京と奈良の大仏編」では、例の長屋王の呪いを考えると、奈良の大仏奇麗事で作られたのではないのだなと納得させられる。

 この当時は奈良盆地の一隅に住まっていたので、平城京(=天武王朝)時代が桓武以降は天皇家に無視されていたという事に仰天した。

 ネットをつらつら見ていると、やはり本書に対する反論はあったが、2016年現在すでにページは消えていた。

 代りになるのはないかと一瞬さがしてみたが、エリアの違うこんなのしか引っかからなかった。
 『忠臣蔵会館』というサイトを運営している有政一昭という方の文章らしいが、どうも人格攻撃に流れているようで、あまり良い反論ではない。いわゆる左翼的な批判のやりかたという印象。TVで見かけなくなったなんて、マスコミのリテラシーの低さがばれた昨今では、栄誉ではないだろうか。
 徹底批判ということで、吉良討ち入りに関する井沢論への不満を、松島栄一という学者との対談をひいて長々と書いている。
 わたしには、個々の意見の正誤を判定する能力はないが、おそらく個々のあれやこれやで井沢元彦のミスは多々あろうと思う。忠臣蔵を長年研究してきた学者と、そのことをテーマに対談して、細かい事をあげつらいだすと、いくらでも間違いは出てくるだろう。
 だが『逆説の日本史』の価値は、通史として、全体の流れで日本人を分析するところにあって、そこを評価しなければならないと思う。
 だから限られた範囲で研究している学者との対談では、局所での議論の不毛さを解っている井沢元彦は軽く受けているのだろう。
 そこに気付けない管理者の視野は狭い。
 まぁ学者はアホだと広言する井沢元彦が気に喰わないのはよくわかるけどね。

(2016/10/12改訂)

Dみぶろ (2004)
奈良谷隆ベスト時代文庫時代
242頁571円★★★

 元冶元年、京都で食いあぶれた旅芸人の珍平と朝太は、行きがかりで新選組に入隊することになった。元芸人の才も出しながら新選組でも可愛がられる二人だが、まったく笑わない土方歳三には閉口する。・・・「笑わぬ男」

 明治十五年、江戸改め東京に舞い戻った珍平は、西郷四郎という少年とそのジュードーの師匠加納治五郎と知り合った。朝太や斎藤一にもばったり再会した珍平は、昔話に花を咲かせながらも、温厚で無頼な輩の股くぐりまでしてしまう加納治五郎を、一度怒らせてみようと不届きにも考えるが・・・「怒らぬ男」

 明治二十二年、またも東京に舞い戻った珍平と朝太は、行き倒れの若者、夏目金之助を助ける。聞けば彼は兄嫁への為さぬ恋に苦しんでいたのだが・・・「泣かぬ男」

 著者の好きな歴史上の人物を繋げてみたいという構想で書かれた文庫書き下ろし。
 もとより主役二人はその狂言回しで、軽いタッチのユーモア時代劇だが、二人の思い通りにいかない人生にペーソスを感じたりもして、薄くて軽い本ながら、二人にがんばれよと声をかけたくなるという絶妙なバランスが見事。

(2016/10/12改訂)

E図解雑学 こんなに面白い民俗学 (2004)
八木透・政岡伸洋 編ハヤカワ文庫民俗薀蓄
278頁1400円★★★

 もちろんフォークロアへの興味で手に取ったのだが、ミンゾクガクと聞いてすぐに民俗学が出てきたかどうか正直自身がない。うっかり民族学だと思い浮かべてしまったのではないかと思うのは、冒頭でツッコミを入れられたからである。
 世界の他の民族と日本民族を比較する民族学は、はっきり民俗学とは別で、文化人類学のことである。

 ところが近年では、民俗学が時にナショナリズムの権威づけに利用されてきた背景があるらしく、その反省から、民俗学も海の向こうへ目を向けるようになってきたらしい。ということは、民俗学と民族学の境界は徐々にあやふやになってきており、将来さらに垣根はなくなる方向にあるようだ。
 ・・・その反省はむしろ害の方が大きいと思う。

 最初と最後に書かれているのは大体こういった内容だったが、果たしてその間の本編に何が書かれているのかと言えば、日本の慣習に関する雑学といった感じで、残念ながら、“こんなに面白い”と言うほどには面白くなかった。

(2016/10/12改訂)

F3000年の密室 (1998)
柄刀一光文社文庫推理
408頁629円★★★

 3000年前の縄文人と推定されるミイラが発見された。サイモンと名づけられたそのミイラは、縄文時代の多くの謎を解明する手がかりとなるに違いない。考古学界は俄然色めき立ち、ミイラは長野歴史人類学研究所に運ばれる。
 同研究所の研究員真理子は、アシスタントとしてサイモンの解剖に立ち会いながら、別の謎にも魅せられていた。サイモンは何者かに殺されたらしいのだが、彼が発見された洞窟は内側から塞がれていた。彼を殺した犯人はどこから外に出たというのか。
 一方、サイモンの発見者である館川が行方不明になるという事件が起こり・・・。

 縄文文化と考古学的アプローチの薀蓄が七割、サイモン密室殺人の謎が二割、館川行方不明事件が一割くらいの興味比率で読んだ。その意味で十分面白い。
 途中で飽きるようなことはないが、せっかく女性の一人称なのに、まるで華やかさがないのが難点か。文体をやわらかくさせる目的なのか、やたらに“〜けれど”を頻出させることが気になった。
 サイモン・フィーバーで忙しい忙しいと真理子は言うが、帰宅してからじいちゃんの居酒屋の手伝いまでできる余裕のある人間が、なにを言ってる。

 もっとも大きな謎は、縄文時代のミイラにサイモンなんて名付ける感性じゃないのかな。

(2016/10/12改訂)

G図解推理 迷宮の日本史 (2003)
歴史の謎研究会 編青春出版社歴史薀蓄
95頁1000円★★

 初心者向けの歴史トピック本。
 “決定版!”などと風呂敷を広げるが、この手の本で決定されることなどなにもないことは承知。せいぜいこんな説もありますよくらいなものだ。

 多少興味を惹かれたのは、乙巳の変(いわゆる大化の改新のクーデター)の黒幕が軽皇子(孝徳天皇)だ!?という箇所だったが、こういった解釈もできるという程度で、説得力もあまりない。

 という訳で、こういった本を買うのはやめようと堅く心に誓うわたしだった・・・。

 もちろん初心者には、本書を手に取って、歴史に大いに興味を持ってもらいたい。

(2016/10/12改訂)

H街道をゆく10
羽州街道、佐渡のみち (1976.10〜1977.4)
司馬遼太郎/TD>朝日文庫紀行/歴史薀蓄
227頁440円★★★

 これまで仕事で10回程度は米沢へ出張したことがあるが、現地での足がない事と時間の余裕がない事で、未だに米沢城にも行ったことがない(2004年当時)し、町並みも晩飯を食いにでかける狭い範囲しか知らない。
 しかし他に東北と呼べる土地を知らない(2004年当時)ので、わたしにとっての東北は、――東北を代表するには南に過ぎるが――、米沢駅前の歩ける範囲と出張先の工場の中だけだ。そのあまりに限定された体験から述べると、えらくさびしげな町という印象だ。

 上杉家の領地が、会津120万石→米沢30万石→米沢15万石と石高が減るに従って、藩経営はどんどん厳しく――なんでも52万石の福岡黒田家と同じくらいの家臣数だったらしい――なってしまい、質素倹約に努めるあまり町並みの華美さなどは望むべくもなかったという。

 もう一遍の佐渡のほうは、歴史的に見れば金山として有名。
 その最盛期と大久保長安についても触れられているが、むしろ中期や末期の代官や官僚についての挿話が興味深い。

(2016/10/12改訂)

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