2006年 8月
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@黒祠の島
小野不由美祥伝社文庫推理
472頁657円★★★★
 消えた友人のルポ作家葛木志保の行方を捜すため、式部は九州にある小さな島、夜叉ヶ島にたどり着いた。ところが島と本土を結ぶ港の本土側では、志保ともう一人の女性が島へ渡ったという目撃証言があるものの、島側の人間は、口を揃えてそんな旅行客は見たことがないと言う。式部は島民の冷たい対応の中で訊き込みを続け、過ぐる嵐の夜、体中をめった刺しにされて顔を焼かれた全裸死体が、逆さ磔にされていたことを訊き出すが・・・。

 題名や裏表紙の紹介からは邪悪なホラーを感じるが、意外に真っ当な推理小説であった。しかし推理小説としても十分な出来だが、印象に残るのはやはり夜叉島の因習だ。完全な異空間というのでなく、少しだけ日常空間の常識がずれているという設定がさすがである。
 ハードボイルドなどに見られるように、探偵の個性を透明にして――助手が評するようにねちっこくはあるが――いるのも、島の個性をくっきりとさせるのに効果をあげている。
 ただし、ついでに犯人まで<ネタばれ反転>透明になってしまってるのは物足りない。大の男が馬頭鬼にまんまと拘束された経緯も判らないし、やや後半を急ぎすぎたきらいがある。

 いずれにせよ、坂東眞砂子「死国」「狗神」みたいに暴走していかなくて本当に良かった。

(2012/10/9改訂)
Aコンスタンティノープルの陥落
塩野七生新潮文庫歴史
252頁438円★★★
 1453年の東ローマ帝国滅亡は世界史上のビッグ・イベントだが、当時コンスタンチノープル陥落の現場にいて、なんらかの目撃証言を後世に残した人たちが何人もいる。
 本書はそれ等の同時代資料を基にして、小説仕立てとした作品だ。第二章では「現場証人たち」として、彼らが紹介されていくのが興味をそそる。

 しかし歴史小説として面白いかと問われると、栄枯盛衰の無常感は感じることができるが、もう一つ心に踊るものや臨場感がないのが残念だ。同じ資料で司馬遼太郎が書けば、随分と面白くなるのだろうが・・・。

 オスマントルコによるコンスタンチノープル陥落と聞けば、つい東のほうから怒濤のように押し寄せたようなイメージを抱いてしまうのだが、1453年当時、すでに城壁と海に守られたコンスタンチノープルだけを残して、周囲はすでにオスマントルコの領土になっていた。メフメト二世に率いられた攻撃軍は、実は西北西にあるアドリアーノポリ(現在のトルコ国境近くにあるエディルネ)から押寄せてきたらしい。もちろん南はボスポラス海峡マルマラ海、東は金角湾じゃから、騎馬民族たるトルコの軍勢がここを攻めようとすれば、こうするのが自然なのだろう。
 オスマントルコは鉄鎖で封鎖された金角湾内に自軍の船を入れるために、艦隊を夜のうちに陸上を丘越え――今で言うイスタンブル新市街側だ――させて封鎖を破った。ずばりこれがコンスタンチノープル陥落の決め手だと、陳舜臣の本を読んで理解していたのだが、本書では東ローマ側の籠城軍に圧力を強めただけのようだ。
 あくまで鉄壁な三重城壁を力押しで崩したことと、西側キリスト教国からの援軍がなかったこと(ヴェネツィアのみは援軍の船を出したが間に合わなかった)が陥落の原因らしい。

 このテオドシウス城壁の崩壊は、籠城軍が門を閉め忘れたことが原因だと言う伝説があって、陳舜臣の本でも紹介されていたが、本書では取り上げられていない。
 この伝説に関しては、イスタンブルを観光した際に、現地ガイドのフリエさんに鼻であしらわれたが、やはり眉唾だろうか。

(2012/10/9改訂)
B柳生十兵衛武芸録1 加藤清正の亡霊
鳥羽亮幻冬舎文庫時代
296頁648円★★
 加藤清正の亡霊に柳生一門が幾人も斬殺された。参勤交代が制度化され、徳川幕府の権力がいよいよ安定を迎えた1635年、未だに幕府転覆を企み、挑発する不逞の輩が江戸の町で蠢動していた。父宗矩の命を受けた十兵衛は、裏柳生を率いて捜査を開始する・・・。

 柳生十兵衛を主役に据えた時代小説で、剣の道を究める求道小説の態を取らない場合、体制側の諜報・警察組織のエースとして形作るのは、方向性としては良いと思うが、警察小説としては重厚さに欠けるのが残念。なまじ柳生十兵衛が知らぬ者ない剣豪なだけに、剣戟シーンの緊張感もないし・・・。どうせちゃんばらと開き直った場合、もっとハッタリ効かせた話にするほうが面白いのだが。著者は津本陽ばりのリアルな剣理が特徴だからなぁ。
 しかし宗矩にも剣の見せ場があったのは、個人的には良しだ。

 ネーム・バリューで他を圧する、柳生十兵衛の相手役を用意するのはたいそう難しい。いっそのこと地域、年代を越えて十兵衛以上の知名度を誇る剣豪をぶつける(「魔界転生」)か、十兵衛自身は直接手を下さないという“縛り”を加える(「柳生忍法帖」)か。やはり山田風太郎偉大だ。

(2012/10/9改訂)
CQED 竹取伝説
高田崇史講談社文庫歴史推理
499頁762円★★★★
 奥多摩の鷹群山にある魔のカーブでは、過去数年の間に何人もが命を落とす事故が発生していた。そのうちの何人かは、事故直前にカーブ前方の竹やぶが光り輝いたと証言していた。
 桑原崇と棚旗奈々は、小松崎良平からこの話を聞かされていたが、同じ奥多摩の近い場所で、奈々の上司の外嶋がハイキング中に、竹で突き殺された死体を発見したという・・・。

 シリーズ第六弾。
 松、竹、梅は本来すべて不吉な植物(おいおいまたか!)だというネタで始まる本書では、日本最古の物語「竹取物語」が怨霊鎮魂の装置である(やっぱりか!!)という説明がなされていくが、そこに留まらずに七夕伝説も絡めながら――ここから採ったに違いない棚旗奈々(誕生日は7月7日)という名前には、気恥ずかしいのかほとんど触れず――、なんと<ネタばれ反転>古代〜中世の製鉄文化までが結びついてしまうというすさまじさ。いや面白い。

 個人的には、神話時代に土蜘蛛と呼ばれた被征服民たちが、朱(水銀)の産出場所を知っていた云々という話が興味深かったが、調べてみると蜘蛛という漢字は国字ではなさそうなので、どうも眉唾臭い。

 鷹群山の事件に関しては、まぁ触れまい・・・。)

(2012/10/9改訂)
D大誘拐
天藤真創元推理文庫冒険
444頁840円★★★★
 三度目の刑務所暮らしに懲りて、健次はきっぱり堅気になろうと考えた。だが堅気でやっていくにはやはり金がいる。元手を作るための最後の悪事とばかり、健次は刑務所で知り合った正義と平太の二人を仲間に引き入れて、大富豪の老婦人を誘拐する計画を立てる。そして綿密な計画と事前確認の末、まんまとターゲットの柳川家の老当主、とし子刀自を誘拐することに成功するが、健次が身代金を五千万だと口走った瞬間、温和で協力的だった刀自の態度が一変。「見損のうてもろうたら困るがな。私はそない安うはないわ」

 意表をついて大掛かりな展開。まず悲惨な話にはならんわなと、安心して頁を繰れる。(←これ重要)

 文句なしに面白く読める物語だ。個人的には、多少なりとも土地勘のある紀伊半島が舞台なのも嬉しいところ。

 ただ、これが推理小説かと言うと、首を傾げてしまう。
 犯罪とトリックを扱った話には違いないが、これは映画の「スティング」J・アーチャー「百万ドルをとり返せ!」といったコン・ゲームの類ですな。

(2012/10/10改訂)
E暗闇坂の人喰いの木
島田荘司講談社文庫推理
671頁840円★★★★
 1984年9月の台風一過、横浜のくらやみ坂のてっぺんに地所を持つ藤並家で、長男卓の死体が発見された。地所内には彼等藤並兄妹が住むマンションや潰れた銭湯の他に、彼等の母と義父、義妹が暮らす洋館と、遥かに千年以上昔からこの地に存在し、時に人を喰うと囁かれる不気味な楠が聳えている。発見された卓の死因は心不全とされたため、警察は事件性はないと判断しているが、彼の死体が発見されたのは、洋館の屋根の上、てっぺんに跨った状態。しかも当日はひどい雨だったが普段の格好だったという。御手洗は嬉々として藤並家に乗り込むが…。

 もとより奇想天外なトリックを誇る島田荘司だが、本書は恐るべき島田ファンタジーへと歩み出した最初の一歩かもしれない。「水晶のピラミッド」「アトポス」は若干やり過ぎの気もするので、バランスは本書のほうが良い気がする。御手洗潔の出番も多いし。
 今ではめっきり外国の人と化した御手洗だが、調査費は出ないというのに、無造作にスコットランドへ調査に出かけてしまう行動力に、初読時は驚いたものだ。エコノミーとは言え旅行社の格安ツアーではないのだから、大人二人の往復航空運賃はかなりの額だと思うが・・・。
 この時期、生活費は石岡がすべて稼いでいたのでは?

(2012/10/10改訂)
F歴史を考える
司馬遼太郎対談集文春文庫歴史薀蓄
221頁★★★
 四人の識者との対談集。
 他の著作でもよく使われる言葉だが、原理という言葉がある。世界の国々では東西左右にかかわらず持っていて、しかし日本にはそれがないものだという。
 民族なり国家なりがその血肉として持っている“原理”は、多くの場合、宗教と≒であることが多いが、知っての通り日本人は神式で結婚してクリスマスを祝い、仏式で墓に入ることに疑問を持たない民族である。
 面白いと思ったのは、争いが起こってもある程度までいくと矛をおさめてしまうという“対決の欠如”もまた原理のなさに起因するということ。確かに対決するにはエネルギーが要る。

 これは別に卑下すべきところではなくて、逆に海外に向けて大々的に発信してよい美点でもある。もちろんメリットとともにデメリットはあるのだが、少なくとも宣伝する価値はある。しかしこれまた重大なところだが、こういったことにもそもそも一般的な日本人は気付いていないんだな。

 30年ほど前の対談なので、著者の発言にも左翼擁護の気配があったりするが、国際社会というと、すぐに自分たちを外国に沿わせてしまう舶来好きの日本人が、自分たちのことを客観的に見つめるいい機会を与えてくれるだろう。
 敵を知るにはまずおのれを知らないといけない。

(2012/10/10改訂)
G水晶のピラミッド
島田荘司講談社文庫推理
734頁971円★★★
 ニューオリンズ近郊の小島に聳え立つピラミッド。それはエジプト学者のポール・アレクスンが建造した一大モニュメントだったが、彼は二年前に失踪し、その上部が強化ガラス張りという現代のピラミッドは放置されたままになっていた。
 1986年8月、そのロケーションを利用するために、ハリウッドの映画隊がピラミッド島へ乗り込んできた。一行を誘致したのは、ポールの弟で兵器会社の社長リチャードだが、撮影が始まった嵐の中、ピラミッドの横に建つ塔の7階の密室で、奇怪な死体となって発見される。この捜査で撮影中止に追い込まれた撮影隊は途方にくれるが、撮影再会に漕ぎ着けるために、主演女優レオナ松崎は日本から名探偵を呼ぶと宣言する・・・。

 恐るべし島田ファンタジーの次なる一作。前半200頁を使って、古代エジプトの王子と田舎娘の恋話とタイタニック号沈没話が語られるという長大な前振りが恐ろしくもすばらしい。
 これはこれで面白く、本来歯垢の範疇外ながら、ジェームス・キャメロン「タイタニック」を観るために、劇場まで足を運んだのは、本書を読んでいたからに他ならない。しかし現代の事件とはほぼ何の関係もないというのは…。
 ちなみに事件が御手洗の下に持ち込まれるのは、400頁を過ぎてからだ。

   それにしても、御手洗の洞察力と実行力はどんどん人間離れしていく。しかも自信に満ち溢れたその態度ときたら、完全に神の領域だ。

 石岡はエジプトで軽い閉所恐怖症がどーのこーのと話しているが、エジプト島ではすっかりそのことは忘れているようだ。

(2012/10/10改訂)
H陰悩録 リビドー短編集
筒井康隆角川文庫ナンセンスエロ
354頁552円★★★
 本書を店頭で見たとき、中学生の頃どの短編集だったか、「村井長安」なる凶悪なお下劣話を読んだことを思い出して、ついつい買ってしまった。
 理屈もクソも関係なく、ついでにオチもなく、ただただ下ネタおバカな話が14話。とてものこと各話ごとにコメントする気力は涌かないが、ウッディ・アレンの短編映画を思わせる「欠陥バスの突撃」から始まって、テレポートならぬオナポート能力によるドタバタ「郵性省」等々。

 ナンセンス度合いはそれぞれだが、風呂場で排水溝にきんたまを吸い込まれて身動きできなくなった“ぼく”の悲喜劇、「陰悩録」が、おバカながら妙にリアルで一番楽しかったか。

(2012/10/10改訂)
Iぼくたち、Hを勉強しています
鹿島茂/井上章一朝日文庫男女関係薀蓄対談
204頁460円★★★
 性に纏わる薀蓄というのも楽しい分野なので、こういった本も読みたくなってしまう。もしかして、この井上章一という人は「サイエンスゼロ」にコメンテーターで出てくる人だろうか。

 さて本書、昨今やれセクハラだなんだと風当たりが厳しくなって、会社のPCの壁紙をオネーチャンにすることすら憚られる世知辛い世の中だが、逆に女性もある種の猥談(セクシャルな会話というべきか)を求めていて、その線を突ける男がモテるらしいとかなんとか。
 そのために猥談ならぬ性談のできるオジサンを目指して、どうあるべきかを対談するというのが主旨らしい。

 主旨らしいが、実際の内容はどうかと言えば、結局は古今東西の性行為についての薀蓄披露である。“どうすればモテオジサンになれるか”とは最後までピントがずれているようだ。男はこれからますます中性的に、女はますますフェロモン過多傾向に進むという分析はなかなか興味深いが・・・。
 大体自分達の学生時代を基準にした昔話が多いが、彼等は東大に京大だ。特に自分達の学生時代の話なんかは、とても世代を代表しているとは思えないぞ。

 日本人が当然のように利用しているラブホテル、普通のカップルが性行為に利用できる閉鎖空間というのは、世界的に見ても意外に少ないらしい。今なら車が使えるところだが、マイカーなんぞがなかった時代には、青姦はもちろん、乗り合い馬車なども想像以上に利用されとったらしい。
 と、ホームズの時代を念頭に置きながら、想像してみる・・・。

(2012/10/10改訂)
J死闘・新陰流秘剣 柳生又四郎―美女失踪探索控
名村烈コスミック文庫時代
300頁571円★★★
 徳川吉宗の治世。江戸柳生家へ信州松代、真田家から養子で入った又四郎は、剣の柳生という看板に見合うべく修行中。だが少しでも失態があれば、すぐに廃嫡の憂き目に遭うやもしれぬ不安定な身。そんな中、道場から帰宅中に偶然とは言え人を殺してしまい、はずみで目撃者の娘を犯してしまう。その頃江戸では、美女ばかりが立て続けに三十六名も拐かされる事件が起こっていたが、その容疑者として又四郎の似顔絵が瓦版で出回ってしまう羽目に。この窮状から脱するには、自分の手でこの誘拐事件を解決しなければならぬと、又四郎は剣術仲間の公儀御庭番たちとともに捜査を開始する・・・。

 又四郎が手篭めにしたその少女、あろうことか信州小諸、牧野家の姫君だったのだが、彼女はこの一件でとんでもない淫乱が目覚めて、又四郎とくっ付いてしまうという意外な展開。

 それにしても、
なんだこのまぐわいシーンの多さは。

 期せずしてエロが三冊も続いてしまった。

 後に江戸柳生家第七代柳生俊峯と、牧野家から輿入れしたその妻女という一応は史実上の人物――履歴はあまり残っていないようだが――をヒーロー/ヒロインに設定していながら、この淫乱な媾合連発という暴挙には感服した。時代小説なのかエロ小説なのか判らんくらい、媾合いシーンまた媾合いシーンの連続だ。
 まぁ意表をついた淫乱ヒロインという奇抜な設定に意表をつかれたこともあって好意的に読めた。
 もちろん峰隆一郎の著作のように、どの本を読んでも、人を斬っては女抱いて、女を抱いては人斬っての○○の一つ覚えでは辟易するのだが・・・。
 著者の作品は初読なので他が判らないが、他の著作のヒロインも似たり寄ったりでなく、本編のみのキャラであればなかなか面白い設定だ。

 もちろんエロを好意的に受け止めるには、活劇としての演出や史実のスパイスが十分であることが必須だが、これがなかなか頑張っている。まぁご都合主義にすぎるキライはやはりあるのだが、物語としてもつい先頃読んだ「柳生十兵衛武芸録1 加藤清正の亡霊」よりは上だし、家系の流れもよく調べたものだ。

 ところで、事件も丸く納まってらぶらぶの幕引きというところで、肩をすかすかのように今後の二人の史実が紹介される。
 柳生フリークとしてついでに書いておくと、(又四郎)柳生俊峰は本編で仲の悪い義父、柳生俊平より早く世を去ることになる。
 そして次の八代は松前家からまた養子が入るのだが、俊峰の娘を正室とする。
 芳徳禅寺にある柳生一族の墓地で、形状的に最も目立っている墓石の主は、宮城賢秀「柳生隠密帳」の主人公柳生俊睦で、松前から入ることになる八代柳生俊則の三男にあたるが、彼に俊峰の血が流れているのかは、手元に「柳生隠密帳」もないし不明だ。

(2012/10/10改訂)
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