急性肝炎で入院した神津恭介は、以前盲腸で入院した際の成吉思汗ミステリーの談義を懐かしく思い出し、今回も同様に暇つぶしになる歴史上のミステリーがないかと、友人の松下に問いかけてみた。松下はこれは無茶な御題なのだがと、邪馬台国の所在地論争を持ち出すが…。
日本の三大名探偵のひとり、神津恭介のベッド・ディテクティブ歴史ミステリ第二弾。古代史上最も有名なミステリーがお題である。
邪馬台国所在地へのアプローチは、魏志東夷伝倭人条という唯一の文献史料をあたるか、同時代と認定される考古学上の出土物を検討することになるが、ベッド・ディテクティブの神津恭介はもちろん前者で推理を展開することになる。
この所在地論争においては、主に北九州説(東大派)と畿内説(京大派)に分けられるが、魏の使節が九州に上陸した地点までは、いずれにおいても概ね共通している。對馬國=対馬→一大國=壱岐→末廬國=松浦というところまでだ。語感からしてもたしかにそれっぽく、わたしも疑問に思ったことなどなかったが、神津恭介は使節の上陸地点を大幅に東へずらして、末廬國の所在を<ネタバレ反転>宗像としている。
神津案のポイントは二つあるのだが、そのひとつは地政学を重要視していることだ。これはたしかに考えてしかるべきポイントで、一里の換算を踏まえて、“陸行”がうまく繋がるのがポイントだ。
そして最大のポイントは、魏志倭人伝で距離を示す文章内にときに現れる<ネタバレ反転>“余”という字の解釈である。これによって、邪馬台国の所在地は(本書では)ピタリと決まるのである。なるほど説得力のある意見で、まぁいろんなツッコミは出てくるのかもしれないが、道中の理屈を度外視しても、所在地自体はわたしと同じ意見だったので、とても気に入っている。
推理小説ファン、古代史ファン、いずれもが必読すべき一冊だ。
(2012年12月16日記載) |