2007年 9月
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@秘密機関
 The Secret Adversary (1922)
A・クリスティーハヤカワ文庫冒険
395頁500円★★★★

 第一次大戦を挟んで、久しぶりに街でばったり再会したトミーとタペンスは、軍務と挺身業務から離れて貧乏なものだが意気軒昂。たちまち青年冒険家商会なるものを作ることに。その話に声をかけてきたウィッティットンなる人物のもとに、勇躍タペンスが面接に向かう。だがそこで本名を名乗ることを躊躇した彼女が、以前耳にして頭の中に残っていたジェーン・フィンという偽名を名乗った途端、ウィッティットン氏は顔色を変え・・・。

 著者が創造したキャラクターと言えば、第一にエルキュール・ポアロ、第二にミス・マープル。それぞれに魅力的だが、わたしが最も好きなのはこの名コンビ、トミー&タペンスである。
 クリスティーは生涯に五冊のT&Tものを発表していて、最終作の「運命の裏木戸」では70歳を越えた彼らも、初登場の本書では若々しい20歳過ぎだ。クリスティーやセイヤーズの本を読むといつも思うが、時代を感じさせない会話のやりとりが魅力的である。タペンスがいつ携帯電話を取り出しても違和感ないくらいなものだ。(←日本で言えば大正時代)。

 推理小説史に燦然と輝く著者の本だけに、本書にもジェーン・フィンはどうなったのか、ブラウン氏は誰なのか、しっかり謎は用意されているのだが、やはりトミーとタペンスの掛け合いの面白さが第一のウリである。

(2015/1/18改訂)

Aダ・ヴィンチ・コード 上中下
 The Da Vinci Code (2003)
D・ブラウン角川文庫冒険
296頁/284頁/264頁552円/552円/552円★★★

 宗教象徴学者のラングドンは、パリでの講演後、ホテルで眠っているところを警察に呼び出され、ルーブル美術館へ連れ出された。そこで彼は、今夜会う約束をしていたソニエール館長が、異様な装飾を施された死体で発見されたことを知らされる。彼は現場に現れた暗号解読官のソフィーから、自分が筆頭容疑者であること、容疑をはらすにはソニエールが瀕死の体で残した謎を解くしかないと聞かされる。彼女に突き動かされてルーブルから逃げ出してしまったラングドンは、フランス警察に執拗に追われる羽目に・・・。

 漸く本屋の店頭平積みから消えたので、ついつい購入。各分冊が薄くて字も大きいのでさくさく読める。しかしせっかく三分冊にしたのなら、表紙は頑張るべきだろう。この面白みのない表紙はなんだ!こんなんなら、せめて上下巻にしてもらいたい。

 それはさて措き内容のほうだが、わたしが期待していたような薀蓄の嵐はない。それがさくさく読める理由でもあるが、今更フィボナッチ数列黄金比といっても目新しくないし、大体キリスト教成立に纏わる世界を震撼させる謎といっても、われわれ異教徒にとっては特に衝撃もくそもなく、まぁそんなところかといった印象。
 しかもストーリーをひっぱる謎は、キリスト教の謎云々以前に、ソニエールが残したアナグラムとかになってしまう。最早どーでもいい状態だ。ひとつの謎が解けると次のステージへという展開はRPGのようだし。

 こうなると興味の方向は、誰が導師かということ。
 これは設定的にはなかなか良いと思うのだが、いかんせん作者に隠す気があまりないような・・・。

 うすうす恐れていたように、精々佳作止まりの作品だ。

(2015/1/18改訂)

B火天風神 (1994)
若竹七海新潮文庫冒険
521頁705円★★★

 台風19号が勢力を拡大しながら西へ進路を変え、三浦半島を直撃した。暴風圏内にあるリゾートマンション「しらぬいハウス」には、それぞれの理由で様々な男女が逗留していたが、彼らには天災、人災、過酷な試練が待ち受けていた・・・。

 グランドホテル形式のパニック小説とミステリを融合した意欲作。だと思う。
 台風よりも管理人のおっさんが脅威であったりするが、ミステリ作家の書いた パニック小説として、十分出来のよいものになっている。著者らしく、多彩な登場人物の感情の動きが丁寧に書き込まれている。異常事に見舞われて生死の極限に晒された時、せいぜいわたしも恥ずかしくないような判断と行動をしたいものだ。

 一方で、逆にミステリとして読んだ場合、著者のネームから本書を手に取った読者にはそちらの期待が大きいと思うが、一応叙述ミステリの最低限の体はなしているものの、台風と管理人のおっさんに押されて非常に印象はうすい。

(2015/1/18改訂)

C戦闘美少女の精神分析 (2000)
斎藤環ちくま文庫オタク薀蓄
341頁800円★★★

 なんでも“戦闘する美少女”というのは、日本特有のものらしい。
 もちろん欧米でも、闘う女性は数多く存在するが、著者によれば彼女たちはタフな女であって、戦闘美少女とは呼べない。たしかに。
 戦闘美少女(あるいは二次元ポルノ)がなぜ日本のおたく文化に偏在するのかを、精神分析によって明らかにしようとするのが本書の目的だという。

 著者は国内外のオタクに広くインタビューを行っている。回答メールがいろいろ載っているのが興味深いのだが、面白いことに、今や海外にも日本のアニメ(ジャパニメーション)オタクは増殖しているが、日本でかなり氾濫しているアニメポルノは欧米ではほとんど見られないらしい。  特に触手ぐちゃぐちゃのようなやつは、テンタクル・ポルノと呼ばれ嫌悪されることが多いとのこと。
 日本では苦笑することはあっても、嫌悪とまではいかないか…。
 「うろつき童子」は大学当時、部活の男連中の間では一時期ヒットしたものだ。
 “わいを知らんて!もぐりとちゃうけ!!”
 台詞マネも流行った・・・。


 ところで本書の“精神分析”に用いている考え方は、フロイトラカンの流れである。
 なんでもかんでも性的な要因で解釈してしまうというのはどうも・・・。
 ま、それは一旦置くとして、とにかくパンピー(おたく用語?)たるわたしには、専門用語が多くて内容が今ひとつ理解し難いのだが、参考文献の記載や単語表記の説明などもきっちり記述されて論理的な感じはする。

 しかしこの論理的というのが曲者でもある。
 AならばBである。BならばCである。といった演繹で論を進めていくことは、たしかにこれが数学であれば、その論法は三段論法だろうが百段繋げようが、100%正しいと言える。
 しかし心の働きを説明する場合においては、“〜ならば”の部分で必ずフィルターがかかるし、恣意的に方向を決めることもできる。しかも最初の前提が、どれだけ的を射ているものか。

 そもそも性衝動の観点からの考察で、日本と欧米の違いを区別できるとも思えない。
 (きっちり結論されておったのかも疑問だ。もしかしたらびしっと説明した箇所があったかもしれないが、今回この文章を書くにあたって多少拾い読みしたものの、全体を読んだのは一年近く前だから・・・)
 というわけで、わたしはこの分野の学者のご高説には懐疑的だ。ましてやフロイトラカンだもの。どんな結論にでも導けるように思うんだよな。

 わたしの考えでは、この手の高説は星占いとさほど変わらないと思っている。本書の分析自身が虚構というわけだ。それでも、それが効くと思う人には、しっかり魔法はかかるのである。

 例えば、アニメポルノがそれなりの市場を獲得するためには、アニメキャラでヌケるか、という前提が必要だが、それはもちろんヌケるだろう。
 意識的にせよ無意識的にせよ、頭の切替は必要だが、それはあくまでテクニックと慣れの問題だ。柔軟な想像力があれば、アニメ・キャラはもちろんコーラの瓶でもヌケけるだろう。まぁ行き過ぎると脳障害を疑わなければいけないかもしれんが・・・。
 さて、この域に至るハードルの高さの差じゃが、精神分析だなんだと難しく考えなくても、子供の頃から自然に道徳として身についてしまう、その国々の宗教基盤の違いによるものがほとんどではないだろうか。

 また高い戦闘力を有しながらもタフな女ではない、どちらかというとイタイケな少女が日本で多いというのは、マジンガーZ以降日本で大いに発展した乗り込み操縦型のロボットアニメの存在が、間違いなく大きな要因のひとつだと思う。このことには触れられていたかな・・・。
 表紙にも使われている綾波レイや「エウレカセブン」のエウレカなどは、最初は無色(空白)な心を自分の色に染めてやりたいという妄想にフィットするキャラだと思うが、それは光源氏紫の上の関係を今風に若干変えた設定にすぎず、本質はあまり変わっていないと思う。

 日本でもフェミニストの力が強くなって、タフな女性キャラがこれから増えていくのかもしれないが、今のところ日本のアニメ・ファン(=おたくなのかはよく判らん)の中では、古風な耐える女が人気といったところか。

(2015/1/18改訂)

D軍師二人
司馬遼太郎講談社文庫時代
427頁733円★★★

 「雑賀の舟鉄砲」(1961)「女は遊べ物語」(1961)「嬖女守り」(1965)「一夜官女」(1962)「雨おんな」(1961)「侍大将の胸毛」(1961)「割って、城を」(1963)、そして表題の「軍師二人」(1963)の八編からなる短編集。

   個々の感想を書くのは面倒くさいので、全体の印象で描くことにするが、まず主となる歴史上の人物の人選は、かなりマイナーなところを選んでいる。
 上の順番で並べると、別所長治一族、伊藤政国、佐野綱正薄田兼相(岩見重太 郎)、稲目左馬蔵と尾花京兵衛、渡辺勘兵衛古田織部、そして表題の二人の軍師は真田幸村後藤又兵衛で。伊藤、稲目、尾花は創作の臭いがするが、如何に?

 そしてこれらの人物たちを語るのに、彼らと一時人生が交錯した別の人物の目線からのものが多い。著者の上手いところだな。
 視点人物に女が多いのも、本書の特徴かもしれない。(「女は遊べ物語」「一夜官女」「雨おんな」「侍大将の胸毛」

 面白いと言えない話も多いが、さばさばした無常観が味わい深い。
 この雰囲気は「城をとる話」も同様だが、本書のように短編のほうが切れ味がよく感じる。

 関係はないが、アルスラーン戦記「王子二人」という題があった。

(2015/1/18改訂)

Eたたり
 The Haunting of Hill House (1959)
S・ジャクスン創元推理文庫ホラー
321頁540円★★★

 周囲の村人も口にするのを憚る<丘の屋敷>に、超常現象の研究者モンタギュー博士は3人の男女を呼び寄せた。その一人エレーナは、家族の干渉から逃げ出すためにこの調査に加わっていたが、<丘の屋敷>で奇妙な体験を重ねる間に徐々に精神が変容し始め・・・。

 50年代の古典ホラーの名作のようだが、不思議な本である。
 派手な演出などなく静かに話は進み、エレーナの精神が徐々に蝕まれていくのだが、中盤以後にモンタギュー博士の妻の(自称)霊能力者が登場して、コメディかと思うくらいかき回し、しかも物語の本筋に関係するわけでもなく、そして中途半端に投げ出すかのようにそそくさと終了。なんだこれ。
 読み手を不安定な気持ちにさせるという意味ではうまく作っているようにも思うが、最も印象に残ったのは、モンタギュー博士の無能さだ。妻に好き勝手させるのもそうだが、博士という割には調査計画は杜撰で、測定も行き当たりばったり。検証しているのかどうかも不明。もともと超自然現象の調査が目的で、そのためにポルターガイスト経験者のエレーナを呼んだはずなのに、<丘の屋敷>の影響が彼女に顕著に出始めると、“彼女の安全のため”に追い返す始末だ。あなたはなにがしたいの?
 しかも情緒が極めて不安定な彼女を独りで・・・。

 彼の脳も実は<丘の屋敷>に冒されていた!…としか思えない。

(2015/1/18改訂)

F竜の卵
 Dragon's Egg (1980)
R・L・フォワードハヤカワ文庫SF
397頁720円★★★

 2020年、太陽系に近づくコースをとる中性子星が発見され、竜の卵と名づけられた。そして2050年、磁気単極を利用した核融合ロケットを装備したセント・ジョージ号は、竜の卵の軌道上に到達し調査を開始するが、直径約20Kmながら地表面での重力は670億Gという途方もない環境下に、知的生命が存在しているとは予想だにしていなかった・・・。

 紛れもなくH・クレメント「重力の使命」のオマージュである。670億Gって…。
 重力だけでなく強大な磁力によって、経緯のそれぞれの方向への移動に必要なエネルギーが10倍異なることなどとても面白い。これぞSFのパワーである。

 正直なところ、チーラの歴史物語はそう面白いとはおもわない。
 しかし地球生命が分子結合で電子のやり取りをするのに対して、強力な重力場の下で核結合中性子のやり取りをするチーラの生活速度はなんと人類の100万倍。竜の卵を観測する地球人が居たがために物理学の取っ掛かりを得たチーラが、まぁ予想できることではあるが一応反転させておくと、<ネタばれ反転>彼らのいるわずか一週間ほどの間に人類をはるかに超える高みまで成長し、地球に対するささやかなプレゼントまで用意して去っていく。
 
この時間のズレから発展する物語が魅力だ。

 ついでに言えば、冒頭で語られるように、竜の卵が誕生する超新星爆発から発生した衝撃波が人類誕生のきっかけとなっている。
 物理的な形態はまったく異なる人類とチーラだが、それぞれの進化のための巨大な役割を、互いに担いあっていたという、まさに隣人だったわけだ。

(2015/1/18改訂)

G絡新婦の理 (1996)
京極夏彦講談社文庫探偵
1374頁1295円★★★

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