2008年 7月
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@忍びの卍 (1967)
山田風太郎角川文庫時代伝奇
500頁★★★★★

 大老土井大炊頭の近習、椎の葉刀馬は根来伊賀甲賀の忍者組を査定する任を受け、それぞれの組の代表者である虫篭右陣、筏織右衛門、百々銭十郎の超絶な技を実見する。彼の報告の結果、土井大炊頭は一つの忍者組を選び、刀馬は元の日常生活へと戻った。だがその裏では、徳川政権を揺るがす忍法合戦が人知れず始まっており、刀馬と彼の許婚お京の運命にも大きく関わってくる・・・。

 初読時から、数ある風太郎忍法帖の中でも、「魔界転生」に匹敵する面白さだと思っていたが、再読してその思いを新たにした。
 柳生十兵衛VS他の剣豪たちという夢の対戦が、剣豪ファンには堪らない「魔界転生」は、反面どうしてもその対戦のためのストーリー運びとなってしまうことを考えると、先の読めない(家光忠長関係の結末以外)ストーリーテリングにおいては、本書のほうが上かもしれない。

 本書は忍法帖の中では頁数の多いほうだが、例えば「甲賀忍法帖」「伊賀忍法帖」といったメジャーな作品と違って団体戦ではなく、主要忍者は虫篭、筏、百々の三人しか出てこない。それだけに彼らの個性がしっかりしているのだ。
 しかも虫篭の忍法ぬれ桜、筏の忍法任意車、百々の忍法白朽葉/赤朽葉は、すべて女絡みのトンデモ忍法なのだが、これが女の園大奥を舞台とすることで、互いのルール上の制約に縛られながら攻守入り乱れる巧みな構成には恐れ入るしかない。前にどこかで書いたかもしれないが、お馬鹿な設定ながら、取り決めたルール内で論理的にあーだこーだとこねくり回す上手さは、西澤保彦に繋がっていく気がする。
 そして冒頭ではまだまだ坊ちゃん臭かった刀馬も、舞台が甲府に移ってからは、許婚のお京も絡んで凄惨なかけひきに引き込まれてしまう・・・。

 ヨタ話には違いないが、これだけエロ忍法を繰り出してまったくイヤラシクなく、ユーモアを交えながら愛惜漂うというこの巧みな筆運びはなんだろう。

(2014/10/23記)

A妖説五三ノ桐(1957〜1958)
戸部新十郎時代小説文庫時代伝奇
293頁★★

 うっかりしていたが、五三の桐というと豊臣の家紋なので、それが“妖説”とくると、まっさきに連想するのは豊臣秀頼の薩摩亡命だろう。その話だ。

 著者も昔はこんな講談を書いていたとは知らなかった・・・。

 豊臣秀頼側は、四十九日だけ命を永らえる秘術で甦った真田幸村を筆頭に、秀頼の隠し子、熊襲の一族や無刀の琉球忍者軍団、丸目蔵人呂宋助左衛門などなど登場する。
 そして徳川側は、この時代すでに死んでいるはずの初代服部半蔵にその隠し娘、柳生石舟斎の隠し子、所領の復活を企む神官にカンボジアのブーメラン鎌使いなどなど。

 恐ろしいほどに多彩に登場人物が入り乱れて期待感が膨らんだのだが、これが思いつきで登場しては、適当にかき回して適当に退場してしまうだけとは…。物語としては散漫なことこのうえなしである。

 偶然だが、風太郎忍法帖の傑作「忍の卍」と同時に読んでしまったので、同じく荒唐無稽なヨタ話ながら、完成度が天と地ほど違う。今となっては、飄々と枯淡の境地で味わい深く読ませる著者に、昔こんな本を書いていた時代あったと吃驚させる価値しかない。
 なんでも、著者はこの当時の他の作品をほとんど破棄してしまったらしいが、おそらく正解だろう。

(2015/2/1改訂)

B初等ヤクザの犯罪学教室
浅田次郎幻冬舎アウトロー文庫社会薀蓄
236頁495円★★★★

 なんて過去を持ってるんだと思いながら読み始めたが、“だんまりの朝”というキャラクターを作って喋らせている。取材と作家的想像の線引きは判らないが、「黒のトリビア」同様に、警察、犯罪関連の薀蓄というのはなかなか面白い。

 わたしも麻の服は好きなので、大麻取締法なんとかしてほしいと思う。

(2015/2/1改訂)

C大穴
 Odds Against
D・フランシスハヤカワ文庫冒険
356頁680円★★★

 障害レースの騎手として名を馳せたシッド・ハレーは、レース中の事故で騎手生命を絶たれた。彼は拾ってもらった探偵社で数年を過ごしていたが、今度は社に忍び込んだチンピラに腹を撃たれ、生死をさまようことに。九死に一生を得た彼は、義父からシーベリィ競馬場の株売買の不正に関わる調査をするよう求められるが・・・。

 ディック・フランシスの数多の作品中でも代表作の一つ。
 間違いなく面白い筈ということで、大事に長年在庫にしていた本だ。
 一般的な探偵小説の探偵は、あくまで第三者の立場から事件に関わるのだが、本書の場合、ハレーは一応探偵ではあるものの、彼の再生の物語としての側面が大きく、名作「興奮」と同様、主人公は痛い目に遭いながらも不屈の闘志と機転で、最後はミッション達成+αを得る。
 探偵の事件への関わり方が多くの探偵小説と異なることだけでなく、探偵社がある程度大規模で、業務系統がきちんと部課に分かれていたのも新鮮だった。

 しかしハレーをやっかいな嫌われ者に思わせるという義父の偽装演出も、結局彼への発破だけで終わってカタルシスへ繋がっていかなかったのは残念な処。
 やはり著者のベストは「興奮」ということか。【注1】

【注1】この時点では、この二冊しか読んでいないが。
(2015/2/1改訂)

D裏ネタ全書 どこか怪しい世界のカラクリ551
エンサイクロネット編知恵の森文庫雑学
346頁686円★★

E使える読書
斎藤孝朝日新書読書薀蓄
237頁720円★★★

F街道をゆく 夜話
司馬遼太郎朝日文庫歴史薀蓄
373頁700円★★★

 エッセイ風の紀行文というか、紀行文態のエッセイというか、著者が長年連載した「街道をゆく」に載らなかった文章や同連載前のもの、あるいは晩年に残したコメント文だったりと書かれた年代はばらばらだが、それら本編から零れた文章を集めた一冊。

 本書のようなエッセイや講演録の魅力は、小説には載せにくいネタ、例えば千葉さな子秋月悌次郎の晩年の一挿話がさらっと語られたりするところである。
(前者は坂本龍馬の江戸剣術修行時代の恋人(未満)の女性で、後者は薩会同盟を結んだ際の会津側担当者)
 通例決まりきった場面でしか現れることのない歴史小説の脇役たちも、こうして博識な著者の語りでもって、わたしたちの世界と地続きの空間に、かつて確かに生活していたのだという歴史の広がり、あるいは無常感のようなものを感じることができる。

 本書のネタは日本全国に渡っているので、「街道をゆく」に興味はあるけれど冊数が多くて二の足を踏んでるというなら、良い入り口になるだろう。

(2015/2/1改訂)

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