2008年10月
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@ダ・ヴィンチの謎 ニュートンの奇跡 (2007)
三田誠広祥伝社新書科学薀蓄
211頁750円★★★★

 この題名はいかにも「ダ・ヴィンチ・コード」のヒットを受けての便乗のようだが、――たしかにダ・ヴィンチニュートンに多くの頁を割いているが――ピタゴラスエラトステネスの昔からのざっくりした科学/数学史の紹介になっている。
 興味深いのは、彼ら偉大な先人たちの探究心が、神への信仰と不可分であるという指摘だ。
 神が創った世界は美しさに満ちたものだが、我々人間の目には本質が隠されている。数学にしろ科学にしろ、それらは隠された神秘(原理)を探求、解析することで、神の創った世界(あるいは神自身)を認識しようとする試みなのだ。
 この認識(=グノーシス)の追求が、古代・中世のカトリックからすれば異端となるため、追求者は大っぴらな活動はし難くなり、ある意味地下に潜りやすい環境にあった。

 中世から近世への道を切り開いた先人たちが、一方ではいかにも中世的な価値観を持っていたというのは、以前「魔術から数学へ」などで読んでいたので、実はそれほど目新しい内容ではなかったが、簡単な科学/数学史から聖書の薀蓄まで、とても解かりやすく書かれていてお勧めだ。

 著者が芥川賞作家で、あの「いちご同盟」の作者でもあるというのがなんとも驚いた。

(2015/1/13改訂)

Aフォックスの死劇 (1995)
霞流一角川文庫推理
406頁629円★★★★

 “ハモノハラ”という謎の言葉を残して死んだ、その映画監督の卒塔婆がなぜか墓地の近所のビルの屋上に突っ立った。未亡人の依頼を受けて探偵の南大門は、故人の映画監督の周りから聞き取りを始めるが、おかしな遺留品に囲まれて、パーツの一部を持ち去られるという奇怪な連続殺人事件に巻き込まれていく・・・。

 もしあちらだけを先に買っていたのなら本書を読むことはなかっただろうが、同時に購入していたので仕方なく読んだ。しかしありがたいことに本書はわたしにもOKだった。本書のような一人称視点が著者作品ではスタンダードらしいが、思うに全編軽い乗りに対する抵抗感、例えば凶悪な殺人に対する反応が淡白すぎるといったことも、一人称であれば、こいつが特殊なだけだと理解することができるので、大きな不満にならなかったのかもしれない。また著者は映画業界に居たことがあるらしく、体験に基づいた内容を含んでいることもあって、「スティームタイガーの死走」よりは地に足のついた感じがする。

 狐に関する薀蓄や、残虐な殺害現場に残されたふざけた物証の数々もうまく処理されていたのでは。
 依頼人の未亡人を、最初から最後までオババと呼び続ける感性はよく判らんが。
 つい言ってしまう、俺の出来心。

(2015/1/13改訂)

BDの複合 (1965〜1968)
松本清張新潮文庫推理
517頁705円★★★

 作家の伊勢は、民俗学を絡めた紀行文の連載を依頼される。担当編集者の浜中とともに、定期的に取材旅行をするようになるが、連載は好評で、その所為か他からの執筆依頼も増えて気分もよい。だが浜中と音信が取れなくなり、そして突然連載を打ち切られてしまう。さらには関係者が一人、二人と不慮の死を迎えたことから、伊勢は裏に隠された企てを探り始めるが・・・。

 自分の周りの世界がふとしたことから綻び、不安定になってしまうというのは気持ち悪いものだが、小説となるとつい興味を惹かれてしまう。
 昔話や神話の薀蓄が意外に面白くないので、序盤は少々つらいものがあるが、中盤以降は上記のサスペンスでぐいぐい読めた。歴史ミステリのイメージで、薀蓄=主、事件=従、のつもりで読んだが、完全に逆だった。その意味で本書の題名は謎を孕んでナイスだが、拍子抜けでもある。

 といったわけで、全体的には面白く読んだのだが、事件の真相を考えると、犯人(というよりも、伊勢が味わった不可思議の演出家)の企ての意味がよく解らない。
 手記で理由が書かれるとはいえ、あまりに迂遠ではた迷惑な作戦ではないだろうか。利用された面々はひたすら迷惑だ。“村田青年”とか。
 <ネタばれ反転>まさか姉貴が心中するとは思わなかっただろな。

(2015/1/13改訂)

C三国志の英傑たち (2006)
北方謙三ハルキ文庫歴史薀蓄
198頁533円★★★

 「三国志演義」劉備にべったりだが、最近は「秘本三国志」「蒼天航路」をはじめとして、曹操を見直したものが出てきている。より史実に近い方向と言ってもよいだろう。

 北方版三国志もやはりその方向であるようだが、史実の見直しを第一義にするのではなく、敢えて演義からのエピソードを使ったりもしているらしい。漢(おとこ)と漢(おとこ)の出会いを、そして生き方/死に方を描くというのが著者のモチベーションという訳だ。

 さもありなんというか、今のところわたしは著者の作品は「破軍の星」一冊しか読んでいないが、本エッセイで北方版三国志読んだ気分になった。

 ところで大々的に宣伝中の「レッド・クリフ」は、どーせ演義ベースで派手なだけだろうなぁ。

(2015/1/13改訂)

Dミステリ十二か月 (2004)
北村薫中公文庫ミステリ薀蓄
297頁933円★★★

 妙に子供向けなメッセージ然とした本だと思ったら、もとがそういった企画で読売新聞に連載されていたらしい。
 このような××選といった企画は選者の個性が求められるが、これがミステリの場合だと、しかも初心者に向けた選択だと、ほとんど重なってしまうのが普通。本書の選択ももちろんそうだが、小中学生に向けた一年間の連載分を収録した後、それらを選ぶことになった経緯や思い出がエッセイとして収録されているのが特徴だ。

 いずれにしても、選者の個性は中心から外れた作品の取捨どころの違いとなるが、本書では二人のミステリ作家(著者有栖川有栖)の対談が、そのあたりのコメントの応酬で面白い。

 ところで、うーん、こんなことは言わないほうがよいのかもしれないが、新聞連載時の挿絵として、猫をモチーフとしたカラー版画がつけられていたのが、そのまま(カラーで)収められていて、かつ作者の大野隆司氏との対談までが収録されているが、これは正直のところ不要だった。
 ミステリの対談としては内容が薄いし、カラー版画の挿絵が悪いというわけではないが、300頁程度の文庫本の価格が933円というのはマズイ。

 単発で買うことが少ないのでレジでは気付かないのだが、価格をチェックせずにレジに運んでしまう癖は直さなければ…。
 家に帰ってからオワッと叫んでしまった。

(2015/1/13改訂)

EMa.K.モデリングブック (2006)
横山宏大日本絵画模型薀蓄
111頁3800円★★★

 味のある造型と塗装で魅力のSF3Dオリジナル(今はマシーネン・クリーガーとかいうらしい…。なんで?)の作者のノウハウ紹介本。
 10年以上前から作りかけのグスタフと、それよりさらに前から在庫しているジェリーホルニッセをいつの日にか作る際の参考に、かなり高価だが買ってしまった。

 特に塗装においては、一般的なノウハウとは真逆に近いことが書かれていたりして、驚きとともに読ませてもらった。
 色鉛筆で絵を描く時のことを考えると、なるほどそうかもしれない。目から鱗だ。

 なかなか含蓄ある内容で、この価格でも損した気にはならなかったが、著者の文体がくだけすぎてるわ、結語の統一感もないわ、しかも子供に語りかけるような口調(文体)なので、本書を購入できるような大きなお兄ちゃんには鬱陶しく感じるのではないだろうか。わたしのことだが。

(2015/1/13改訂)

Fアメリカ映画100年帝国 (2008)
北島明弘SCREEN新書映画薀蓄
221頁800円★★★

 芸術と呼ばれるものにカウントされる七種の中で飛びぬけて若く、かつ最も巨大な産業である映画。そしてそこに君臨するハリウッドの映画史である。
 揺籃期からわたしたちの知っている映画へと話が進むが、特許を取りまくったエジソンが映画に関しては国際特許権を取らなかったことは、映画史を大きく変えたといったトリビアから始まって、見世物小屋での興行のようなレベルから、配給会社、製作会社、映画館経営等の産業構造の発達が興味深い。

 子供の頃によく見た米製カートゥーンのひとつに「ベネロッピー絶体絶命」があった(♪ペネロッピー♪ ペネロッピー♪ マントメガネに気をつけろ〜♪)が、あれは第一次世界大戦前後に流行ったシリアルという連続モノで、「ポーリーン」という作品のオマージュらしい。

 映画に限らず、アメリカ帝国繁栄の礎は第一次大戦での漁夫の利によるところが大きいが、ハリウッドについてもやはりそうで、ヨーロッパの映画界が第一次大戦で大打撃を受けたことが大きなポイントになっているのか…。

(2015/1/13改訂)

G謎亭論処 匠千暁の事件簿 (2001)
西澤保彦祥伝社文庫推理
359頁657円★★★

(1)盗まれる答案用紙の問題(ボアン視点の三人称/探偵役:タック/卒業後)
 職員室にある忘れ物を取りに戻った辺見祐輔は、先ほど自分が終えたばかりの三クラス分の採点済み答案用紙が消えているのを発見し愕然とする。さらには自分の車までが消えており・・・。

(2)見知らぬ督促状の問題(タカチの一人称/探偵役:タック/大学三年?の11月)
 ウサコの友人が、見に覚えのない家賃の督促状を受け取った。奇妙なのは差出人が管理人の名前でなく、その夫で市会議員の名前だったこと。しかも彼女だけでなく、同マンションに住む安槻大の五人の女子学生が数日措きに順番に受け取っており、彼女で四人目だという・・・。

(3)消えた上履きの問題(ボアン視点の三人称/探偵役:タック/卒業後)
 祐輔が受け持っているクラスで、全員の上履きが盗まれるという悪戯が起こった。一方クラスで嫌われていた女子生徒が、その日から欠席を重ねており、彼女と対立していたグループの面々の表情が硬くなっていたが・・・。

(4)呼び出された婚約者の問題(ウサコ視点の三人称/探偵役:ウサコ/卒業後)
 元婚約者の女から会わせたい男が居ると泣きつかれ、婚約者はやむなく了承したものの、女は待ち合わせ場所に現れず、次の日に男ともども死体で発見された。女は男ともども盗難車の車中で心中していたという・・・。

(5)懲りない無礼者の問題(ボアン視点の三人称/探偵役:タック/卒業後)
 半端なスジ者っぽい出で立ちの男女が、日曜の電鉄内でさかんに安槻市民をを悪し様に罵っていたという。しかも一年前、まさに同じ出で立ち、同じ行動をしていた男女に祐輔の同僚の息子が文句を言って絡まれ、結果的に死亡していた。そしてその男女が襲われ、同僚が警察の事情徴収を受けているというが・・・。

(6)閉じ込められる容疑者の問題(第三者視点の一人称/探偵役:タカチ/卒業後)
 一件家で夫婦と同居していた姑が殺された。夫婦は睡眠薬を盛られたと証言している。しかし警察が来るまでその家は施錠されており、状況的に夫婦のいずれかの犯行として思えないが・・・。

(7)印字された不幸の手紙の問題(ウサコの一人称/探偵役:タック、タカチ)
 ウサコが家庭教師をしている中学生が不幸の手紙を受け取った。なんでもクラスの全員が受け取ったらしいが、なんでも封筒で送られてきてご丁寧なことに転送用の私製ハガキ(切手付き)も同封されていたという・・・。

(8)新・麦酒の家の問題(タックの一人称/探偵役:タック)
 腹に一物抱えてタックを誘いにきたボアンは、結局タカチとウサコも引き連れて、とある豪華な無人の一軒家に入り込む。なにがあっても責任は俺がもつというボアンの口上ではあるが、疑念を払拭できない他の面子。しかも家の中には、“あの時”よりも増した数のビール缶が・・・。ボアンを問い詰め、さらには大量のビール缶の存在理由について考えはじめた四人は、トンデモない可能性に気付く・・・。

 よもやのパート2を含む連作短編集。
 個々の短編は独立していて「解体諸因」のように全体を通して解明される謎はないが、特に最後の一編で顕著なように、わいわいがやがや好き放題に可能性を論じた結果、陰湿な犯罪の可能性に辿りついてしまうのがあいもかわらず見事。しかし<ネタばれ反転>あんな状態でカギを拾って帰るか?おそるべき可能性(妄想)の連鎖には少々無理もあるが、ボアンの性格を見切った計画と言われれば仕方がないか。

 上に書いたように、タック以外にタカチとウサコがそれぞれ一遍ずつ探偵役を務めている。
 ウサコが<ネタばれ反転>刑事の妻になっているのがサプライズだ。(よく覚えてないが、「解体諸因」に登場した刑事?)

(2015/1/13改訂)

H御手洗潔対シャーロック・ホームズ (2004)
柄刀一創元推理文庫推理
420頁900円★★★

(1)青の広間の御手洗

(2)シリウスの雫

(3)緋色の紛糾

(4)ボヘミアンの秋分

(5)巨人幻想

I戦国大名 県別国盗り物語 (2006)
八幡和郎PHP新書歴史薀蓄
334頁880円★★★★

 戦国時代ファンならば、織田豊臣徳川の全体的な流れは掴んでいるだろうが、それでも、例えば近畿に絞っても、三好家の動きなどはなかなかに判りにくい。これが全国となるととても記憶できないので、本書のような括りの本はありがたい。
 資料としてはともかく、読み物としては面白みにかけるのではないかと思ったが、意外や全編に渡って面白く読めた。

 歴史のIFに関する著者の見解には肯けないところもあるが、今後室町時代以降の小説を読む時には座右に置いておきたい一冊だ。

うーん、置いてないな。
(2015/1/13改訂)

Jジャンパー 上下
 Jumper (1992)
S・グールドハヤカワ文庫伝奇冒険
335頁/308頁667円/667円★★★

 高校生ディヴィット・ライスが自分のテレポート能力に初めて気づいたのは、酒乱の父親から暴行を受けそうになった時だった。そんな父親から逃れニューヨークに逃れた彼は、未成年で身分証明もできないことから当初は困窮するが、自分の能力に習熟するにつれ、その特殊能力を使って得た大金で、派手で自由な暮らしを楽しみ始める。だがそういった派手な行動は、やがて彼に危険を近付けることに…。

 アナキン=ヘイデン・クリステンセンが主演した映画で知ったが、本作自体は映画よりも随分前に発表された小説である。
 映画は今一つ面白くなかったが、原作とは随分違うという情報は得ていたので、期待をもって読んだ。

 身分証明のできない未成年がニューヨークで生活基盤を構築する序盤には、始末屋ジャックに通じるのではないかと期待したが、現金調達の手段には面白味がなく、というか、主人公に同情し感情移入するにはマイナスとなるものだった。個人からの強奪ではないが、百万ドルを不正に入手すれば、銀行関係者にとんでもない迷惑が被さることには、いくら脳天気な高校生とはいえ、もう少し感受性があってほしい。
 貧乏な人への過剰な施しをするシーンも何度かあったが、この代償行為もいかにも高校生レベルだ。

 というか高校生なのだが、こういった処を含めて青春小説として楽しむべきなのだろう。しかし、ついアチラコチラでイライラしてしまう。
 また、特に知能が優れたわけでない普通の少年の一人称視点の物語だから、テレポーテーション(本作での呼称は“ジャンプ”)の物理的な意味づけを提示することは難しいのだが、やはりそういった説明が不足(というかほとんど無視)されているは、SF小説としては物足りない。嫌味のように、伝奇冒険って括ってしまった…。【注1】

 一応言及される事として、本人が移動中にジャンプした場合でも、出現先では静止状態で現われるというのがある。つまりはジャンプ前後で運動量が保存されないわけだ。遠距離移動の場合は、緯度の違いによって地球の自転の対地速度も随分違ってくるはずだが、その影響もない。主人公が専門家でないので、不思議だなぁの一言で解説は回避されてしまうが、エネルギー保存則に関しては疑問すら出てこない。【注2】

 もちろん物理的な説明なるものは、所詮思考実験の意味しかないのだし、雰囲気があればそれで良しなのだが、まぁいずれにせよ、本書は端っからラノベかマンガのつもりで読むべきだった。例えば西澤保彦のSF“的”ミステリか、「ジョジョの奇妙な冒険」を読むつもりで読んでいれば、もう少し楽しむことができたかもしれない。
 主人公と同世代の読者であれば、妄想爆発で気楽に楽しめる人は多いだろう。

 映画の内容はほとんど覚えていないが、ディヴィッドの敵となる組織の設定や母親の扱いは随分と異なっていたような…。というか、ジャンプ能力者が小説ではデヴィッドだけなのか。ここが一番の違い。
 そう言えば、本書で違和感が最後まで拭えなかった大きな理由は、この母親がいつ再登場するのだろうと思い続けていたからかも。
 ただし不満点は、原作小説も映画も似たようなものだった。

【注1】このような事は、多くのスペオペなどでも同じだし、例えばL・M・ビジョルドバラヤーシリーズ?でもなおざりなのだが、アチラは物語としての面白さが圧倒的だ。ということは、わたしが本書に感じた不満の多くは、ディヴィッドの言動に対するものなのだろう。
【注2】仮に念動力が存在するとして、目の前のコップを浮かべて、右手の棚へ移動させられたとする。おそらく自分の手で持って、棚へ移すほうが、エネルギー消費としては、はるかに効率が良いのでは…?

(2015/1/13記)

K日露戦争 もうひとつの「物語」 (2004)
長山靖生新潮新書歴史薀蓄
211頁700円★★★

 「謎解き 少年少女世界の名作」「偽史冒険世界」の著者が、文学のほうから日露戦争へアプローチしている。
 当時はTVやラジオはもちろん存在しないが、新聞というマス・メディアはすでに激しい競争の時代にあり、大衆を大いに啓蒙/惑乱させておったことがよく判る。

 作家として今に名前の残る多くの人物が、新聞記者あるいは軍記作家として日露戦争に関係していたというのが興味深い。

(2015/1/13改訂)

L私家版 日本語文法 (1984)
井上ひさし新潮文庫歴史薀蓄
278頁438円★★★

 何ヶ月か前に読み終わっていた本だが、履歴を残し忘れていたので、やむなくここに編入。
 文法などと聞くとつい構えてしまうが、つまらないと思いがちな文法の授業なども、語り方次第で面白くすることもできるということだ。この情報量に対して500円以下というのが嬉しい。

 日本語の構造について語るとき、おのずと英語との比較文化の話が出てくるわけじゃが、口を開けずに発生する通鼻音(ん=n)などは、日、英(米)を問わず、否定的な単語に用いられることが多いとかなんとか。言葉の発生学的にも興味深い。まぁそのあとで、きっちり自分でその説をつぶしているのだが・・・。

 他に印象に残ったネタとしては、わたしたちは文章の中に擬音語、擬態語が多く含まれると幼稚に感じてしまうのだが、〜めくという単語がそれに置き換われるという指摘も面白い。
 曰く、ざわざわする⇒ざわめくうーと唸る⇒うめくわぁーと叫ぶ⇒わめくきらきらひかる⇒きらめくetc.etc.

 ところで、日本文化は相手を立てるために自ら下がることを良しとする文化だから、相手へ渡す贈り物を粗品といったりするが、著者はそれを準えて、“右翼と左翼では左翼のほうが純粋な日本人である。なぜなら左翼は自分の国を粗(祖)国と卑下してるだけだから”などと書いている。もちろんユーモアを込めての文だが、彼がばりばりの左寄りで、妻は共産党幹部党員の娘(米原万里の妹)だということを考えると、とても笑えた話ではない。

 たしかに自分の国を自由に批判できるという環境は大事だが、その批判精神は外に対しても同じように向かわなくてはならない。中国にしろ、韓国にしろ、とりあえず被害だからと彼らの言い分をまるで検証することなく、なんでも言われるがままに、はい日本が悪うございますと唱える態度、これはめちゃめちゃマズイということをぜひ理解してもらいたいものである。

 もともと彼の国も問題視していなかったのに、日本の左翼が騒いだおかげで、いいネタができたとばかりに攻撃してくるようになったという事例まであるのだから。

(2015/1/13改訂)

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