2009年 6月
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@殺人は広告する
 Murder Must Advertise (1933)
D・L・セイヤーズ創元推理文庫探偵
495頁820円★★★

 ピム広報社に新しくコピーライターとして雇われたブリードン氏は、自分の前任者が社内の螺旋階段を踏み外して落下し、死亡していたことを知る。如才ないブリードンはたちまち社内に馴染むが、詮索好きにも、前任者の事故死について興味を惹かれ・・・。

 広告会社での活気のあるやりとりやコピーの数々をみてると、これが80年も昔に書かれた本だとはとても思えない。イギリスの1930年代は、日本の1970年代といったところだろうか。
 読む前からミステリとしては弱いという指摘は知っていたので、読み進めるのは大変だろうと思っていたのだが、どうしてどうして、ミステリとしての弱さはたしかにそのとおりなのだけど、当時の広告業界についての描写がとても魅力的で、ぐいぐい読ませてくれた。

 ピーター卿がどう関与してくるのかは言わずもがなだが、終盤でのクリケットの試合なんか、まさにキャラクター小説全開のノリである。

(2013/3/17改訂)

A語ろうシャア! (2009)
レッカ社編ソニー・マガジンズガンダム薀蓄
317頁686円★★★

 考えると過日の速さにうんざりしてしまうが、世間ではガンダム30周年でそれなりの盛況のようだ。わたしに昔の情熱はすでにないので、東京や名古屋で開催されたイベントを見に行こうなどとは思わないが、いずれ職を辞した後には死ぬまで作り続けられるだけのガンプラが、わたしのリタイアを待っている。
 昔と違い、今ではガンダム芸人なんて輩までが現れ、TV画面で声高に喋って目立っているが、いかんせん内容に深みがあるわけがない。ガンダムトークを聞くのなら、どうせならもっと深い話が欲しいわということで、本書を買ってしまった。

 本書は編集部との1対1の対談が8編。対談者はほとんどがアニメ製作や出版のプロだが、作品自体のスタッフではないところがミソ。
 テーマがシャアということで、主に「初代」「Z」「逆襲のシャア」の三作品を取り上げている。

   対談者の中にはOUTアニメックの元編集長もいて、当時のアニメを取り巻く状況やトンデモ編集企画の裏側(“悩ましのセイラ”とか)を語ってくれていてとても懐かしい。

 それぞれ語る作品解釈の中で新鮮だったのは、サカキバラ・ゴウの話かな。
 語る内容のすべてに納得できた訳ではないが、富野作品では基本的に登場人物に歴史的背景がないという分析が面白い。
 子供向け作品として、主人公たちが若年で大した過去を持たないのはある意味当たり前のことだが、周りの大人たちにしたところで、過去がほとんど語られない(シャアが例外的という文脈)ために、個々人がなぜ闘うのかの動機づけは、語られないか、あるいは男女間のホレタハレタばかりだという指摘だ。
 なるほどそのとおり。
 これはガンダムに限った話でなく、富野作品全般に広く通じることだが、戦争の最中に大声で痴話げんかを繰り返すのには、ホンマに辟易したから…。

 もちろん宇宙世紀の設定を始め、ロボットアニメの常識を大きく変えた「初代」はもちろん、それまでの“続編”にはなかった「Z」での意表をついた組織設定や、歳を取って立場の変わるキャラクターなど、富野由悠季の功績は甚大で敬意を表するが、それでも、ガンダム富野由悠季から離れた「0080」「0083」なんてスピンオフへの展開が、今日のガンダムブランドの形成に大きな役割をはたしたと言えよう。

(2013/3/17改訂)

B流れる星は生きている (1949)
藤原てい中公文庫体験談/歴史薀蓄
302頁★★★★

 本書はアマゾンでポチったのだが、その理由が邪道で、表紙画が武部本一郎だったからだ。
 にもかかわらず、届いた本の表紙はこのとおり。店に苦言を返して、おかげで費用免除にしてもらったという曰く付きである。
 そういった履歴の本の本だがしっかり読んだうえに、★4つ評価までしているのがやや気がひけるが、手元に届いた箱を開封した時の落胆、腹立ちは相当なものだったから、それは理解して頂きたい。

 さて、本書はABCDとの戦争にボロ負け【注1】、しかもSには火事場泥棒よろしく蹂躙【注2】されてしまった1945年の敗戦以降に、乳飲み子を含めた三人の乳幼児を死なせる事なく、満州長春から生きて朝鮮半島を脱出した著者の体験談である。なんでも著者は故郷の諏訪に辿りついたものの、生死を危ぶむほどに衰弱してしまい、子供たちへの遺書のつもりで書いた文章が、本書の元になっているらしい。
 一年強の体験の全てを記憶していたのか、それとも日々なにがしかのメモなりをしていたのかは判らないが、いずれにしてもその文章力は大変なものだ。生死ギリギりの日常生活がなまなましく見事に伝わってくる。

 もちろんそれが大変な体験だったのは、読む前から容易に想像できることだが、生き延びる為のギリギリの生活の中での人の思考や行動は、ドラマのようにはいかない。状況が悪い時ほど人の本性が顕れるといった単純な切り分けができるとは限らないということだ。
 誰しもパーソナリティの中に良い人間/悪い人間の幅があって、ある状況によってどの面が出てくるかは、必ずしも決まったものではない。聖人でもなければ、人それぞれ他人の為に動ける量には限りがあるし、あるときは精一杯振り絞って善意を示したものの、体力・財力で後が続かないこともあるだろう。実際に善意を示された側に、その後頼り癖がついてしまう事もあるだろう。
 怖ろしいことに、限られた善意を示せる対象が家族であるとも限らないのだ。民男ちゃんの母親やかっぱおやじ、その他の人々と繰り返される多くのエピソードから、そんな事を考えさせられる。
 しかしギリギリの状況下でのそういった行為を誰が責められるだろう。これだけ譲歩したらあとは安泰といった見通しがまるで立たないのだから。
 もちろん主人公たる著者も聖人ではない。

 わたしは護憲論者でもないし、平和称名論者でもないが、戦争というものが、如何に悲惨な影響を起こしうるか、本書を読んで考えることを皆に薦めたい。

 行き過ぎた左傾思想からの健全な揺り戻しとして、現在の社会情勢は悪くはないと思うが、最近の「日本は、日本人はこんなにすごいんだよ」風潮には、時に鼻白むことがある。
 例えば、映画化されると最近聞いた杉原千畝
 もちろん彼自身が素晴らしい行動をした事に異論はないが、敗戦前後の朝鮮半島においては、関東軍は数多くの非戦闘員をケアする事なく、とっとと退却していった。戦時下でいろいろと他者に厳しい環境を強いる必要性もあろうが、当時の軍人の中にやたらといばりちらす輩が多かったのも事実だろう。それは相手を見下す事に繋がりやすい。
 そういった輩こそ、この時の状況下で逸早く(非戦闘員の誘導を考慮することなく)撤退していったのではないか?

 最後に、もしかして知らない人のために。
 本書に登場する著者の「夫」が、「剱岳 点の記」「八甲田山死の彷徨」で有名な新田次郎であり、二歳の「正彦ちゃん」が数学者でエッセイストの藤原正彦である。
 ついでに言えば、まず本書が世に出てヒットしたことで、生活に余裕が生まれ、新田次郎が本格的に作家活動に入れたとのこと。

【注1】A=アメリカ、B=ブリテン、C=チャイナ、D=ダッチ

【注2】S=ソ連

(2015/12/4記)

C刑事コロンボ捜査記録 (2006)
宝島社
191頁1680円★★★★

 最初に見た数本のコロンボ作品のうち、最も印象に残ったのは「構想の死角」だった。で、それが若かりし頃のスピルバーグ作品だと後に知ったのは、わたしの自慢の一つだ。
 もっとも、当時は演出の具合がどうよといった見方ができるはずもなく、感銘を受けたのはトリックだったから、たまたま最初に見たコロンボ作品だったというだけかもしれない。その時点で読んでいた推理小説系の作品は、おそらくポプラ社ホームズルパン明智小五郎だろうから。

 それはともかく、昔NHKで見たコロンボのシリーズは面白かったが、後に民放で放映された「新刑事コロンボ」は今ひとつ楽しめなかったものだが、舞台裏では脚本の質の劣化ピーターフォークの思惑なんてのもあったようだ。

 という訳で、旧シリーズ45本と新シリーズ24本。まことに過不足無くコロンボの解説をしてくれる。最近流行りのような気もするが、マンガ絵と手書きのコメントも楽しい。
 こちらの記憶以上に、メイン、サブともにゲスト出演者の重複は頻繁だったようだ。

(2013/3/17改訂)

Dカットスロート 上下
 Cutthroat (1992)
M・スレイド創元推理文庫伝奇/サスペンス
320頁/328頁563円/563円★★★

 判事連続殺人事件が発生し、カナダ連邦騎馬警察(RCMF)のスペシャルXが捜査を開始した。ヘッドハンター事件の後、RCMF草創期の伝説の警官ウィルフレッド・ブレイクの研究をしていたディクラーク警視正が再び陣頭指揮を執ることになり、ジンク・チャンドラー警部補達メンバーが捜査を進めるに従い、事件の裏に香港の反光子製薬が浮かび上がってくる。1997年の香港返還を前にし、香港の資本は急速に他国に基盤を移そうとしているが、反光子製薬総帥の後継者の一人である謎の人物エヴァン・クワンの過去が絡んでいるらしい。さらにディクラークの著したブレイクの研究書は、該社のカナダでの暗躍に重大な関係があり・・・。

 90年代当時、矢継ぎ早にスレイド作品が訳され、創元はスレイド押しでいくのかと思いきや、本作の後はばったり音沙汰が聞こえなくなったシリーズ。その後完全に忘れきっていた2002年になって、文春文庫から続巻が出たときには驚いた。
 その続巻、「髑髏島の惨劇」は当時そそくさと買い込んだものの、その前に忘却している本書を読み直すつもりが、今に至るの体たらくである。

 冒頭から、物語中の進行形で起こる判事連続殺人事件よりも、むしろ人類進化史のミッシング・リングである、黄色頭蓋骨にまつわる百年前の伝奇的な挿話に力が注がれていて不安感を煽る。そしてこれだけで十分に怪しい展開なのだが、クライマックスに近づくと突如秘境冒険小説とあいなってしまうという衝撃が待っているのだ。

 しかもその箇所が<ネタばれ反転>結局のところ夢オチだという大驚愕の展開。これには本当に開いた口がふさがらなかった。

 一応その件には、<ネタばれ反転>他の章頭には明記される日時が書かれていないという最低限の手がかりはあるとはいえ、視点がころころ変わるのはまずい。ディクラークとキャロルの目線に立った夢を見ることができるとは、ジンク・チャンドラー恐るべしである。“狂犬”エド・ラビドウスキィに至っては、<ネタばれ反転>登場人物欄にも明記されているというのに、夢オチシーンのみの登場である。もはや脱帽するしかないだろう。

 こうまで破壊的な展開にも関わらず、初読時の記憶がミッシング・リングの巨大頭蓋骨だけだったというのがなんとも情けないが、そもそものオチであるべき、<処刑人>が誰かという回答が弱いこともあって、終盤は拍子抜けの連続だったということだな。

 しかし続巻を読む気にさせるパワーは十分というところが、スレイド作品の恐ろしさではある。

(2013/3/17改訂)

E世界のとんでも法律集 (2007)
盛田則夫中公新書ラクレ法律薀蓄
185頁700円★★

 見開きの右にとんでも法律、左にその解説というつくり。
 解説が1頁ではやむをえないが、それぞれのトンデモない法律ができるに至った背景への考察が足りないので、読み応えに少々欠ける。残念。

(2013/3/17改訂)

F南蛮のみちT 街道をゆく22 (1983.1〜8)
南蛮のみちU 街道をゆく23 (1983.8〜12)
司馬遼太郎朝日文庫歴史薀蓄/紀行
380頁/234頁560円/420円★★★

 南蛮というと、わたしたちは戦国時代の貿易相手としてポルトガルを思い浮かべるが、その時代の南蛮人代表を一人挙げるとすれば、やはりザビエルということになるだろう。その彼と、イエズス会のボスであるイグナティウス・ロヨラは、ともにバスク人である。こういったところに、著者がこの土地を街道をゆくに選んだ理由がある。

 パリから始まる本編は、上巻がまるまる彼ら二人と少数民族としてのバスク人について考え続けている。広域=近代国家であるフランスとの比較において、バスク人(バスク語を話すということ以外に固有の文化を持たない)たちの運動は、今後の世界の動静の指針になるというのがさすがの慧眼だ。この旅から四半世紀以上が経ち、バスク人の今は残念ながら判らないが、冷戦構造が終わった現在、世界は文化や宗教の違いによる小衝突が世界中で起きているから…。

(2013/3/17改訂)

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