2009年 7月
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@坂の上の雲(三)(四) (1970)
司馬遼太郎文春文庫歴史
361頁/414頁590円/590円★★★★★

 三巻の途中からはいよいよ日露戦争がはじまる。
 秋山好古が少将、第ニ軍所属第一騎兵旅団長として加わっている陸軍の行動として、鴨緑江渡河作戦遼陽会戦、そして悪名高い旅順攻撃等が描かれ、秋山真之が少佐、連合艦隊参謀団の一人として参加した海軍の行動として、仁川沖海戦旅順港閉塞作戦黄海海戦等々として進んでいく。
 乃木希典伊地知幸介は別として、この明治時代の軍人たちは(後の昭和の軍事独裁時代と異なり)リアリストであったとはよく言われることであるが、こと補給に関しては、特に陸軍は日露戦争時もかなりお粗末だったようだ。著者は、日本民族としての欠点ではないかと指摘している。

 しかしこの二冊の一番の読み処は、三巻の途中、開戦するまでの流れである。
 日清戦争までの十年、日露戦争までの十年で、海軍大改造をやった山本権兵衛西郷従道のコンビ。誰も夢想だと思っていた日英同盟の締結。その裏でこの同盟の後押しにもなったかもしれない伊藤博文のロシアへの接近。渋沢栄一たち財界人の動きや戦費調達の辛苦。そして児玉源太郎の判断と行動。
 戦争自体の個々の戦術、戦略もまさに薄氷を踏む危うさの上にあったが、事前対応の政略、軍政改革でもトンデモなく危うい橋を渡っていたことが判る。

 そしてもう一つ重要な展開。
 今一人の主役であった正岡子規が(日露戦争を見ることなく)ついに逝ってしまった…。
 夏目漱石との交流をはじめ、日本語の文化継承、改革の流れとして、日本文学界の描写はもう少し多くても良かったかな。

 ちなみに正岡一族のことについては、著者に「ひとびとの跫音」という作品がある。面白いのでお薦めという訳にはいかないが…。

(2014/2/13記載)

A叛旗兵 妖説直江兼続 上下 (1976)
山田風太郎朝日文庫時代/伝奇
371頁/360頁648円/648円★★★

 関が原の東西合戦後、上杉家徳川の顔色を伺わざるをえない状況にあったが、その上杉家の筆頭家老直江兼続のもとに、彼の娘伽羅と本多正信の息子を娶わせたいという縁談話が持ち上がる。徳川の謀臣の息子など、スパイを大っぴらに城中に入れるようなものだ。なんとか穏便に断るための奇策として、兼続は伽羅を八丈島帰りで大谷義継の忘れ形見と噂される佐兵衛と結ばせた。方便としての婚儀に愛情が起ころう筈もないが、長い遠島暮らしでめっきり覇気のなくなった佐兵衛を男にするために、伽羅は家臣たちにとんでもないことを命じるのだった。

 命じられたその臣下たち、上杉四天王の面々は、前田慶次郎(本書ではヒョット斎)、上泉泰綱、それに車丹波岡野左内という豪華さである。
 「花の慶次」で一気にメジャーとなった前田慶次郎に、剣聖上泉信綱の血縁者(孫?)、そして司馬遼太郎「城をとる話」で主役のモデルとなった二人。もちろん四天王云々は完全にフィクション(大方この舞台設定の時代には死んでいるはず)だが、それぞれに上杉家に所縁のあることは間違いなく、さすがは山田風太郎という人選だ。
 キャラクター造形は極めてマンガ的だが、人間臭いやりとりが楽しい。

 話の展開は後年の明治モノに近く、忍法帖ほどには殺伐とした雰囲気はない。むしろイタズラを仕掛けていくといったノリだ。史実の隙間で“出会ったかもしれない”有名人たちの組み合わせの妙を楽しむべし。
 正体不明の人物が実は!というサプライズも一応はあるが、これは隠そうとしてるんだかどうだか、多少のカンがあれば早々に気付いてしまうレベルのもの。しかしそんなこんなもゆったりと味わえばよいだろう。<ネタばれ反転>川原正敏「修羅の刻」に似た設定が出てくるが、ただの偶然なのかどうかは気になるところ。

 ところで、副題の“妖説 直江兼続”は明らかに便乗商法だ。まぁいいが。

(2013/4/13改訂)

B因幡・伯耆のみち、梼原街道 街道をゆく27 (1985〜1986)
司馬遼太郎朝日文庫歴史薀蓄/紀行
293頁520円★★★

(1)「因幡・伯耆のみち」
 まずは大前提を確認。
 鳥取県の東半分が因幡、西半分が伯耆(ほうき)である。
 米子を中心とする伯耆は、地勢的には西の出雲と関係が深いため、鳥取県でも西と東で随分と性格が異なるとは、よく聞く話だ。

 話がずれるようだが、島根県の津和野山陰の小京都として有名で、幕末・明治期には西周森鴎外なんて有名人を輩出している。この津和野は江戸期のほとんどを亀井家が拝領していたのだが、この家の祖亀井茲矩の時代は、因幡の鹿野を領していたらしい。
 豊臣政権下で鹿野の領有権を与えられた亀井茲矩は、戦国武将としての知名度はかなり低いが、それもそのはず、元々が織田、豊臣、徳川といったメジャーリーグに所属していた武将ではないという。あの尼子家再興の運動で有名な山中鹿介の娘婿として、彼と行動を共にしていたらしい。山中鹿介は言わば織田家による中国攻めで、不運にも捨て駒にされたが、尼子再興軍の一部を率いていた亀井茲矩は、当時、秀吉と行動を共にしていた為、上月城の一件では難を逃れのことができた。

 わたしは二年前、家族で鳥取市から米子市へと鳥取県を横断したが、すでに本書の内容は忘却の彼方だったので、今本書をぱらぱらめくってみても、わたし自身の記憶と絡むことがなにもなくて悲しい。
 著者が遙拝するに留めた三仏寺投入堂(←国宝)には、いつか一度行ってみたいとは思っている。(わたしも遙拝しかできないだろうが…)

(2)「梼原街道(脱藩のみち)」
 檮原(ゆすはら)とは、四国山脈の西方にあって、愛媛県との県境にある高知県の町名であり、幕藩体制でもそのまま伊予土佐の国境であった。サブ題名にあるように、坂本龍馬をはじめとする土佐の郷士の多くが、ここを通過して脱藩した。土佐は四国の他の三国(讃岐阿波、伊予)とは四国山脈で分離された立地にあり、県境の檮原はもともと伊予文化の影響を多分に受けていたようだ。「檮原は土佐のチベットやきに」などと言われたらしいが、文化的にはむしろ高知城下(御町)よりも都びていた面もあったらしい。
 そういったことも影響していたのか、もちろん檮原にも関所はあったが、幕末では見て見ぬふりしていたというのだ。よく判らないが、伊予にさえ抜けてしまえば、そこから先(例えば長州へ)は自由に行けたようだ。

 坂本龍馬は沢村惣之丞とともに脱藩する際に、檮原の那須家に厄介になり、当主俊平と養子の信吾等と一晩酒を酌み交わしたという。後に那須家のこの二人も脱藩したわけだが、この四人がいずれも明治を迎えられなかったところが凄惨である。
 一方高知県佐川町は、幕藩時代は土佐藩家老深尾氏の領地だったが、この家中だった浜田辰弥は、後に田中光顕伯爵となった。この深尾氏と家中の関係なども、幕藩時代の主従関係といっても様々なことがわかって興味深い。

(2014/3/28記載)

C高く孤独な道を行け
 Way Down on The High Lonely (1993)
D・ウィンズロウ創元推理文庫冒険
445頁740円★★★★

 朋友会は漸くニールの所在を掴み、手を尽くして彼をアメリカに連れ帰った。その彼が探偵稼業の復帰に託された一件は、映画プロデューサーの女性からの依頼で、別れた元夫が連れ去った息子を取り返してほしいというもの。その足取りを追うニールは、ネヴァダの田舎で潜入捜査を行う羽目に陥るが・・・。

 前作と違って舞台がアメリカのド田舎ということもあって、前半のスローな展開は少々求心力に欠けたが、ニールの潜入先がトンデモないところであることが開示されてからは、俄然面白くなってきた。皮肉の利いた地の文(ニールの心中描写が多い)もいいが、中盤の展開の読めなさは魅力だ。
 クライマックスの“対決”シーンはややご都合が良過ぎだろうか。しかし全体としてはさすがの面白さである。

 朋友会のニューヨーク支部長エド・レヴァインは、一作目からの登場だったと思うが、鮮やかな見せ場が用意されたのは、今回が初めてでは?
 ヒロインのカレンは、わたしにとっては少々(正直言えばかなり)魅力のないタイプで残念。

(2013/4/13改訂)

D封印された戦国名城史 (2005)
井沢元彦ワニ文庫歴史薀蓄/紀行
291頁676円★★★★

 日本の名城を紹介する本は、書籍、ムック、雑誌を問わず本屋に並んでいる。つい先頃もデアゴがまたシリーズを始めたが、どうしても建造物や景観を重視した内容となり、その城、地域に拠った人物たちや歴史的位置付けの考察は、今ひとつのものが多いと思う。
 いや、ビジュアルはとても重要だし、それらの本に各々の城にまつわる故事来歴も紹介されてはいるのだが、然程印象に残らないのである。

 その点、さすがは井沢元彦。みっちり書き込まれているわけではないが、読みやすく、興味深いエピソードと薀蓄で27の城が紹介されている。ビジュアル系お城本とセットで読むのがいいだろう。

(2013/4/13記載)

E兵士に聞け (1995)
杉山隆男新潮文庫自衛隊薀蓄
651頁819円★★★★

F逆説の日本史12 近世暁光編 (2003〜2004)
井沢元彦小学館文庫歴史薀蓄
365頁590円★★★

 秀吉亡き後、その政権を徳川家康がどう蚕食し、関ヶ原大阪の陣で豊臣家を滅ぼす様を、そして荒くれた戦国武士たちや宗教勢力の牙をどのように抜いていったのかという徳川政権初期の政略を解説している。

 関ヶ原というと、すぐに小早川秀秋の裏切りが語られるが、この戦いの陣図をみると、関ヶ原の東野入口付近の桃配山に布陣して西を見ている家康に対して、さらにその東の南宮山に、吉川広家を含む毛利秀元隊一万数千が布陣していたのだから、彼らが一気に山を下って東軍の背後をつけば、西軍の勝利は間違いなかっただろう。南宮山のボトルネックに布陣して毛利本隊が身動きできないようにしていた吉川広家の罪は大きい。もっとも、戦場でもその向背が不明で家康をイライラさせた小早川秀秋と違って、毛利隊が不動であることは家康は確信していたのだろうと著者は書いている。そうでなければ家康は桃配山まで陣を進めなかっただろうという考えだ。吉川広家の家の字は、きっと家康からもらったものだろうが、いつの話なのかな。

 それにしても、たとえ吉川広家の旗幟は鮮明であっても、毛利秀元がしゃにむに動けばえらいことになっただろうに、このあたりの人の関係は家康は完全に抑えていたのだろう。
 いずれにしても、兵力五千前後の石田光成に対して、西軍で一万数千の兵力をそれぞれ抱えていた宇喜多、小早川、毛利の三隊のうち、一隊は動かず、一隊は寝返ったのだから、石田光成は哀れである。彼がもう少し柔らかく人好きのする男であったら、その後の徳川の天下はなかっただろう。

   また関ヶ原戦直後の去就で、毛利輝元があっさり玉(豊臣秀頼)と城を手渡したのは痛い。輝元が大阪城内にどれほどの兵を駐屯させていたのかは書かれていなかったが…。

 後半では、現代に至るまで、日本の最高権力者に決定権がないことを、著者得意の“日本教”で説明しているのがやはり興味深い。

(2013/5/11記載)

Gウォータースライドをのぼれ
 A Long Walk Up The Water Slide (1994)
D・ウィンズロウ創元推理文庫冒険
382頁980円★★★

 ネヴァダでの暮らしにもすっかり慣れたニールのもとに、グレアムが次に持ち込んだ仕事は、有名なケーブルテレビの顔であり、筆頭株主であるジャック・ランディスの愛人に、記者たちの質問に答えうるだけの言葉遣いを教えるという突拍子もないものだった。やりがいはともかく、危険はない仕事のはずだったが、匿った“生徒”のポリーの所在はリークされ、ストリップ雑誌が雇った探偵やジャックの妻キャンディ、そして殺し屋までもがニールのもとに現れ・・・。

 基本的にはこれまでのシリーズに準じた面白さだし、犠牲者が出たりもするが、前作までと異なってかなりコメディにふった作風になっている。ドタバタ劇といっても間違いはないくらいだ。
 ニールは決断力、判断力優れた人材とはいえ、これまでもどうも行き当たりバッタリ感が強かったが、ここまでコメディ色が強くなってなってくると、逆に気にならなくなってしまう。

 ところで、愛人関係におけるレイプはもちろん成り立つと思うが、カレンの言動は一々うっとうしい。

(2013/4/13改訂)

H秋田県散歩、飛騨紀行 街道をゆく29 (1986〜1987)
司馬遼太郎朝日文庫歴史薀蓄/紀行
306頁480円★★★

(1)秋田県散歩
 著者のエッセイでは、江戸時代の市井の教養人として安藤昌益富永仲基山片蟠桃の名がよく挙がるが、本編では彼らを発掘した学者の狩野亨吉内藤湖南が紹介されている。この二人はいずれも秋田県に隣接した土地の出身だが、時の情勢で戊辰戦争では敵対することになったらしい。幕末の一断面が窺い知れる興味深いエピソードだ。

(2)飛騨紀行
 岐阜県は美濃飛騨に別れるが、美濃はともかく飛騨には、南からの入り口である下呂温泉に一度行ったきりで、残念ながら高山へは行ったことがない。
 京から遠いとはいえない割に交通は不便で、それだからこそ高山に小京都と呼ばれるだけの建物文化が残っているともいえるのだろう。しかしその文化の基を作った戦国大名が、金森長近とその一族だというのは知らなかった。小説では彼の名はちょこちょこ挙がりはするが、印象は薄い。

(2013/4/13改訂)

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