2009年 8月
トップ頁に戻る “本”の目次に戻る 2009年 7月に戻る 2009年 9月に進む
@砂漠で溺れるわけにはいかない
 While Drowning in The Desert (1995)
D・ウィンズロウ創元推理文庫冒険
253頁720円★★★

 カレンとの結婚をひかえたニールにグレアムが押しつけた仕事は、ラスヴェガスから老人を一人連れ帰ること。所在を探せということではなく、それは判っているという。ところが、ニールが現地で予定通り見つけた老人、往年のコメディアン、ナッティー・シルヴァーは、何やかやと文句をつけて自宅に帰ろうとしない。なだめすかしたニールが漸くレンタカーに乗せたものの、ちょっとした油断の間にレンタカーを乗り逃げされてしまう羽目に。しばらくの後、砂漠の途中でレンタカーは見つかったが、ナッティーの姿はなく・・・。

 のっけからカレンのうっとうしい言動にテンションが下がるが、読了してみると、実はあまり気にならなくなっていた。なんでかというと、前作から目だっていたコメディ要素が本作ではさらに進んでいて、ここまでくるとカレンの言動に目くじらたてても仕方ないという感じだからだ。これまでの記述スタイルでもニールの目線から語られていたが、本作でははっきりと彼の一人称となっていて、さらにはニール以外の人物も一人称で語りだす。
 具体的にはナッティーの女友達のホープとカレンの二人だが、ホープ(ナッティーの友人だからかなりの高齢)は“キャッ、赤面っ!”てな調子だし、カレンに至っては、もはや思考の90%は子作りのことしか考えていない始末だ。

 それにしても、ドン・ウィンズロウの心境の変化はなんなんだ。

Aシャーロック・ホームズの謎を解く
小林司/東山あかね宝島SUGOI文庫小説薀蓄
231頁457円★★★

 日本シャーロック・ホームズ・クラブの主催者夫婦が著した本。63の“謎”について、項目あたり3、4頁で書かれている。シャーロキアンがどんなことを考えているかが解る。

 本書をどの程度楽しめるかで、自分のシャーロキアン度数を測るのがよいだろう。
 私はコナン・ドイルが書き散らかした末の多くの矛盾を、そこに触れずにつじつま合わせようと四苦八苦するところまでの趣味はないが、当時の政治/文化背景にはとても興味があるので、19世紀後半の性風俗やコカイン事情は面白かった。

B砲艦ホットスパー ホーンブロワー・シリーズ<3>
 Hornblower And The Hotspur
C・S・フォレスターハヤカワ文庫冒険
542頁940円★★★★

C興福寺
97頁1000円

Dトルコ沖の砲煙 ホーンブロワー・シリーズ<4>
 Hornblower And The Atropos
C・S・フォレスターハヤカワ文庫冒険
479頁840円★★★

E犬坊里美の冒険
島田荘司光文社文庫推理
541頁838円★★★

 2004年の夏、犬坊里美は司法修習生として岡山にやってきた。
 倉敷の弁護士事務所に配属された彼女は、国選弁護の見習いとして、早速不可思議な死体消失事件を扱うことになる。事件現場で不審者として発見された男が逮捕済みであり、自供もしているらしいが、なんとも驚くことに検察側も弁護側も死体の消失については争点としない方針だという。しかも肝心の容疑者は里美たちにまったくの非協力的態度を取り、里美はどうしたらよいのか途方に暮れ・・・。

 横溝正史に捧げる一大オマージュ、「龍臥亭事件」で初登場した犬坊里美が、まさかの主役として戻ってきた。これまではそんな才能など片鱗も見せたことなどなかったが、少なくともかなりの記憶力を持っていたらしい。そもそもの本書の意図は、冤罪の発生するメカニズムの一例を挙げることと、それに絡めて日本人的性格の問題点を提示するところにあることが、著者のいつもの発言から想像できるが、この手の事件に超人的探偵は要らないということか。
 「エラリー・クイーンの冒険」とか「シャーロック・ホームズの冒険」といったビッグ・ネームに倣った題名なので、てっきり短編集かと思っていたが長編だった。

 このようなテーマなので決して軽い話ではないし、里美はことさらに頼りなく描かれているので、読んでいる間はほとんど面白く感じられないのだが、終盤に至ると、被疑者の藤井が床下に潜んでいた理由や、死体消失のトリックのユニークさ、いやおバカぶりが開示されてかなりの破壊力があるので気をつけたほうがよいだろう。

 それにしても、里美も早20代の半ばを過ぎて!!!いるのだから、口調はもう少し矯正してほしいところだ。尾登君との絡みもあって、妙なキャラクター青春小説になってしまっている。

Fエデンの命題
島田荘司光文社文庫推理
316頁571円★★★

(1)エデンの命題
 アスペルガー症候群の機能障害を持つザッカリは、同じ障害を持つ生徒ばかりを集めた“アスピーエデン学園”で満ち足りた生活を送っていた。ところが友人のティアが姿を消したことをきっかけに、アスピーエデン学園の存在の裏には、途轍もなく非道な秘密が隠されていることに気付かされ・・・。

(2)ヘルター・スケルター
 病室で意識を取り戻した男。彼には過去の記憶がなかった。現れた女医は、彼が記憶を取り戻すチャンスは薬が効いているこれからの5時間しかないいう。女医に導かれるままに彼は自分の記憶を探り始めるが、やがて断片的に現れた記憶は・・・。

 どちらもノン・シリーズだ。シリーズ探偵どころか全編アメリカが舞台で、一人の日本人すら出ない
 いずれも著者推奨の“最新生物科学の中にミステリのネタ元あり”にストレートに従った中篇で、前者はクローン技術とアスペルガー症候群、後者は記憶のメカニズムが中心となっている。
 そういった薀蓄にそもそも興味があるのでどちらも楽しく読めたが、実を言うと読了からすでに半年以上が経過しており、すでに理系薀蓄を中心にした小説ということしか記憶に残っていなかった。上のものカタリの発端を書くにも一部読み直す羽目になったという体たらくだ。

 ところで、冒頭に不思議事象、終盤に合理的な解釈というのが、著者の本格ミステリの定義だったと思うが、まぁ著者の考えとしては、この分野が先細りにならないように門戸を広げることが重要だったのだが、広い。あまりに広すぎる。
 ぶっちゃけると、これってラストのどんでん返しを期待しながら読む技巧的な小説ってことだ。もちろん“どんでん返し”があればいいというわけではなくて、破壊力はともかく、その後でがっくり脱力するか、ハタを膝を打つかは“技巧的な”部分の仕込みが高いレベルで実現されてないといけないわけだが、私の定義としては、本書を本格ミステリには入れたくないなぁ。

 いや、“ミステリ”がミステリアスな雰囲気だというなら、たしかに不安感を持って読み進めていくストーリー展開はミステリだ。うーん・・・。

G破線のマリス
野沢尚講談社文庫サスペンス
382頁619円★★

 いわゆる業界内幕ものは、いつも感心させられはするし興味深いが、ミステリとしては小粒であることが多い。それに官庁だろうが私企業だろうが、組織の暗部がつきものなので、人間の汚さや小ささがクローズ・アップされることになり、その幾分かは同じく小さな社会人である自分に跳ね返ってくることになる。あまり楽しいとはいえない。
 はたして本書。想像通りのミステリの弱さと想像以上のダークな展開にしてやられてしまった。

 いや、ミステリ部のインパクトはなかなかあった。
 事件の中核であるべき、他殺を疑わせる飛び降り死について<ネタばれ反転>最後まで黒幕も実行犯も明示されないというのもすごいし、中盤以降に現れるフー&ホワイ・ダニットについては、完全に意表をつかされてしまった。
 しかし、読んだ直後は業界構造や人間心理のリアリティーに圧倒されていたのか、このフー&ホワイにしてやられた気になったが、<ネタばれ反転>10歳の子供が電車で尾行をし、いくら元は自分の家とはいえ夜間に忍び込んで、愛しい母親を盗撮していたというのは、両親ともに映像関係の仕事で子供もそれらの機械にかなり馴染んでいたという布石はあるにしても、これはかなり納得しづらい。

 いずれにしても読後の印象としては、これを推理小説と呼ぶことすら疑問に思うほどに、救いの感じられないものだった。
 こんなことを言うのは死者に対して失礼かもしれないが、本書のような本ばかり(著者の本はこの一冊きりしか読んでいないので完全に想像です)書いておれば、そりゃあ死にたくもなるという気がする。

Hキリスト教暗黒の裏面史
 The Dark Side of Christian History
H・エラーブ徳間文庫歴史薀蓄
239頁552円★★★

 どうも誤解していたのだが、神と個人の間に介在して莫大な利権をむさぼるために、民衆を無知のままに支配していた中世までのカトリックに対する大改革として、神と個々人とを結びつけたプロテスタントには、とても啓蒙的なイメージを持っていた。

 いや、中世のカトリックが多かれ少なかれ、支配力をキープするために民衆の教化に反対してきたのは事実のようだが、それに対するプロテスタントも、決して褒められるものではないようだ。
 マルティン・ルターは思想的にかなりの女性蔑視観を持っていたらしいし、またキリスト教のダークサイドというと真っ先に魔女裁判を思い浮かべるが、プロテスタント地域でもカトリック地域と同様に発生していたらしい。これについては、どうやら(まさに無知な)民衆主導によるものが主で、その濃度は領主の権限が小さい――民衆を押さえ込めないという意味で――地域のほうが高かったらしい。

 それはともかくカトリックもプロテスタントも、神と個人の距離以外の、いわゆる聖書の解釈というところでは極めて近く、本書ではたしか“正統派”という言葉を使っていたが、いわゆる三位一体説であり、マルコ/マタイ/ルカ/ヨハネの四つの福音書までを正統とすることは同じだ。
 この“正統”が正統とされた背後では、それ以外の多くの解釈が“異端”とされてしまったわけで、その取捨選択にはきわめて多くの私利私欲が充満していたということだ。

 仏教では、日本にも伝わっている大乗仏教の多くの経典が、実は釈迦の関与しない後年の作成物であることは周知とされていて、現在でも共存しているのだが、キリスト教においても四世紀あたりまでは数多くの福音書が存在したというのは面白い。有名な死海文書なんかもそれら多くのうちの一つということだろう。

 いわゆる陰謀史観の有象無象と異なるのかどうか、どこまで信用してよいかは判断できないが、キリスト教史として非常に興味深い裏面史が紹介されている。

I失われた大陸
 Beyond Thirty
E・R・バローズ創元推理文庫SF
177頁240円★★★

 2137年、南北アメリカ大陸はパン・アメリカン連邦を名乗り、東西の大陸とは200年以上に渡って没交渉となっていた。コールドウォーター号を率いるジェファースン・ターク大尉は、東の境界線をパトロール中のアクシデントで、部下三人とともに大西洋におきざりとなってしまう。死ぬよりはとさらに東を目指した一行は、二世紀ぶりにイギリス、ドイツをその目にすることになるが・・・。

 昔読んだ時には、バローズの一連の大シリーズに隠れて、あまり印象に残っていなかったが、なにせ書かれたのが第一次世界大戦の真っ只中ということを考えると、独英およびヨーロッパが完全に廃墟と化し、南からは黒人帝国が、東からは日本もあっさり併合した黄色人帝国が押し寄せるという未来感は興味深い。
 イギリス虎やらライオンのうようよする未開の社会になっているのはバローズの趣味だからさておき、繰り返すが1915年の作品だから、十分にSFと呼んでいいだろう。

 ところで若干21歳にして二百名の部下を率いてコールドウォーター号を率いる主人公は、まるでシャアなみと言わねばなるまい。

Jファンタジーの歴史
 Imaginary Worlds
L・カーター創元社ファンタジー薀蓄
350頁2500円★★★

トップ頁に戻る “本”の目次に戻る 2009年 7月に戻る 2009年 9月に進む