2009年10月
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@阿波紀行、紀ノ川流域 街道をゆく32 (1988/4〜8)
司馬遼太郎朝日文庫歴史薀蓄/紀行
260頁520円★★★★

@阿波紀行
 阿波を支配した一族を歴代に挙げると、鎌倉時代には信州から乗り込んできた小笠原氏、そこから派生した三好氏室町時代の実力者で三好氏を取り込み後に乗っ取られた細川氏、そして四国を統一した長宗我部氏の支配を瞬間的に受けて、伏見・大坂時代以降は蜂須賀氏といったところ。
 彼らの興亡を考えるうえで、高校野球で以前有名になった池田が、孫氏の兵法でいうところの衢地である等々、なかなか面白い。

 阿波言葉と京言葉の類似などは知らなかったが、管領細川頼之以降織田信長の入京までの200年の間に、阿波言葉がかなり京都言葉に影響を与えたというのも面白い。しかし普通に考えれば、京の言葉がダイレクトに阿波に影響を与えたと考えるほうが自然では?

A紀ノ川流域
 阿波編に較べて頁の少ない小編で、ほぼすべてが根来寺に関わる内容だ。
 わたしにとっては、根来十三人衆(from「仮面の忍者赤影」)と根来七天狗(from「伊賀忍法帖」)がイメージ・ソースのすべてだ。しかも粉河の寺とごっちゃになってた…。
 なので、根来の衆といっても小集団しか思い浮かばないのだが、平均的な歴史好きにとっても、雑賀と並んで鉄砲のスペシャリストを抱える傭兵集団といったイメージだろう。

 どうも大集団というイメージが沸き難いが、豊臣秀吉に滅ぼされる前の全盛期には、根来の寺域には二千七百余りの建造物があって、僧俗あわせて二万人ほどが暮らしていたという。

 中世の仏教集団が、一向宗にしろ比叡山にしろ巨大な組織であったのと同様、根来寺の勢力もかなりのものだったようだ。
 そもそも巨大な勢力で他国との貿易すら手広くやっていたからこぞ、種子島からの鉄砲の入手とその後の急速な流通に大きく関与することができたということだ。

(2015/1/31改訂)

A九龍城探訪 魔窟で暮らす人々
 City of Darkness
G・ジラード/I・ランボットイースト・プレス
215頁3500円★★★★

 九龍城砦が解体されてから早15年も経ってしまった。(改訂日からは20年以上だ)
 すでにその名前すら知らないという人も多いだろう。
 日中戦争前から九龍城砦というのはあったらしいが、一般に九龍城砦と聞いて思い浮かべる景観となるのは、70年代、80年代のあたりのようだ。情報のソースがなんだったか覚えていないが、わたしがその存在を知ったのもその頃だった。

   こんな猥雑で魅力的な外観になってしまったのは、この区画が英国と中国との間の租借絡みのやりとりにおいて、双方から法管理を受けない特別地域になってしまったからだという。そうなると、結果として流民がなだれ込んでくることになるが、バイタリティーが豊かすぎる中国人のこと、建築基準が適用されない状態での高密度化、高層化が進み一時は設計基準など無視した14階建て前後のビルが林立し、まるで一つの巨大要塞のような異様な雰囲気を持った建物群になったというわけだ。

 さて本書、解体が決まった90年代の初めに、九龍城砦の住民たちへのインタビューを行っており、その頃の豊富な写真とあわせて構成されている。意外なことに、犯罪の温床であったイメージとは違い――薬物中毒者の屯については、複数の証言があがっているが――、かなりの数の真っ当な労働者やその家族たち(もちろん中国人基準としてだが)が暮らしていたことが判る。とても興味深い本だ。

(2015/1/31改訂)

B戦車男 タンクバトルと戦車乗り (2006)
あかぎひろゆき光人社戦車/自衛隊薀蓄
272頁1800円★★★

 時期からすれば、僅かなりとも「電車男」のヒットにあやかろうという悲しい題名に違いない。著者は出版社の方針にかなり忸怩たる思いでいたのだろう、いきなり前書きで、これは“戦車マン”と読むのだと主張している。

 それはともかく、題名にも現れているように若い世代狙いということなのか、本文の記述が最初から最後まで、おじさん(著者自身)と甥っ子の会話になっているのは、慣れるまでがつらい。

 しかし戦車に興味があれば、内容は判りやすくて面白いだろう。

(2015/1/31改訂)

C梅原猛の授業 仏教 (2001〜2002)
梅原猛朝日文庫仏教薀蓄
289頁600円★★★

 読み始めは違和感から始まった。
 中学生向けの講義録であった。(もちろん、題名に“講義”とあるけれど、比喩的なネーミングかと…)
 しかも東寺の境内にある真言宗系の学校だ。

 のっけから、これからの混迷する世界に置いて、人々の道徳を形成するのは宗教である。仏教である。と断言されると、いやちょっと待ってと思ってしまう。

 ただし、今の処わたしが、道徳教育に関して一番すっきりと肯けるのは藤原正彦の考え方で、美しいか美しくないかという判断基準なのだが、日本人の美意識の元には、当然ながら仏教的な思想も色濃く反映されている訳だから、若い世代に育みたいと著者が思っている道徳観とは、中身はかなり似通っていると言えそうだ。仏教系学校に通う学生への講義だから、TPOには合致してる。
 いずれにせよ、世界中の多彩な文化や思想の違いを超えて平和に導くための道徳としては、正義の一神教よりも、寛容や慈悲を中心にした多神教を置くほうが、ふさわしいであろうことにはまったく同感である。

 というわけで、最初のほうはまあ若干の違和感があったりするが、第七時限以降は日本仏教の歴史をやさしく総覧してくれて、安心して面白く読める。
 仏教については、井沢元彦の逆説の日本史シリーズや「世界の[宗教と戦争]講座」を読んだりしているが、井沢史観も、怨霊をはじめ著者の史観にかなりの影響を受けているので、よい復習になった。

(2015/1/29記)

D人狼城の恐怖
 第一部 ドイツ編/第二部 フランス編
 第三部 探偵編/第四部 完結編 (1996〜1998)
二階堂黎人講談社文庫推理
662頁/726頁
554頁/645頁
933円/990円
781円/933円
★★★★

 独仏を隔てる絶壁の両側に建てられた双子の城、人狼城。伝説とともに何度か歴史上に名を現してきたドイツ側、<銀の狼城>とフランス側<青の狼城>で、それぞれ招かれた人たちに殺戮の嵐が吹き荒れる。数ヵ月後、ドイツの集団失踪事件の断片情報と運命的な示唆から、二階堂蘭子は欧州へ飛ぶが、失踪事件のよりどころとなるのは、唯一人のの生存者の証言のみ。しかし彼には重度の精神障害が見られ、その証言内容はとても現実のものとは思えない。証言の中に現れる<銀の狼城>は果たして現実のものか。さらに<青の狼城>に招待された人物が残したらしい速記録をも入手するが・・・。

 まずは、謎解きメインの推理小説で、こちらを飽きさせることなく、この長大な小説を仕上げて世に出した著者の手腕を称えたい。

 問題編となる、第一部の“ドイツ編”と第二部“フランス編”では探偵活動が始まらないだろうことに加えて、設定からしてもかなり韻を踏んだ展開になることが予想できるだけに、読み始めるには少々敷居が高かったが、意外にもぐいぐい読み進めることができた。
 舞台となるアルザス・ロレーヌ地方は、昔ポプラ社版の「ルパンの大作戦」(完訳版では「オルヌカン城の謎」)で強烈に印象づけられたものだが、まさしくそれに対する言及もあって懐かしくもあった。むしろ、第三部の“探偵編”に入ってからのほうが、二階堂蘭子のキャラがしんどいだけに、リーダビリティが少々下がった…。
 しかしなんだな、蘭子という名前は、江戸川乱歩横溝正史たちによる合作小説「江川蘭子」へのオマージュだと思うが、染色のうえに髪がくるくるで染めてるような描写があって、「六三四の剣」の蘭子が脳裏から消えんではないか!

 パズル型のミステリにおいて、人物描写がどーのこーのと言うのは野暮な話なのだが、著者は特に女性の描写が苦手のようだ。何人か登場する女性キャラはきわめて類型的で、蘭子の性質はその類型な女性的性質の裏返しといったところだ。

 それはそれとして、“解決編”では再びリーダビリティは上がり、一気に読み終わることができた。
 まじめなわたしは、なるべく時系列で物語の進行が追えるように、ドイツ編とフランス編を併行して読んだ所為もあって、どの人物がどちらの城にいるのかがかなりごっちゃになってしまった反面、<ネタばれ反転>人狼城の階層構造や両城を渡っての入れ替わり、一人二役等々、謎のかなりの部分は解った。
 と、えらそうに書いてはみたが、まぁこの辺まで謎解きさせるのは著者の想定範囲かもしれない。あからさまなヒントが何度も語られるので。

 しかし様々な謎を矛盾なく説明しきるためには、<ネタばれ反転>城のみならず、立地条件の自然環境まで想像してやらねばならない。しかも曖昧さを残した国境線というリアル設定(史実かどうかは判らない)と、片や対岸の城はともかく、周りの樹叢や断崖の形状の違い(必ずあるはずだ)には誰も気がつかないというパズル設定をない混ぜて、本作の回答にたどり着くのは相当難しいのではないだろうか。

 あまりに自信満々で無防備な二階堂蘭子の一行や、凶悪な大量殺人を屁でもなく犯す割に<ネタばれ反転>あっさりとアジトの破壊と逃亡に走る犯人一味等々ツッコミ処は満載、ラストのアストラル体の挿話など安物ホラー映画のようでつまらないが、解いてやったぜ感と、してやられ感が程よく得られて、最近読んだ推理小説ではピカ一だった。

(2015/1/31改訂)

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