2009年11月
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@ユダの窓
 The Judas Window
C・ディクスンハヤカワ文庫推理
389頁602円★★★
 婚約者の家へ父親ヒューム氏に対面するために出向いたアンズウェルは、妙に冷めたヒューム氏の態度に戸惑うが、用意されたワインに口をつけて意識をなくしてしまった。そして彼が目覚めた時には、傍らには自分に薬を盛ったはずのヒューム氏が死体が横たわっていた。その部屋は内側から鍵のかかった密室であり、アンズウェル以外にヒューム氏を殺すことができないのは、誰の目にも明らかだが・・・。

 窮極まったアンズウェルの弁護士としてH・M卿が登場。喜劇的なドタバタもなく、法廷モノということも珍しい。
 抜け道のない完璧な密室と思われる部屋に存在するという“ユダの窓”とは一体なんなのか。
 これが謎の中心であり、なるほどたしかにそれはできるかもしれないねという感想だが、本書が名作と呼ばれる理由として、実はユダの窓自体が見せネタかと思わせる最大のトリックが隠されている。そうと知って、<ネタばれ反転>冒頭のアンズウェルとヒューム氏の会合を読み直すと様相がまるで変わるところがすばらしい。著者の手腕に脱帽してしまうだろう。

(2013/7/30改訂)
A白河・会津のみち、赤坂散歩 街道をゆく33
司馬遼太郎朝日文庫歴史薀蓄/紀行
321頁580円★★★
(1)白河・会津のみち
 白河というと古代より東北の玄関というイメージだが、平安時代の初期でさえもすでに多賀城胆沢城が、白河よりも北方に存在していたわけで、白河に実際に関所があったのがいつの頃だったのか、どんな形状だったのかというと、これがよく解らないらしい。
 白河については、かろうじて寛政の改革松平定信が念頭に浮かぶが、本稿でより光をあてられているのは丹羽長重である。その父親の丹羽長秀羽柴秀吉が天下人へと向う転回点において、秀吉の保証人的な位置にあって(秀吉にとって)大いに役立ったが、その後丹羽家は歴史の表舞台からフェードアウトしていった。長秀の息子が藤堂高虎の養子に入ったことは知っていたが、迂闊にもその兄長重の系統が白河、後に二本松で継承されていたのは知らなかった。

 会津については、現在「八重の桜」も放映されていることでもあるし(これからの斗南での辛苦の生活をどこまで描写するのだろう)多くを書かないが、著者はやはり会津への好意と同情をたっぷり持っていて、紀行そっちのけで幕末から明治期の会津藩が味わった労苦に筆を割いている。

 紀行先としての現代の会津への失望が大きかったような気配もあるが・・・。

(2)赤坂散歩
 こちとら東京には縁が薄くて、赤坂と言われてもTBSの番組改変時の特番でのランニング競争しかイメージできなかったが、あのレースでも上り坂勝負がひとつの見所だった。あの辺りは坂が多いらしい。
 赤坂に限らず東京界隈が坂だらけなのかもしれないが、乃木坂紀尾井坂汐見坂雲南坂榎坂江戸見坂、それにくらやみ坂なんてのも赤坂界隈にあるようだ。(考えてみれば、赤坂にも坂が入っていますな)
 その界隈に住んでいた人物を中心にした歴史トークで、話題に上った人物を適当に挙げると、勝海舟大久保利通高橋是清大岡忠相乃木希典浅野幸長天海僧正といったところか。

 わたしは学生時代、それと知らずに一身田専修時に何度も部活の合宿でお世話になったが、この寺が本山である浄土真宗高田派は関東に根付き、末寺がこの赤坂界隈にいくつかあるというのが興味深かった。真宗高田派の祖は、親鸞が常陸に滞在した頃に帰依した椎尾弥三郎という人物らしい。
 “高田”というのはどこからついたのかな?

(2013/7/23記載)
Bよくわかる「世界のドラゴン」事典
廣済堂文庫ファンタジー薀蓄
257頁648円★★
C陰摩羅鬼の瑕
京極夏彦講談社文庫探偵
1203頁1200円★★★
 信州の由良元伯爵家では、当主の婚礼の翌朝に花嫁が殺害される事件が、過去三度に渡って繰り返されてきた。そして四度目の婚礼を迎えるにあたり、現地警察の護衛に加えて、榎木津と関口が由良家の屋敷「鳥の城」に乗り込むが、惨劇は四度・・・。

 前作の「塗仏の宴」京極堂シリーズの総決算といった趣きだったのに対して、本作は明らかに一旦リセットしている。不審な連続殺人が起こった旧家の屋敷の、次なる悲劇を防止するために探偵が乗り込むという、見かけ上はとても判りやすい設定だ。
 ただし構造としてシンプルな分、見かけの探偵役の榎木津の登場も多いのが個人的には困りものである。
 当然ながらまるでお話にならず、うっとうしいことこの上ない。“だから正式にきちんと頼めばよかったんだ”みたいなことを言ってるが、状況を認識できないのもここまでくると有罪と言っていい。

 同様に、京極堂も伊庭元刑事からの持込みということで、いつになくすんなりと事件に介入はするが、いわゆる“名探偵”のように、確証がないので現時点では話せないと語ったうえで、“今晩だけは警察でなんとしても花嫁を守って欲しい”などと嘯いておる。確証がないにせよ、彼の懸念が当たっていれば通常の警護で花嫁の身を守るのは不可能なのだから、とりあえずは由良昴允と会って、何がしかを語っておくべきだろう。その時点で誤解は解けて悲劇は回避できただろうが。

 それはともかくも、謎解き部分がおもしろければまぁよいのだが、その点、本作のネタはあまりにモロバレではないだろうか。京極作品が初読というならともかく、大方の読者にとっては謎はほとんどないだろう。というか、わざわざ<ネタばれ反転>冒頭のシーンを加えていることを考えると、あえて気付かせる意図があるとしか思えない。
 本作のネタである儒教を語るにあたって、林羅山に絡む姑獲鳥のアップデートなどはとても興味深く読ませてもらったが、胤篤や公滋の胡乱な言動についても明示されすぎで、著者の意図が本作の最大の謎だ。

(2013/7/30改訂)
D終戦のローレライ TU
福井晴敏講談社文庫冒険
248頁/479頁467円/695円★★★★
 昭和二十年六月、敗色濃厚の日本は一足先に敗亡したドイツから、乗員の亡命を条件に特殊兵器を搭載したフランス製潜水艦引渡しの打診を受けた。軍令部第一部第一課長の朝倉は、ある目的を遂行するためにその潜水艦の隠密裏な受領を画策する。また数年前の事件の影響で、左遷的に呉の海軍学校で教鞭を取っていた絹見は、朝倉からその艦長に任ぜられ、さらに新規に集められた乗員の中には、特殊潜航艇の訓練を受けた新兵も含まれている。そして紆余曲折の末、日本人の操艦することになったその潜水艦≪伊507≫の任務とは、日本に引き渡される前に投棄された特殊兵器の根幹部、≪ナーバル≫の回収だったが・・・。

 キャラが変ろうが、時代が違おうが、「亡国のイージス」とさほど変らないように感じてしまうのは、良くも悪くも福井節が効いている。
 しかし戦闘シーンの盛り上げ方は相変わらずうまい。艦船や兵装のディティール描写やメカニズム説明も、薀蓄のための薀蓄ではなく、シーンの盛り上げに一役買っている。

 同時期に読んでいた「人狼城の恐怖」でも言及されたレーベンス・ボルン(生命の泉)が、本作でも言及されている。これはいよいよ在庫中の「死の泉」を読まなければ・・・。

(2013/7/30改訂 …「死の泉」はまだ未読だ)
E信長の棺 上下
加藤廣文春文庫歴史
280頁/300頁505円/543円★★★
 本能寺で無念の死を遂げた(筈の)信長の死体が発見されなかったというミステリー。
 といって、歴史ミステリかと思いきや、実はそういったものではまるでなかった。
 本能寺の謎を追う主人公として、「信長公記」の作者太田牛一をもってきたのは面白いのだが、真相に近づく手段は推理でないところがイタイ。当時の状況を知っている人物と都合よく知り合ったり、あるいはだったりするのだ。ミステリ的なカタルシスを期待するとツライ。

 期待の太田牛一は老齢の割りに元気一杯で、おそらくは著者自身の理想としての投影だが、キャラクター的には優等生で面白みがない。
 それよりも本書の面白さは、「信長公記」成立過程を想像できるところだな。

(2013/7/30改訂)
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