2009年12月
トップ頁に戻る “本”の目次に戻る 2009年11月に戻る 2010年 1月に進む
@名将がいて、愚者がいた
中村彰彦講談社文庫歴史薀蓄
389頁695円★★★★

 著者がいろんな雑誌に発表した人物評伝を集めたエッセイ集で、表題のついた第一部と「乱世に生きる」の部、そして「新選組の剣士たち」の部の計三部に分かれている。

   どのエッセイも興味深く、司馬遼太郎のものに勝るとも劣らず興味深い。司馬エッセイとの差を挙げるならば、彼があまり取り上げない太平時の人物の出処進退が多いことだろうか。

 どれも面白かったが、いわゆる俗説として有名な宇都宮吊天井事件に関連して、本田正純の失脚が取り上げられている。因果は巡るというか実に恐ろしきは女の逆恨みというか、家康の長女との確執譚がとても印象深い。

 また関ヶ原での東軍勝利の立役者小早川秀秋は、戦後備前岡山に封じられながら僅か数年で死去し、お家断絶になった話はつとに有名だが、その死因が股ぐらを蹴り上げられたから!?というのは驚愕である。著者はそれなりの信憑性を感じているようだが、あまりに情けない話なので、できれば信じたくないところだ。

(2013/5/6記載)

A図解 吸血鬼 FILES No.006
森瀬繚/静川龍宗 編著新紀元社吸血鬼薀蓄
216頁1300円★★★

 現在わたしたちが吸血鬼に対して抱くイメージというものが、どのように発生・発展し、流布してきたのかが解りやすく書かれていて嬉しい。これまでも吸血鬼の薀蓄本は何冊か読んできたが、解りやすさでピカ一である。

 80頁ほどまでは・・・。

 それ以降、ルスブン卿ヴァーニーカーミラにもちろんドラキュラ伯爵といった、文学上の黎明期からの搭乗人物紹介が始まる。
 もちろんそれは構わないのだが、“紹介”の範囲は小説に留まらない。映画にマンガ、果てはゲームに至るまで拡張されては、テンションはだだ下がりというものだ。

(2013/5/2改訂)

B南極1号伝説 ダッチワイフの戦後史
高月靖文春文庫ラブドール薀蓄
231頁590円★★★

 副題にも思いっきりダッチワイフと明記されているが、トルコ風呂ソープランドに名称変更したのと同様、この手の人形は今ではラブドールと称するらしい。
 シリコン素材で精巧な1/1フィギュアなるものが存在することは、わたしも一応知ってはいたが、迂闊にもその背景にラブドールとしての需要があったことには気付いていなかった。

 本書はラブドールの開発史、現状の技術的課題等を、国内主要メーカーやヘビーユーザーからのインタビューをもとに紹介している。あまりディープに入り込んだ内容でもないので、ちょっとした興味本位の一見さんに丁度いい内容だ。一概に“大人のおもちゃ”メーカーといっても、この業界に参入した理由は千差万別だ。中にはまったく関係のないビジネス用に手配していたシリコンを、そのビジネスがポシャってしまったために、手早く大量に捌かせる用途を探し探して結果としての業界参入といった例もある。

 それにしても、通例イメージするところの風船式ダッチワイフの場合は、強力なファンタジー世界を頭の中に構築しなければ、なかなか実使用は難しいのではないかと思うが、シリコンの高級品ならば使用可否のハードルはかなり低くなりそうだ。(もちろん価格のハードルは反比例して高くなる・・・。)

 白黒ではあるが、各メーカーの製品がかなり写真掲載されていて興味を煽る。
 この出来であればいっぺんくらいトライしてみたいと思ってしまったが、ラブドール風俗は(当然のように一時期発生したらしいが)今ではすでに廃れているようだ。使用者にコスト面の負担が少なければ、それだけ扱いがぞんざいになってしまうのは仕方のないところ。
 残念ながらそれに耐えうる耐久力はないということである。

(2013/5/2改訂)

C仮面の恐怖王
江戸川乱歩ポプラ文庫クラシック探偵
227頁540円

 ポプラ社少年探偵団のシリーズが、その装丁のままに文庫サイズで出ているとは驚いた。懐かしさのあまりに、とりあえず武部本一郎挿絵の本書を購入したが、考えてみると本書は元の版ですでに持っていた・・・。

 ともあれ折角なので再読してみたが、正直なところこの歳で読むには結構つらい。
 二十面相がなんでまた子供をびびらすことにそこまで心血を注ぐのか理解できないし、明智との戦いもほとんどスポーツといった感じ。
 しかも練習試合だ。

 このあたり、子供心を忘れた自分が悲しくもあるが、はたして昔なら純真に楽しめたのかというとそうでもない。
 当時から、同じポプラ社でもルパンシリーズのほうが面白く、少年探偵団ものは少々幼稚だと思っていた印象がある。ルパン作品は成り立ちがフィユトンで、恋愛その他の描写が多くやや冗漫な傾向があるので、南洋一郎による抄訳のポプラ社版のほうが逆に面白かったということかな。

(2013/5/2改訂)

D影の棲む城 上下
 Paladin of souls
L・M・ビジョルド創元推理文庫ファンタジー
373頁/355頁960円/960円★★★

 国主一族にかけられた呪いが解かれて三年、何ひとつ自由にさせてもらえず不満を燻ぶらせてきた国太后イスタは、漸くのこと少人数での巡礼という名目でヴァレンダの城を離れることに成功するが、旅先で隣国ジョコナの一隊に捕らわれ虜囚の身に。しかし危ないところをジョコナとの国境近くに位置する、ポリフォルスの郡太守アリーズによって救われ、彼が指揮する砦へと保護される。そこで庶子神からの啓示とビジョンを受けて再び第二の目を授かったイスタは、砦の中に不穏な気配のあることに気付くが・・・。

 五神教シリーズ第二弾。
 レコンキスタ時代のイベリア半島を参考にしたと思しき地理設定に、異宗教が根付いた中世文化を設定したファンタジーだ。
 五神教というのは、ギリシャ・ローマ神話の多神教の枝葉を刈って整理したような感じで、(ヴォルコシガン・シリーズと同じく)特に斬新な設定とはいえないが、やはり細かい設定の積み重ねがうまく、“神”の位置づけがよく判らないもののなかなか魅力ある舞台が設定されている。主人公側のチャリオンと宗教対立している沿岸諸国が四神教だというのも、をわたしたちまったくの異教徒である仏教文化圏の目から見て興味深い。

 前作でのファンタジー要素は、神の介入と呪いの物理的効果といったところだが、本作ではさらに“魔”と、それに寄生されて乗っ取られ、あるいは乗っ取ることで使用できる魔法が前面に出てくる。作者によっていろいろな魔法があって面白い。
 ついでなことだが、人と人とのやりくりが巧みな一方、異世界ものの醍醐味の一つである異なる生態系がまるでない(たとえ角の生えた馬が生息しているといった他愛のないものであっても)というのも、ビジョルド作品の特徴である。

 巧みな物語作家なので、本書もやはりこちらの想像の枠内には納まらない展開をみせるが、本書ではイスタが著者の実年齢に近い?だけに、彼女の願望がストレートに出ている?のが少々つらい気もする。
 いや、著者の願望を具現化するのが、ファンタジーの最も正しいあり方かも。

(2013/5/2改訂)

Eパナマの死闘 ホーンブロワー・シリーズ<5>
 The Happy Return
C・S・フォレスターハヤカワ文庫冒険
384頁820円★★★★

 長期の無寄港航海の末太平洋の中米沖に単艦で現れたリディア号。率いるホーンブロワーが受けた命令は、スペインに反抗する現地の実力者を支援すること。ホーンブロワーのみるところ、その人物エル・スプレモには非常に問題があったが、ホーンブロワーは巧みな戦術でスペイン船ナティビダッド号の無血拿捕に成功し、スプレモ軍に献上する。しかし本国から時間差をもって彼にもたらされた情報では、なんと英国とスペインの休戦が実現しており・・・。

 時系列で並べてシリーズ第五弾だが、そもそもの発表順では記念すべき第一作である。
 訳者のコメントでは、後に書かれた前巻までの若かりしホーンブロワーと、年齢において数年の矛盾があるらしい。わたしとしては、そんなことよりも副官ブッシュとの関係に少々戸惑う。本書ではこの航海で初めて知り合ったようだ。

 それはともかく、第一作目の本書でも――というか一作目だからこそか――海戦シーンに力が入っている。
 リディア号VSナディビダッド号の単艦同士の砲撃戦は大した迫力だ。風と浪を読み、船と乗員の錬度を測りながら、一瞬の機をつかむ緊張感がたまらない。
 なにせ近距離砲撃戦において、木造帆船軍艦の防御力は0なのだから。

 もう一つ本書の特徴は、女性とのロマンスがあること。
 これまでの巻でほとんど唯一の女性キャラクターである、マリア(ホーンブロワーの妻)の扱いはあんまりだったが・・・。

(2013/5/2改訂)

F新世界
柳広司角川文庫推理
276頁629円★★★

 太平洋戦争終結前後のロスアラモスを舞台に、オッペンハイマーフェルミといった、ノーベル賞受賞者あるいは受賞者級の実在の科学者たちを登場人物とした異色のミステリである。

 本書の読みどころは、やはりイザドア・ラビの体験?を借りた、原子爆弾爆発後の惨状の描写だろう。
 徒に恨みを新たにする必要はないが、唯一の被爆国の責任として客観的な事実を知り記憶を埋まらせることなく、時に世界へ発信していく必要があるというものだ。

 このテーマの前では、ミステリとしての事件の印象が小さくなるのは仕方ないところ。きちんと犯人の動機はこのテーマにリンクしたものになっているのだが、読了してから3ヶ月、すでにうっすらしたものになっておるのが悲しい。
 “隻眼の少女”に関する解釈がどうもよく解らなかったのだが、本書の記述スタイルが、オッペンハイマーが友人の名前を騙って執筆したという複雑な設定を考えると、深読みできるのだろうか。あぁ、すでに記憶が劣化していてよくわからない…。

(2013/5/2改訂)

トップ頁に戻る “本”の目次に戻る 2009年11月に戻る 2010年 1月に進む