(1)フン族のアッティラ女王 Miss Attilla the Hum (1987) /56頁/★★★★
小学六年生のジェイミーはキャスウェル先生に恋していた。ミセス・キャスウェルは小学校の人気教師、事故で足を不自由にしてから作家に転身したジャックと幸せな家庭を築いていた。<種子>は、数億年に渡って宇宙の数多くの星を滅ぼした後地球に到着し、数世紀の眠りについていたが、漸く人間の宿主を見つけて再分裂を開始した。ほんの数日で近くの町を、数か月でこの星全体を覆い尽くせるであろう。すばやく三名に寄生した<種子>は、効率よく宿主を見つけるために、キャスウェルとジェイミーのいる小学校へ現われる…。
侵略テーマでわたしが一番好きなのが、ジャック・フィニィの「盗まれた街」(1955)である。密やかに進む侵略に人類絶体絶命じゃないかと思わせておいて、最後にしっかり逆転するコントラストが鮮やかだった。
本作は、この名作の二番煎じな印象があるうえに、クーンツお馴染の“愛は勝つ”の性善ストーリーだが、わずか60頁弱で「盗まれた街」を超えるコントラストを実現しているところがすさまじい。
<種子>目線の描写も、定番とはいえ、布石としてもしっかり機能していて楽しめる。テンポも軽快で、本アンソロジーでのイチ押し。
(2)闇へ降りゆく Down in the Darkness (1986) /45頁/★★★
メキシコ移民の親を持つジェシーとカーメンの夫婦は、レストラン経営で成功し、立派な新居を手に入れた。ジェシーはその家のキッチンで以前にはなかった筈の地下室へ通じる扉をみつけるが、カーメンと一緒のときにはその扉は消えるのだった。ジェシーは恐る々々その底の見えない階段を降りはじめる…。
ジェシーはベトナムで捕虜になり、監禁と拷問の二年を体験したという暗い過去を持っている。前半はちょっとした復讐譚かと思ったが、そこでは留まらなかったところがいい。ホラーにもSF的な設定を用意しがちなクーンツだが、本作はストレートなホラーに仕上がっている。
ホラー・アンソロジーという枠組みで選ぶならば、本作が表題になることに異論はない。よく“面白いけど怖くない”と評されるクーンツのモダン・ホラーの中では、もっとも怖い作品かもしれない。
(3)オリーの手 Olie's Hands (1972) /29頁/★★★
路地裏で今日もゴミ箱を漁っていたオリーは、目当ての銀食器の代りに、倒れている若い女を発見する。麻薬の過剰摂取で倒れたらしいその女を、逡巡ののちオリーは自分の住処へ運ぶ。実は彼にはある能力があって、このような暮らしをしているのもその能力ゆえだったのだが…。
いわゆる超能力者の悲哀テーマ。
この流れでどうやって“愛は勝つ”にもっていくのかいな<ネタばれ反転>と皮肉な態度で読んでいたが、驚いたことにハッピーエンドとならなかった。
心優しいオリーはの選択は、自分をひたすら小さく小さくしていくことだ。「ウルトラ・スーパー・デラックスマン」(by藤子F不二雄)の行動とは真逆だが、心の裡は共通しているかもしれない。
多くの読者はもう少しうまくやれると感じるだろうが(わたしもだ)、しかしオリーが選ばなかった選択肢は、「闇へ降りゆく」でジェシーが直面している悩みでもある。
(4)ひったくり Snatcher (1986) /25頁/★★★
ハンドバック専門のひったくり、ビリー・ニークスは、その日も何人かの女からバッグを奪ったが、激しい抵抗をみせた最後の老婆は、逃げる彼を見送りながら獰猛な薄笑いを浮かべていた。そして住処に戻って戦利品の確認をしていたビリーは、魂も凍る恐怖を味わうことに…。
主人公の設定や状況は大きく異なるが、扱っている現象というか背景世界の構成ルールは、同じ86年に発表された表題作の「闇へ降りゆく」と同一と言っていいほど似ている。
最近は娘とおジャ魔女どれみシリーズをレンタルして順番に見てるが、同じ魔女でもえらい違いである。(ビリーがそう思うだけで、老婆が魔女なのかは明示されない)
(5)罠 Trapped (1989) /100頁/★★★
ブリザードのその夜、バイオロメック社で人為的に開発された生物が実験室を脱走し、警備主任のベンは敷地の外へ逃げた奴らを追走する。一方何らかの原因でざわついているバイオロメック社をを横目で見ながら、自分たちの農場に帰ったメグとトミーの親子は、ブリザードの中体長40cmを超える8匹の恐るべきネズミと対峙することに…。
背景の説明を兼ねたベンと会社側の視点と、孤立無援でネズミと戦うことことになるメグとトミー親子の視点が交互に展開してスリリングな佳編。
本編を言葉少なく説明すれば、何も知らない母子が凶暴巨大なネズミに襲われる話である。主になるのは後者ということになるが、トミーが御丁寧に足を骨折中という、襲われる側がより弱者に設定されている。しかしそのスリルを高める設定の割には、母親のメグが果敢すぎて、相殺以上のマイナス要因になっているのが難点だ。ここは著者の好みの問題というしかないのかな…。
夫と父をなくしたメグとトミーに対して、ベンは娘を亡くして妻に去られたという、読んでいてこちらが気恥ずかしくなるセッティングだが、本書の中では結びつくところまではいかなかった。もちろん後日談がもしあるとすれば、間違いなく結びつきそうな〆ではあった。ま、それを脇に置くとしても、母と子の“愛は勝つ”プロットにはなっているわけで。犬もいるし。
(6)ブルーノ Bruno (1971) /53頁/★★★
私立探偵の“俺”は、身長2mの文字通り熊のような外見の男に遭遇した。なんでも蓋然性世界のひとつから、グレアム・ストーンという男を追ってやってきたと言う。“俺”はブルーノと名乗ったその男とともにストーンを追うが…。
本分冊の中では一番古くに書かれた一遍。
この頃はクーンツがまだ本格的なジャンル・ミックスのエンタメ作家に化ける前で、世間的にはB級SF作家だった時代の作品だと思うが、すでに職人肌は十分に出ている。肩の力を抜いて書かれたようなユーモア/SF/ハードボイルドだ。箸休めに丁度いい作品。
ブルーノの世界では、スピルバーグが宇宙旅行と電子レンジ用ポップコーンの生みの親で、世界一の武器製造業者はディズニーだという。スミス&ウェッソンはハンバーガー屋らしい。
箸休めとしては、もっと中ほどに収録されたほうがよいのにと一瞬思ったが、もともとが「ストレンジ・ハイウェイ」を三分冊にしているわけだから、まさに中ほどである。
連作短編が書かれていてもおかしくないエピローグであったが、他にはないのかな?
(7)ぼくたち三人 We Three (1974) /18頁/★★★
ミュータントテーマの一編。
本アンソロジーで一番短く、最初からブラックに始まって一気に終わるが、オチのヒネリがさらなるブラック・ユーモアを醸している。「フン族のアッティラ女王」もそうだが、クーンツは異形な者を視点とした語りが巧い。
さすがはクーンツ、外れのない短編集と言っていいと思う。短い作品が多い分、毎度の黄金ベタパターンでないバラエティが楽しめるが、主となる背景や現象には、どこかで読んだようなテーマや自作の使い回し設定が多い。
やはり、すごい作家というよりは、巧い職人といった印象を受ける。
(2014/2/15記載) |