2011年 2月
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@武器なき“環境”戦争
池上彰/手嶋龍一 対談角川SSC新庫環境薀蓄
215頁780円★★★★

Aニューヨーク散歩 街道をゆく39
司馬遼太郎朝日文庫歴史/紀行薀蓄
176頁380円★★★

 1992年の冬にニューヨークを訪れた時の記録。
 どうやら日本研究家のドナルド・キーンコロンビア大学退官時の催しへ出席するというのが目的だったようだ。

 おそらく「週刊朝日」が渡米のスポンサーになって、「街道をゆく」の一遍ともなったのだろうが、取り上げられる人物やネタが、いつにも増してマニアックあるいはハイソな内容であった。

 そんな中では、幕末の初代日本領事タウンゼント・ハリスに関するネタが最も興味深かった。幕末ものの話を読めばハリスの名は必ずといってよいほど挙がるが、その人となりや日本勤務時代の前後に筆が及ぶことは皆無だ。(わたし調べ)
 本書では、頁数は決して多くはないが、彼の一生をさらっと紹介してくれる。

 当然ながら、本書ではドナルド・キーンに関するトピックが最も多い。太平洋戦争当時に日本語の通訳官だった同氏が、同役の一人とともにあのキスカ島への上陸第一号だったというのも驚きだ。

(2014/1/22記載)

B竹千代を盗め
岩井三四二講談社文庫時代
352頁695円★★★★

 甲賀忍び伴与七郎のもとに、駿府で人質になっている松平の殿様の奥方と嫡男の信康を奪い返してほしいとの仕事がはいってきた。仕事を請けた与七郎はチームを編成して駿府へと乗り込むが、奥方の予想外の反応もあって仕事を全うできない。そして彼が考えた作戦は・・・。

 物語はもちろん創作だが、桶狭間後に今川家からの独立を図る松平家織田信長と結ぶにあたっては、与七郎が最後に考えた作戦のような流れで、無事に奥と嫡男を取り戻せたことが一つの理由になっていたというのは史実である。
 という訳で、史実を背景にした時代(忍者)小説ということになるが、面白いのは忍者小説でありながら、その体術、体技の描写に然程の関心を持っていないことだ。
 実行面よりも、事前の企画・立案においてあーだこーだ悩む主人公たちが興味深い。開始早々仕事を依頼された与七郎が、人数、日数、必要物資とその量を見積もって請負額を提示する箇所に、本書の特徴がつまっているといっていいだろう。

(2012/8/14記載)

C漂流巌流島
高井忍創元推理文庫歴史ミステリ
351頁820円★★★★

D台湾紀行 街道をゆく40
司馬遼太郎朝日文庫紀行/歴史薀蓄
393頁600円★★★★

 前巻からうって変わって、シリーズ中でも頁数が多い一冊。
 朝鮮半島が第二巻で登場していることを考えると、やっと取り上げられたかという印象が強い。
 政治的な発言を避けるゆえに、政治家との対談は滅多に行わない著者が、台湾民主化の筆頭に挙げられる李登輝と対談を行っている(20頁ほどが巻末に収録)のが、シリーズの中でも異色作といっていいかもしれない。

 太平洋戦争の敗戦で日本が去った後、大陸で中国共産党に敗れた蒋介石の中華民国が台湾に乗り込んでくるわけだが、当時台湾で元から暮らしていた漢人たちは、まずは歓迎したものの手痛いしっぺ返しを受けた。汚職やらなにやら、日本の統治時代より遥かに悪化したというのだ。曰く“犬が去って豚が来た。犬は番犬にはなるが、豚は食って寝るだけだ!”と当時さかんに語られたらしい。

 このような経緯のおかげ(という言い方はよろしくないな)もあって、台湾人の対日感情は概ね良好である。この半分でも韓国が歩み寄ってくれれば…。
 せめて日本の撤退時に国内に残していったインフラの有用性が近代化にプラスしたことくらいは認める度量がほしい。やり方に多くの間違いはもちろんあっただろうが、欧米の植民地政策とは大いに違ったのだから。

 因みに、明治以後に設置された大学(旧帝大)は、最初に東大、次に京大の順に設置されたが、以後は仙台福岡札幌ときて、次はソウル、その次は台北である。大阪よりも名古屋よりも優先設置されたことに注意。これだけでも、いかに両地のインフラ、人員の拡充に日本の資源を持ち出して頑張っていたかが判ろうというものだ。

 ところで親日の李登輝(というか、敗戦までは日本人だったと自認)の民主化への舵取りは、台湾の歴史の中で偉大な業績であることは間違いないが、蒋経国(蒋介石の息子で二代目総統)の舵取り(一族支配を続けないことを宣言)も驚きだ。次期総統が李登輝になったことは、蒋経国の単純な指名という訳でもなさそうだが、こういった快挙を北C鮮に期待してもダメだろうか…。

 台湾を語る時はどうしても、漢人と日本人との経緯になりがちだが、東側の現住民族についてのトピックが多いのも、少数民族好きな著者らしい。
 昭和二十年に日本が撤退する際に、別れを惜しんでくれた山地人がいたことや、逆に昭和五年には、山地人による霧社事件という、内地人に134名もの犠牲の出た反乱があったという。興味深い。

(2014/2/15記載)

E徳川一族 将軍家への挑戦 別冊歴史読本90
新人物往来社歴史薀蓄
393頁600円★★★

 江戸時代を通して徳川一族の動向を追った特集本で、“将軍家への野望”とあるように、将軍家たる徳川十五代は扱われていない。
 前から順番に、家康の息子たち(長男信康〜十一男頼房)、尾張家及びその支藩、紀州家及びその支藩、水戸家及びその支藩、御三卿、その他親藩の順番で章立てされていて、これ一冊で徳川家の広がりがよく判る。徳川・松平一門の会の会員が数百名もいるわけだ。
 意外に家康の次男秀康の血を受け継いだ家が多いのには驚いた。

 複数の筆者が分担して文を書いているのだが、紀州家の監修に関しては、紀州家の歴史というよりは、殿様そっちのけで紀州の歴史を追っているのが、本書の意図(少なくとも表紙から受けるイメージ)とはズレが大きすぎていただけない。それはそれで田辺藩士松阪に流れてきた経緯が判る興味深い文章もあるのだが・・・。

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